第3話 旅の仲間
城の者に見つからない様に塔を抜け出すのは意外と簡単だった。王城といっても城壁はなく、城を守る衛兵も特にはいない。人目につかない道を選び王城から出、街へと向かい、ティアナとイザベルとエルは鍛冶屋通りのカーンという料理屋に着いた。
店内は午前中ということでほとんど客はなく閑散としている。ティアナは店に入ると、顔なじみの店主に挨拶する。
「ご主人、おはよう」
「ティアナ嬢、ここに来るなんて珍しいな」
「ちょっとジークベルトに用事があって。彼はいるかしら?」
「ああ、ヤツなら奥さ……」
そう言って視線で奥を指した店主は、ティアナが胸に抱いた猫に視線を移し、片眉を上げる。
「嬢ちゃん、うちは飲食店なんでね、動物を連れ込むのはやめてくれないかい?」
ティアナが困った顔で振り返ると、イザベルが「ほらね」という顔で首をかしげる。ティアナは頭を下げて言う。
「ご主人、この猫のことは見逃して、お願い! ……それから、私がここに来たことも内緒にしておいてほしいの! お願いします!」
「まったく、嬢ちゃんの頼みじゃ断れんよ。だが、くれぐれも問題は起さんでくれよ」
腰に手を当ててため息をついた店主は、厨房に戻って行った。
ティアナ達は奥に進む。店内の奥は、窓からの日差しも届かず薄暗い。その薄暗い空間に一人の男が座っていた。
「ジークベルト、久しぶり」
ティアナの声に男が振り返る。
「ティア……。久しぶりだな」
そう言いながら立ちあがった長身の男が、ティアナの兄エリクの旧友で、出来そこない魔導師のジークベルトである。
ジークベルトはティアナに近づき、彼女が胸に抱いた猫に視線を止めて片眉を上げる。
「俺に頼みごとか? ティア」
そう言って、にやっと笑うジークベルト。
「ええ、魔導師としてのあなたにお願いがあって来たの。この猫、エルって言うのだけど、エルが魔導師に用事があるみたいなの」
ティアナは言いながら、両腕で包むように抱いていたエルの脇の下を持ちジークベルトの前に突き出す。いきなり眼前に猫を出され、一歩後ずさるジークベルト。
「お願いできるわよね」
ティアナは王族らしい優美で威厳のある笑みで言うと、有無を言わさず押しつけるようにエルをジークベルトに渡し、イザベルを伴って明るいほうの店内に戻っていってしまった。
※
薄闇に取り残された一人と一匹は沈黙のまま、ティアナの後ろ姿を見送る。
エルを受け取ったまま抱いていたジークベルトを、エルが見上げる。その視線に気づいたジークベルトが薄笑いを浮かべて尋ねる。
「お前、誰に魔法をかけられた? 強力な魔力の匂いがプンプンするぜ」
そう言われたエルは、するっとジークベルトの腕からすり抜けて床に華麗に着地し、ジークベルトを鋭い視線でみつめる。
「ティアナ様の紹介であっても、このような場所にいる魔導師に期待はしていなかったが……それなりに力を持った魔導師のようだな」
普通、それなりの力を持った魔導師は王族や貴族に雇われているか、国の魔導師協会に所属している。もしそのどちらかなら、こんな時間帯から料理屋にたむろしているわけがない。
「はっ、それは褒めてるつもりか? まっ、どっちでもいいが……」
そう言って、椅子に座ったジークベルトは好奇の瞳でエルを見る。
「誰に魔法をかけられたか、当ててみようか? 魔法使い、それもかなりの魔力の持ち主だ。このあたりなら、そうだな……例えば“森の魔法使い”……とか」
その言葉に、エルは片眉を上げる。
「何か悪さでもして魔法使いを怒らせたのか?」
くつくつ笑って尋ねるジークベルトを、エルは答えずにただ見る。
「それには答えられない。私が誰かも詮索するな。要求は一つ、私にかけられたこの魔法を解いてほしい」
「ふっ、それが人に物を頼む態度か? と言いたいところだが、ティアには借りがあるからな、彼女の頼みなら断れない。それに詮索するな……ということは、正体を知られたらまずいそれなりの権力の持ち主、貴族とかそんなとこだろ」
エルは相変わらず鋭い視線をジークベルトに向ける。
「それで、そなたはこの魔法が解けるか?」
そう言われてジークベルトは瞳を閉じ、全神経をエルに集中させる。
「……変化の魔法と口封の魔法が二重にかけられている。これじゃ普通の魔導師では解けないな」
「では、力のある魔導師が数人揃ったらどうだ? 実は、知人の魔導師がビュ=レメンで魔法を解く準備をして、若くて力のある魔導師を待っている」
少しの間ののち、ジークベルトが答える。
「まあ、その方法でも一か八かだな。どうしても魔法を解きたいのなら、魔法をかけた本人に解かせるのが一番手っ取り早いぜ」
顎に手を当てて話すジークベルト。
「それは……出来れば避けたい」
そう言ったエルは苦々しい顔をする。
「ティアナ様もビュ=レメンになにか用事があって向かうと言っていた。そなたにも一緒に来てもらい、魔法を解くための力を貸してほしい」
「ふ~ん、姫と一緒の旅か……」
にやにやしながら呟いたジークベルトが、何か思いついたように言う。
「“魔法”“姫”といえば、もしかして――――で魔法が解けたりして~」
冗談半分で言ったジークベルトを、エルが冷たい視線で睨む。その視線を受けてジークベルトが苦笑する。
「怒るなよ、これから一緒に旅をする仲間じゃないか」
そう言ってしゃがみ、ぽんっとエルの背を叩いた。
※
入り口に近い店内で、主人が出してくれた珈琲を飲んでいたティアナとイザベルの元に、さっきまで奥でエルと話し込んでいたジークベルトがにやついた顔で話しかけてくる。
「ティア、ビュ=レメンに行くらしいな。今年は不作と聞いたが、旅費はどうするんだ?」
「宿代は私の僅かばかりですが貯蓄をしていたお金を使うつもりです。移動手段は徒歩で行けば二十日ほどで行けるし、旅費も節約できるでしょう」
「ティアナ様、私が今まで作った服を売れば少しはお金になると思います。それから舞踏会用のドレスですが、以前からティアナ様のために作っていたものがございますよ!」
「俺も少しは資金援助してやれると思う」
「えっ?」
その言葉にティアナは眉根を寄せてジークベルトを見上げた。
「こいつの用事で俺も一緒にビュ=レメンまで行くことになった」
そう言ってジークベルトが指差した背後にエルがいた。ティアナはしゃがみこんでこっそりと呟く。
「すみません。お役に立ちたいと言いながら、紹介できるのがこんな魔導師だけで……」
「そんなことないですよ」
エルが苦笑する。すると突然、ティアナの肩がぽんっと叩かれ振り返ると、ジークベルトが背後で不敵な笑みを浮かべていた。
「こんな、で悪かったな、ティア。金、貸さないぞ?」
なんという地獄耳!
こうして、イーザ国姫ティアナ、侍女イザベル、銀色の猫エル、魔導師ジークベルトの三人と一匹の旅が始まった。




