第28話 魔導師ニクラウス
しばらくしてフェルディナントが一人の老人を伴って戻ってきた。長身のフェルディナントよりは小さいが、老人にしては背が高く、服の上からでもわかる形のよい筋肉、長い白髪をおしゃれに編み込み背中に流し、白い口髭、穏やかな目元、通った鼻筋からは昔は相当の美男子だったことが想像できる。
「ニクラウス師匠」
そう言って、テーブルから降りたレオンハルトは会釈する。老人――ニクラウスは銀色の猫を見つめて、ゆったりと笑う。
「はて、わしに猫の知り合いはいたかのう」
レオンハルトは、顎髭に手を当てながら喋るニクラウスからフェルディナントに視線を移す。その視線を受けてフェルディナントは頷き。
「ニクラウス殿、先程も申し上げましたがレオンハルト王子のことでご相談がございます。実は……」
「静かに!」
フェルディナントの言葉を遮ってニクラウスが言い、レオンハルトに右手をかざし、目を閉じる。
「ふむ、これは強力な魔力じゃな。二重に魔法がかけられていて簡単には解けんな。レオンよ、誰に魔法をかけられたのだ?」
ニクラウスの薄茶の瞳が好奇に揺れて、見開かれる。“レオン”とは、かつてレオンハルトがニクラウスに教授――主に、歴史と武術を――されていた時の呼び名で、レオンハルトをこう呼ぶのはニクラウスただ一人であり、ニクラウスを師匠と呼ぶのもレオンハルトただ一人だ。
「ニクラウス師匠、理由は申し上げられません」
「おおかた、言えない様に魔法でされているのだろう。しかし迂闊に魔法をかけられるとは……レオンもまだまだ修行が足りんようじゃな」
ふぉっふぉっふぉっと笑ったニクラウスに、苦笑するレオンハルト。
「はぁ……、言い訳のしようもございません」
「しかし、困ったのう。魔法を解いてやりたいが、その魔法は体力を消耗する、わしだけの力ではどうにもならん……もっと若く優秀な魔導師でないと……」
若く優秀な魔導師と言われてレオンハルトの脳裏に浮かんだのは隣国の王子の顔であった。昔、遊学に来たその王子は、各国を転々と遊学の旅を続け自国に戻る途中にこの王城に立ち寄った。歳が近かったことから交友を深め、彼がとても優秀な魔導師であることを知った。それ以来時折連絡を取っていたが、ここ数年は連絡を取っていなかった。
「わしの弟子といっても皆年寄りばかりだし、王城には若い魔導師はおらんしなぁ……」
困ったとニクラウスが頭をひねる。
「私に心当たりがございます……、南の隣国イーザ国の第一王子エリク様は大変優秀な魔導師です」
「ふむ、ではそのエリク王子をここへ連れてくるのじゃ」
「わかりました、ニクラウス師匠。私はこれからイーザ国へ向かいます」
「レオンハルト様、私もお伴します」
それまで黙って聞いていたアウトゥルが言う。
「アウトゥル……お前とフェルディナントには、ここに残ってやってもらいたいことがある」
そう言われて、二人は姿勢を正す。
「私の執務の代行をオスカーがやっているのならば、その補佐をアウトゥルには任せる。フェルディナントは引き続き、私が行方不明だという情報を誤魔化してほしい。それから、王城の様子を逐一報告してほしい」
「わかりました!」
アウトゥルとフェルディナントが同時に言う。
「では、ニクラウス師匠。行って参ります」
「ああ、任せたぞ。わしの方でも魔法を解く準備は万全に整えておこう。それから……」
そう言ってニクラウスは目を細めて真剣な眼差しで言う。
「もしイーザ国の王子を連れてくるのが無理だとしても、決して無茶をしてはならん! わかったな?」
ニクラウスの言おうとしたことを知ってか知らずにか、レオンハルトは静かに頷きイーザ国に向けて出発した。