第5話 夜空に瞬く星のような
国境を越えるまでは民家に泊めてもらっていたが、予想外の大金を手に入れ、その持ち主であるイザベルの提案で、初めて宿で一休みすることになった。
宿のベランダに出て、空を見上げるティアナ。そこにエルがやって来る。
「ティアナ様、春先とは言え、夜は冷えますよ。まだ寝ないのですか?」
「ええ、もう少し……」
「何を考えているのです?」
「今日、イザベルが夢に近づくことができた、そう言っていたでしょう。私もね、国境を越えてこのドルデスハンテ国へ来られて……ずっと憧れていた夢にちょっと近づいたの。そう思ったらなんだか寝られなくて……」
「ティアナ様の夢? 差し支えがなければ、お伺いしてもよろしいですか?」
くすっと笑って空を仰ぐティアナ。
「笑わないでね。私の夢はね、一目でいいからレオンハルト王子に会うことよ」
そう言ってティアナは、振り返ってエルを見る。エルは風に髭をたなびかせて瞠目する。
「レオンハルト王子に……? お会いしたことはないのですよね? どうして王子に会いたいのです?」
「王子はね、私の憧れなの。金髪碧眼の絵にかいたような王子様。眉目秀麗で才知にたけたとても素晴らしい方だと聞いているわ。王城では年配の貴族相手にも怖気づかずに立派に国政に携わっているとか。それに……とても優しい方よ。たぶん……私の初恋なのだと思うの」
そう言ったティアナは切ない顔をしていた。エルは眉間に皺を寄せてそんなティアナを見つめる。
「……会ったこともないのに、どうしてそう言い切れるのですか? なぜ好きだと断言できるのです? 会ったら、全然格好良くはないし、才能もない人間かもしれないのですよ?」
少し感情の揺れた声で言ったエルを見ずに、しばし沈黙し、くすっと笑う。
「なぜかしらね、私にも分からないわ」
そう言ったティアナの瞳に星が反射してキラキラと光る。
「でも、気付いた時にはレオンハルト王子のことが好きになっていたのよ」
エルは地面を見つめて静かに言う。
「私にはわからない……人を好きになるという気持ちがどんなものなのか。会ったことがない相手を、好きになれるものなのかも……」
呟くように言ったエルがとても儚げで、触れたら壊れてしまうように見えて、ティアナはしゃがみこみ、エルをそっと腕で包むように抱き上げると、エルの顔に頬を近づけた。
「いつか分かるわ。好きっていう気持ちは心の支えになるのよ……とても素晴らしいものよ」
優しい声で言うティアナが眩しくて、エルは胸が熱くなった。