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第27話  魔法にかけられた王子 2

 


 猫になったレオンハルトは街に出て一晩を明かすと、早速情報収集をしようと街の中を歩く。通りは物売りの声が響き、行き交う人々で賑やかな様子は、さすがは王都ビュ=レメンといえる。しばらく歩くと、物売りの大柄の中年女性と男性が話しているのが聞こえてそっと足元に近づく。


「聞いたかい? ついに銀の王子が花嫁をお迎えになるらしいんだよ!」

「ほぉ、そいつはめでたい。で、お相手は隣国の姫君か? それとも貴族のご令嬢か?」

「それがね、舞踏会を開いて花嫁選びをするらしいんだよ! あちこちに招待状が配られて、かなり盛大な舞踏会になるらしい。うちの娘は裁縫組合で裁縫師見習いをしているんだがね、ここ数日で貴族からのドレスの発注が大量に来て、しばらく泊まり込みで仕事だってぼやいてたよ」

「ははっ、そりゃあすごいな! じゃあこれから舞踏会が開かれるまでは大忙しだ」

「そうさ、隣国の姫君や貴族のご令嬢がたくさんこのビュ=レメンに集まるんだからね。大変だが商売繁盛することは間違いなしさ」


 そう言って、はははっと笑う大柄の女性。レオンハルトはその場から離れ、路地の角を曲がったところで、はぁーっとため息をつく。

 レオンハルトが昨日知らされたばかりの舞踏会の話が、すでに城下で噂になっている。どうやら招待状はもう何日も前からあちこちに届けられているようだ。レオンハルトは常に、王城――貴族や、もちろん王や王妃や弟王子――の動向を侍従に探らせて把握しているが、王妃の企てた舞踏会については全く情報を得ていなかった。すでに招待状が届けられた今、舞踏会を取りやめにすることはできないと、一種の諦めがつく。しかし嫁など娶るにはまだ早すぎるし、そもそも恋もしたことがないのに……とため息をつく。

 実際、王族の婚姻のほとんどが政略的なものであるのは仕方がない。それでも、一生を側で共にする相手ならば、恋愛感情としてではなくても、好意を持てる相手、信頼できる相手がいいとレオンハルトは思っていた。

 このまま舞踏会が終わるまで行方をくらますのもいいかもしれない、そう思って、数日を街で過ごす。しかし、生来責任感の強いレオンハルトは、このまま逃げていてはいけないと思い、王城に戻ることにした。



  ※



 王城、レオンハルトが私室に向かう途中の城内は穏やかな雰囲気だった。王城を抜け出した時は王子が行方不明だと大騒ぎだったが、今は捜索をしている様子も見られない。

 私室に入ると、側近のアウトゥルと侍従長のフェルディナントが立って話していた。


「まだ、レオンハルト様は見つからないのですか?」

「王子が行きそうな場所はすべて探したが……、どこに行ってしまわれたのか手がかりが全くなくてはもうこれ以上の捜索は難しいぞ……」

「もっ、もしや自発的な失踪ではなく、誘拐されたのでは?」

「それならば、誘拐犯からすでに連絡が来ていてもおかしくはないはずだ。王子が行方をくらましてからすでに六日、未だにそういう知らせはないから誘拐の線は薄いな……」

「ではやはり、舞踏会がお嫌で……?」


 そう言ってアウトゥルが情けない顔でフェルディナントを見上げる。フェルディナントはもともと強面なのに更に眉間に皺を寄せて渋い顔をする。


「違うと思いたいが、今の時点ではその可能性が一番高いだろう。しかし、王子が行方不明ということを隠すのもそろそろ限界があるぞ。早いとこ王子を見つけ出さなければ……」


 フェルディナントは目を瞑り、顎に手を当てて考え込む。そんな彼にレオンハルトはゆっくりと近づいて声をかける。


「心配をかけてすまなかった、フェルディナント。私は(ムグッムグッ)!」


 私はここにいるぞ……そう言ったのに言葉が続かなかった。


「レオンハルト様の声?」


 最初に気づいたのはアウトゥルで、辺りをキョロキョロと見回す。


「なんだ、アウトゥル? 俺には何も聞こえなかったぞ?」

「あれ、変だな。確かにレオンハルト様の声が聞こえたと思ったのに……わっ! 猫だ!」


 アウトゥルは足元にいる銀色の猫――レオンハルト――に気づいて声をあげる。


「どうして、猫が城内に?」


 首をかしげながらアウトゥルは猫を抱き上げた。


「アウトゥル、私だ、(ムングッ)!」


 レオンハルトだ……そう言ったのにやはり言葉にはならなかった。どうやら魔法をかけられた時に、自分の名前を名乗ることが出来ないようにされていたようだ。名乗れない以上、どうやって王子だと分かってもらおうかとレオンハルトは頭をフル回転させて考える。


「わわっ、この猫喋るぞ!」


 そう言って慌てたアウトゥルの腕からするりと抜け出すと、レオンハルトは近くのテーブルの上に乗る。


「なんだ、アウトゥル、お前猫の知り合いがいるのか?」


 眉間に皺を寄せてフェルディナントが聞く。


「えっ、知らないよ!」

「しかし、人語を話す猫とは嫌な感じがするな……」


 レオンハルトの乗ったテーブルに近づいてきたアウトゥルとは対照的に、すこし距離を置いて訝しげに眺めるフェルディナント。


「あの、どちら様ですか?」


 アウトゥルは人の良さそうな顔で腰を折り、猫と視線を合わせて尋ねる。レオンハルトは前足を揃えて座り直すと、きりっとした目元を上げてアウトゥルを見上げる。


「アウトゥルよ、私の名を忘れたというのか? お前の主の声を忘れたのか?」


 レオンハルトは威厳のある口調で言う。一か八か、これで気づいてくれと祈りながら。アウトゥルの体はその言葉に、声に、反射的に反応して居住まいを正し膝をついて頭を下げる。そして、恐る恐る顔を上げる


「レオンハルト様……?」


 アウトゥルのその言葉にフェルディナントが驚いた顔をする。


「この猫が、レオンハルト王子……だというのか?」

「はい、確かにこの声はレオンハルト様の声。私が聞き間違うはずがありません。どうしてそのような姿に……」


 アウトゥルは涙を浮かべ、テーブルの端に手をかけて卓上のレオンハルトににじり寄る。


「実は、(モゴッモゴッ)魔法を!」


 森の魔法使いに魔法をかけられて……そう言った言葉は音にならなかった。森の魔法使いにやられたことも言えない様にされているのか、あのイカレ魔法使いめ……レオンハルトは内心で悪態をつき、言葉を続ける。


「事情は話せないのだが、魔法で猫にされてしまったのだ。おまけにどうやら自分の名を名乗ることも出来ないらしい」

「王子に魔法をかけるとは許し難い! すぐさま犯人を探し、見つけ次第重い処罰を与えましょう!」


 そう息巻いて今にも飛び出していきそうなフェルディナントをなだめるようにレオンハルトは言う。


「いや、犯人探しは後で良い。それよりも早く元の姿に戻りたい。魔法を解く方法を見つけてほしい。王族お抱えの魔導師をここへ呼んでくれ」

「はぁ……。しかし王子……言いにくいのですが……」


 長身の大男のフェルディナントが膝をついて、レオンハルトを見上げる。


「なんだ? 申してみろ」

「はっ。王子が王子であると名乗れない上に、猫の姿の王子を王子だと言ってどれだけの人間が信じるでしょうか? かく言う私も、アウトゥルの言葉がなければ正直信じられないようなことで……。更に、魔法のかけられた人語を話す猫では少々縁起も悪く、聞く耳持たない者も多いかと……」


 言いにくそうに言って俯くフェルディナントにレオンハルトは頷く。


「確かに、フェルディナントの言う通りだな。魔導師が存在するとはいえ、魔法とは縁のない者の中には信じない者も多いだろう。ではどうしたものか……」


 考え込む二人にアウトゥルが言う。


「信頼のおける魔導師を選りすぐって相談するというのはどうでしょうか?」

「それしかないな」

「そうしよう」


 アウトゥルの案に同時に頷くレオンハルトとフェルディナント。


「では、ニクラウス師匠にご相談しよう。あの方とは幼少の頃よりの付き合い、きっと信じて下さるだろう」

「では早速、お連れ致しましょう」


 そう言ってフェルディナントが部屋を出て行く。部屋に残されたアウトゥルは一度は止まっていた涙をまた流しながらレオンハルトを見る。


「レオンハルト様……そのようなお姿にされて、さぞ辛い思いをされたのでしょう。もっと早くに私が気づいて差し上げていれば……うぅ……」


 鼻をすすりながら喋るアウトゥルを見て、レオンハルトは苦笑する。


「確かに、お前が早とちりして行方不明だーっと叫んで飛び出して言った時はどうしてくれようかと思ったがな。この数日、自分の目で街を見ていろいろ勉強になったよ。実は少し……舞踏会から逃げ出したい気分ではあったが」


 そう言ってくすっと笑ったレオンハルトは、猫の姿でも優美だった。




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