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第30話  王子の虚像



 ティアナの案内で、鍛冶屋通りのカーンという料理屋に向かい、そこで魔導師――ジークベルトを紹介してもらった。


魔導師(・・・)としてのあなたにお願いがあって来たの。この()、エルって言うのだけど、エルが魔導師に用事があるみたいなの」


 ティアナはそう言って、両腕で包むように抱いていたエル――レオンハルトの脇の下を持ちジークベルトの前に突き出した。

 いきなり男の眼前に付き出されたレオンハルトは顔を顰める。


「お願いできるわよね」


 ティアナは有無を言わせぬ王族らしい優美で威厳のある笑みで言うと、レオンハルトとジークベルトを残し、行ってしまった。薄闇に取り残された一人と一匹は沈黙のまま、ティアナの後ろ姿を見送る。

 レオンハルトを受け取ったまま抱いていたジークベルトを、レオンハルトが見上げ、その視線に気づいたジークベルトが薄笑いを浮かべて尋ねる。


「お前、誰に魔法をかけられた? 強力な魔力の匂いがプンプンするぜ」


 そう言われたレオンハルトは、するっとジークベルトの腕からすり抜けて床に華麗に着地し、ジークベルトを鋭い視線でみつめる。


「ティアナ様の紹介であっても、このような場所にいる魔導師に期待はしていなかったが……それなりに力を持った魔導師のようだな」


 普通、それなりの力を持った魔導師は王族や貴族に雇われているか、国の魔導師協会に所属している。もしそのどちらかなら、こんな時間帯から料理屋にたむろしているわけがない。それでも、一瞬見ただけで、エルが魔法をかけられていることを見抜いたのは、それなりの――いや、かなり優秀な魔導師とみて間違いなかった。


「はっ、それは褒めてるつもりか? まっ、どっちでもいいが……」


 そう言って、椅子に座ったジークベルトは好奇の瞳でレオンハルトを見る。


「誰に魔法をかけられたか、当ててみようか? 魔法使い、それもかなりの魔力の持ち主だ。このあたりなら、そうだな……例えば“森の魔法使い”……とか」


 その言葉に、レオンハルトは片眉を上げる。まさか、いきなりそれを言い当てられるとは思わず、片眉を上げて、見定めるようにジークベルトを見る。


「何か悪さでもして魔法使いを怒らせたのか?」


 くつくつ笑って尋ねるジークベルトを、レオンハルトは答えずにただ見る。


「それには答えられない。私が誰かも詮索するな。要求は一つ、私にかけられたこの魔法を解いてほしい」

「ふっ、それが人に物を頼む態度か? と言いたいところだが、ティアには借りがあるからな、彼女の頼みなら断れない。それに詮索するな……ということは、正体を知られたらまずいそれなりの権力の持ち主、貴族とかそんなとこだろ」


 本当に侮れないやつだ……それがレオンハルトがジークベルトに抱いた感情だった。優秀な魔導師だが、真意が読めないという点では、森の魔法使いと似たような存在だった。

レオンハルトは鋭い視線をジークベルトに向ける。


「それで、そなたはこの魔法が解けるか?」


 肝心の問いを投げかけたレオンハルトに、ジークベルトは瞳を閉じ、全神経をレオンハルトに集中させる。


「……変化の魔法と口封の魔法が二重にかけられている。これじゃ普通の魔導師では解けないな」

「では、力のある魔導師が数人揃ったらどうだ? 実は、知人の魔導師がビュ=レメンで魔法を解く準備をして、若くて力のある魔導師を待っている」


 少しの間ののち、ジークベルトが答える。


「まあ、その方法でも一か八かだな。どうしても魔法を解きたいのなら、魔法をかけた本人に解かせるのが一番手っ取り早いぜ」


 顎に手を当てて話すジークベルト。


「それは……出来れば避けたい」


 それが森の魔法使いの狙いだとしたら……そう思い、レオンハルトは苦々しい顔をする。


「ティアナ様もビュ=レメンになにか用事があって向かうと言っていた。そなたにも一緒に来てもらい、魔法を解くための力を貸してほしい」

「ふ~ん、姫と一緒の旅か……」


 にやにやしながら呟いたジークベルトが、何か思いついたように言う。


「“魔法”“姫”といえば、もしかして――姫の口づけで魔法が解けたりして~」


 冗談半分で言ったジークベルトを、レオンハルトが冷たい視線で睨む。その視線を受けてジークベルトが苦笑する。


「怒るなよ、これから一緒に旅をする仲間じゃないか」


 そう言ったジークベルトは高揚した顔で口角を上げる。

 こうして、イーザ国姫ティアナ、侍女イザベル、レオンハルトこと銀色の猫エル、魔導師ジークベルトの三人と一匹の旅が始まった。



  ※



 ビュ=レメンで開かれる舞踏会に間に合うように行くと言ったティアナに行程を任せ、レオンハルトは、ビュ=レメンへの帰途につく。無事に国境を越え、ドルデスハンテ国の国境の街ザッハサムに到着した日の夜。

 レオンハルトが宿のベランダに出ると、そこには先客のティアナが立っていた。


「ティアナ様、春先とは言え、夜は冷えますよ。まだ寝ないのですか?」

「ええ、もう少し……」

「何を考えているのです?」

「今日、イザベルが夢に近づくことができた、そう言っていたでしょう。私もね、国境を越えてこのドルデスハンテ国へ来られて……ずっと憧れていた夢にちょっと近づいたの。そう思ったらなんだか寝られなくて……」


 僅かに頬を染めて言うティアナを見つめて、レオンハルトはここ数日のことを思い出していた。

 塔で出会ったイーザ国の姫、ティアナ様。最初はエリク王子に繋ぎを取ってもらうために話しかけたが、風変わりな姫だった。レオンハルトが知る貴族の子女や隣国の姫のようには着飾らず、宝飾類も一切身につけていない――レオンハルトのあげたラピスラズリのブレスレット以外は。話し方や立ち居振る舞いは、どこから見ても一国の姫で、威厳と凛とした輝きがある。その癖、姫らしい言動を取らない。 侍女のイザベルとは友達のような感覚で話しているし、一人で――実際は侍女と魔導師と猫がついているが――ビュ=レメンまで旅しようとする。そんなティアナに、レオンハルトは出会った時以上の興味を持っていた。


「ティアナ様の夢? 差し支えがなければ、お伺いしてもよろしいですか?」


 そう言ったレオンハルトに、ティアナはくすっと笑って空を仰ぐ。


「笑わないでね。私の夢はね、一目でいいからレオンハルト王子に会うことよ」


 レオンハルト王子……私に……?

 その言葉にレオンハルトは瞠目し、髭が風にたなびく。


「レオンハルト王子に……? お会いしたことはないのですよね?」


 会ったことはないはずだ、面識もないのだ。レオンハルトは過去の出来事を思い出し、肯定する。


「どうして王子に会いたいのです?」


 感じた疑問をレオンハルトはぶつけ、じーっとティアナを見つめる。


「王子はね、私の憧れなの。金髪碧眼の絵にかいたような王子様。眉目秀麗で才知にたけたとても素晴らしい方だと聞いているわ。王城では年配の貴族相手にも怖気づかずに立派に国政に携わっているとか。それに……とても優しい方よ。たぶん……私の初恋なのだと思うの」


 ティアナは切ない顔をして言い、エルは眉間に皺を寄せてそんなティアナを見つめる。


「……会ったこともないのに、どうしてそう言い切れるのですか? なぜ好きだと断言できるのです? 会ったら、全然格好良くはないし、才能もない人間かもしれないのですよ?」


 実際、ティアナの知りえている情報には誤解がある。レオンハルトは金髪でもないし、碧眼ではあるが想像しているような明るいブルーでななくて深い闇の様な青なのだ。

 複雑に感情の揺れた声で言ったレオンハルトを見ずに、しばしの沈黙後、ティアナはくすっと笑った。


「なぜかしらね、私にも分からないわ。でも、気付いた時にはレオンハルト王子のことが好きになっていたのよ」


 そう言ったティアナの瞳に星が反射してキラキラと光ってるからか、眩しすぎて見ていられなくて――レオンハルトは地面を見つめて静かに言う。


「私にはわからない……人を好きになるという気持ちがどんなものなのか。会ったことがない相手を、好きになれるものなのかも……」


 今にも消えてしまいそうな儚く小さな声でレオンハルトは呟いた。

 早く結婚しろと言う王妃。花嫁を決めると言う舞踏会。愛のない政略結婚。それが王族にとって当たり前だと知っていても、まっすぐに、誰かを好きだと言えるティアナが眩しく、心底羨ましいと思った。

 唇をかみしめ、何かこぼれ出しそうになる気持ちを押し殺すようにしていると、急に体に浮遊感を感じ、顔を上げる。ティアナがレオンハルトを抱き上げ、頬を近づけていた。


「いつか分かるわ。好きっていう気持ちは心の支えになるのよ……とても素晴らしいものよ」


 ティアナの優しい声が胸に沁みて、レオンハルトは胸が熱くなった。




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