第6話 エルの秘密
国境の街ザッハサムから再び旅を続け、次の街チェに向かう。
道中、ティアナはずっと疑問に思っていたことをエルに尋ねてみることにする。
「エルはどうしてイーザ国に?」
田んぼ道を歩きながらティアナは、足元を歩くエルを見る。
「エリク様に少々お願いしたいことがありまして……」
エルは歯切れ悪く、答える。
「お兄様に用があったの? それは魔導師としてのお力を借りたかったからですか?」
ティアナは思う。エリクがいないと知って落胆したエルは、魔導師を紹介してほしいと言った。それはつまり、魔導師としての兄に用事があったということ。
「あなたは聡明な方だ。そう、エリク様に用があったのは魔導師としてのお力を借りたかったからです。私はあの方ほど優れた魔導師を他に知らない……」
兄を褒められるのは自分の事のように嬉しくて頬が緩むティアナ。
ティアナの兄エリクはイーザ国第一王子であると同時に、とても優秀な魔導師でもある。
イーザ国は農業を収益とする南の小国であるが、もともとは魔法使いや魔女が隠れ住んだ場所で、その末裔が国を築き、約百年前までは国民の半数以上が魔法使いや魔女だった。今ではその魔力を受け継ぐ者はほとんどいないが、稀に魔力を宿して生まれる子どももいる。特に王家はその血が濃く、魔法使いとまでは呼べなくとも、強大な魔力を宿して生まれる――それがエリクだった。
エリクは幼いころから国守の魔女の元で修業をし、今では立派な魔導師として、遊学と称して国内外を飛び回り魔導師として働いている。半分は持って生まれた強大な魔力のおかげだが、残りの半分は、エリクの勤勉で努力的な頑張りのたまものである。
そんなエリクは、ティアナの自慢の兄だった。
「それでお兄様には会えなかったから、他の魔導師を紹介してほしいと言ったのよね? ジークベルトでお兄様の代わりは務まったのかしら? あれ、でも、ジークベルトはエルの用事でビュ=レメンまで行くと言ったのよね……?」
考えていることをそのまま言葉にして、一人首をかしげるティアナ。
「エルはどうしてビュ=レメンに向かっているの?」
その様子を見てエルは苦笑しつつも、優しく答える。
「元々、エリク様がいらしたとしても、ビュ=レメンまで同行して頂くつもりでした」
「あの、私の勘違いだったらごめんなさい。エルは魔法にかけられて、その……猫に?」
そう聞いたティアナに、エルは複雑な瞳で笑う。
「申し訳ありませんが、その質問には答えられないのです」
「そう……」
ティアナ自身もイーザ国の王族として、多少の魔力を持って生まれた。っといっても、魔法を使えるほどのものではなかったが、幼少より、国守の魔女の元にエリクと共に行き、魔法とはどういうものなのか、魔力とはどういうものなのか……知識だけは人よりも多く持ち合わせていた。
その知識から引き出される答えは、エルは魔法にかけられて猫になってしまった。その魔法を解くために、兄に会いに来たのではないか――
わざわざ隣国の王子のもとまで来るということは、それほど切羽詰まった状態で、そして、優秀な魔導師の兄の力を借りたいということは、ちょっとやそこらの魔導師では解けない強力な魔法をかけられたのではないか――
それはもしかしたら、噂に聞いたビュ=レメンに住む森の魔法使いの仕業かもしれない、と想像する。
そして、一抹の不安を覚える。
「あの……ジークベルトでお兄様の代わりは務まるかしら?」
ティアナは、そんなことならば王宮専属の魔導師を紹介するべきだったかと後悔して尋ねると、エルは不敵に微笑んだ。
「まあ、一番はエリク様に同行をお願いできればよかったのですが。とりあえず、打開策としてジークベルトに同行を求めました。しかし、彼はなかなかの曲者ですよ……」
そのエルの言葉に、ティアナは初めてジークベルトと出会った時のことを思い出す――