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ビュ=レメンの舞踏会 ―はじまりの招待状―  作者: 滝沢美月
第4章 鳴かぬ蛍が身を焦がす
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第34話  夢から覚めて



 ティアナは道中エルと話したことをふと思い出す――


「あの、私の勘違いだったらごめんなさい。エルは魔法にかけられて、その……猫に?」


 そう聞いたティアナに、エルは複雑な瞳で笑う。


「申し訳ありませんが、その質問には答えられないのです」


 そう言ったエルに、ティアナは一つの可能性に辿り着く。

 エルは魔法にかけられて猫になってしまった。その魔法を解くために、兄に会いに来たのではないか――

 それも、ちょっとやそこらの魔導師では解けない強力な魔法をかけられたのではないか――

 それはもしかしたら、噂に聞いたビュ=レメンに住む森の魔法使いの仕業かもしれない、と想像する。

 そして、バノーファの社交所で耳にした噂。行方不明のレオンハルト王子は銀髪だということ、ルードウィヒの、王子の居場所は教えられないという言葉から、エルがレオンハルト王子なのではないかという疑問に変わる。

 だからティアナは、咄嗟に口にしていたのだ。


「では、エルにかけられた魔法を解いては貰えないでしょうか?」


 一か八か、自分の勘にかけたティアナは、おぞましい漆黒の瞳に吸い寄せられていた。



  ※



 眼前に迫った絡みつくようなルードウィヒの視線に鼓動が激しくなる。にぃっと口の端を上げたルードウィヒの声が頭の中で反響する。


『猫にかけられた魔法を解きたければ、姫の口づけを。代価は――と――で』


 その意味を考える間もなく、胸に熱い痛みを感じ、意識を失った――



  ※



 気がつくと、ティアナはバノーファの宿屋のベッドの中に横たわっていた。ふかふかの布団の中で、起き上がろうとして、鈍い痛みが胸に走り顔を顰め胸に手を当てる。

 窓の外はほんの少しの月明かりと闇が広がり、すぐ横には、椅子に座ったまま寝入ってしまっているイザベルがいた。

 ティアナはイザベルを起こさないように静かにベッドから抜け出し廊下に出ると、その音に気付いたのか、隣の部屋の扉が開きジークベルトが顔を出した。


「ティア、気がついたのか?」


 そう言ったジークベルトに部屋に促される。


「気分はいかがですか? どこか体調の優れないところはありませんか?」


 椅子の上に行儀良く座ったエルが心配そうに尋ねる。


「ええ、大丈夫よ」


 ジークベルトまで心配そうにしていることに、ティアナは苦笑がもれる。

 そんなに迷惑かけたのかしら、そんな気持ちだったが。


「もう二日間も眠り続けていたんだぞ」


 その言葉に、ティアナは言葉を失い呆然とする。疫病で倒れた時も三日眠り続けている。

 私、こんなに倒れてばかりでいいのかしら。自分の不甲斐なさにため息が漏れる。


「それに……」


 そこで言葉を濁し、エルと顔を見合わせ眉間に皺を寄せたジークベルトは立ち上がり、側に置かれた鏡台にかけられた布を掴みはがし取る。そこに映っていたのはエメラルドグリーンの瞳と銀色の長い髪――ではなく、肩より少し長い髪の少女。

 ティアナは手で毛先に触れ、短くなった髪を見る。


「どうして……」

「森の魔法使いが代価に髪を取ったんだ。髪、特に王族の髪には強力な魔力が宿ると言われているからな」


 そう言ったジークベルトは、一瞬、瞳が揺れ、エルもティアナから視線を外す。

 髪に触れ、呆然と鏡の中の自分を見いてたティアナは、“魔法使い”という言葉に、記憶を失う直前のルードウィヒの言葉を思い出し、自分の髪の毛の心配よりも先にやらなければならないことを思い出す。

 ティアナは未だに霞む思考と僅かに痛む胸に顔を顰め、ゆっくりとエルの座っている椅子に近づく。その前に膝をつき、エルと目線の高さを合わせ、艶やかな毛並みの背中に触れる。

 エルはティアナの行動に体を強張らせ、澄んだ空の色の瞳を見開き、じぃーっとティアナを見つめる。そんなエルにティアナはそっと顔を近づけ――優しく口づけた。



 その瞬間、ティアナの手に感じていた温もりが消え、目の前に煙が広がる。

 煙が引くと、そこには少し癖のある銀色の髪、澄んだ空の色の瞳、通った鼻筋、高い頬、爽やかな口元、気品に満ちた顔の男性が立っていた。

 側にいたジークベルトは驚いた顔をしていたが。


「……レオンハルト王子?」


 恐る恐るティアナが出した声に、ジークベルトはにたにたと笑みを浮かべる。

 目の前に立った男性は金髪ではないし、ティアナが今まで集めたレオンハルト王子の姿絵とは似ても似つかないが、とても美しかった。

 レオンハルトは鏡台に映った姿を見て呆然としている。


「戻った……なぜ……?」


 そう言ってティアナを振り返ったエル――ではなく――レオンハルトは、人間に戻った喜びで綻ばせた頬をすぐに引き締め、悲しみを宿した瞳でティアナを見つめる。


「ティアナ様が、魔法を解いたのですか?」

「いいえ、私ではなく、森の魔法使いが……言ったのです。『猫にかけられた魔法を解きたければ、姫の口づけを』と。私は、もしかしたらエルがレオンハルト王子なのではないかという気がして――」


 そこで言葉を切ったティアナは無意識に唇に手を当て、思考を巡らす。


「どうしてエルが私だと気付いたのですか?」

「あの、確信を持ったのは、森の魔法使いと会った時です。王子の居場所は教えられないという言葉から、王子は側にいるのではないかという気がして――」


 レオンハルトは僅かに曇らせていた顔に爽やかな笑みを浮かべ、深々と頭を下げる。


「ティアナ様のおかげで人間に戻ることができました。ありがとうございます。私は――舞踏会に出たくないと言ったのを森の魔法使いに聞かれ、悪戯で魔法をかけられて猫にされ、その上、魔法をかけられたことを人には話せない様にされていたのです。これで、王城に戻ることが出来ます」


 そう言ったレオンハルトの瞳は、言葉とは裏腹に憂いを帯びていて――

 側の椅子に腰かけていたジークベルトは、ティアナとレオンハルトを無表情で見つめていた。


「いいえ、私の方こそ、このブレスレットをありがとうございました」


 ティアナは言いながら、腕にはめたラピスラズリのブレスレットに触れる。ずっと言いたかった言葉をやっと言えて、微笑む。

 昔、遊学でドルデスハンテ国から戻ってきた兄のエリクが可愛いリボンのされた小さな箱を渡してくれた。それは、妹がいると話したエリクにレオンハルトがティアナへのお土産として用意してくれたもので、中にはラピスラズリのブレスレットが入っていた。

 それまでアクセサリーなどつけたことのなかったティアナはその贈り物が嬉しくて、それ以来レオンハルト王子に憧れたのだった――




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