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ビュ=レメンの舞踏会 ―はじまりの招待状―  作者: 滝沢美月
第4章 鳴かぬ蛍が身を焦がす
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第35話  君とワルツを



 ティアナが目覚めた日、舞踏会を二日後に控え――猫から人間に戻ったレオンハルトは素早く王宮に使いを出し、安否を知らせる。

 その日の正午には、王宮からレオンハルトの侍従と護衛が数人やってきた。バノーファから首都ビュ=レメンまでは馬車で半日とかからない。王宮に戻るのを舞踏会の前日にしたレオンハルトは、宿屋の一室を借りて猫にされていた約二カ月の間の報告や雑務に追われていた。



 一方、ティアナは窓辺に椅子を寄せて夕日に染まったバノーファの街並みを眺めていた。

 舞踏会に出るためにイーザ国から旅をしてきたが、ティアナの元々の目的である――王子に一目会うこと――はすでに達成された。今は一刻も早く国に帰り父王に謝り安心させたいという気持ちから、舞踏会には出ずに国に戻ろうと、一人、決心する。

 そのことを伝えようと、立ち上がった時、扉が叩かれる。


「ティアナ様、ちょっとよろしいですか?」


 振り返ると、満面の笑みのイザベルが立っていた。



  ※


 

「イザベル、お願いだから待って!」


 歩くのを渋るティアナを、イザベルがものすごい力で背中から押す。


「大丈夫ですよ。とってもお綺麗です、ティアナ様」


 イザベルがうっとりした口調で言い、ティアナを見つめる。

ティアナは――この数日イザベルが一生懸命縫っていた若草色のふんわりとした舞踏会用のドレスを身にまとっていた。

 そして、イザベルに押されて宿屋の中庭へと続く扉に向かって進む。横でジークベルトがにやにやと締りのない顔で立っている。

 押されて扉をくぐると、満月の光で照らされた中庭に正装のレオンハルトが立っていて、一礼して近づくと、ティアナの手を取り軽く口づけ、上目遣いに見上げる。


「ティアナ姫。私と一曲、踊って頂けますか?」


 ティアナは自分でも分かるくらい赤くなった顔でゆっくりと頷いた。

 春の暖かな風に吹かれて花びらが舞ってくる、その中を、くるくる、くるくると憧れの王子様とティアナは踊り続けた。



  ※



 夢のような一夜を過ごしたティアナは、結局、イーザ国に帰ることを伝えられず、朝を迎える。

 宿屋の一室に用意された朝食を、レオンハルト、ジークベルト、イザベル、ティアナの四人で、旅をしてきた時と同じようにとる。違うことといえば――猫のエルではなくレオンハルトがテーブルを囲んでいること、その後ろに二人の側近が立っていることだった。

 朝食を食べ終えたレオンハルトは、優雅な仕草で口元を拭いたナプキンを置き、ティアナを見る。


「ティアナ姫には礼を尽くしても足りないほど感謝しています」


 突然話しかけられ、緊張して、声が上ずるティアナ。目の前に憧れのレオンハルトがいることが、なんだかまだ信じられなくて。


「いいえ、私こそ、道中レオンハルト王子とは知らずに失礼なことばかり……」

「そんなことないですよ」


 頬を染めて頭を下げるティアナに、優美な微笑みを向けるレオンハルト。


「食事が済み次第、王宮に向かう馬車を手配していますので」


 その言葉に、ティアナは慌てる。


「いえ、私達は、ビュ=レメン舞踏会には出ずに、このままイーザ国に戻ります」

「ティアナ様!?」

「ティア……?」


 私達(・・)と言われて、イザベルとジークベルトが驚きの声を上げる。


「そんな、ティアナ様。折角ここまでいらしたのですから、帰るのは舞踏会に出てからにしましょうよ」

「いいのよ、イザベル。私の目的は舞踏会じゃなくて――果たすことができたのだからいいのよ。それよりも、父上や国のことが心配なのよ」


 残念そうに口をとがらせるイザベルに、ティアナは申し訳なさそうに眉をひそめ、首を僅かに傾げて微笑む。

 そう言ったティアナに、立ち上がりかけていたレオンハルトは、ジークベルトと視線を交わし、ぎゅっと眉根を寄せて、長い睫毛を揺れさせて瞳を閉じた。


「大変申し上げにくいのですが――ティアナ様には、しばらくビュ=レメンに滞在して頂きます」


 澄んだ空色の瞳をティアナに向け、紳士的な、しかし有無を言わせぬ揺るぎない口調で言った。




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