第24話 森の魔法使い
どこまでも続く鬱蒼とした森の中、ジークベルトの呪文でがらりと風景が変わり、そこに黒い長髪の男が現れた。
ティアナは一歩前に進み出、ぎゅっと両拳を握りしめると、まっすぐに男を見据えて尋ねる。
「あなたが森の魔法使いですか?」
「私のことをそう呼ぶ者もおるが、できれば“ルードウィヒ”と呼んで頂きたい。して、私に何のご用かな? 娘」
そう言って笑ったルードウィヒの瞳は、表情とは裏腹に鋭利な光を宿している。まるで値踏みされているようで背筋に緊張が走り、森に来る前にジークベルトに言われたことをティアナは思い出した――
※
「いいか、ティア? 魔法使いに会った時決してしてはいけないことは、何か分かるか?」
椅子に腰かけたジークベルトは、長い足を汲み肘を足の上に乗せ、その上に端正な顔を乗せて、じーっとティアナを見る。その前に凛とした姿勢で立ったティアナは、答える。
「取引、ね?」
「そう、取引だ。魔法使いと取引する時はそれ相当か、それ以上の代価を支払わなければならない。魔法使いは巧みな言葉で誘導し、必ず取引を持ちかけてくる。だから気をつけろ。決して、魔法使いの言葉に惑わされるな」
※
――そう言っていたけど、取引をせずに聞きたいことだけを聞きだすなんてこと、私にできるかしら。
ティアナはごくんと唾を飲み込み、言葉を選びながら話す。
「行方不明のレオンハルト王子に会いたいのです。どこにいるのか、見つける方法はないでしょうか?」
これが果たして取引になるのか、ティアナには分からない。それでもティアナの一番の望みがこれである以上、他に聞くことはなかったし、その結果取引と判断されても仕方がない――そうと思っていた。
しかし、返ってきた答えは予想外のものだった。
「残念ながら、それには答えられんな。他にはないのか?」
ルードウィヒはちっとも残念そうではない顔で言い、ちらりとエルを見る。
その視線に気づかず、ティアナは一瞬で色々なことを考え、一つの気がかりに思い当る。
「では、エルにかけられた魔法を解いては貰えないでしょうか?」
そう言ったティアナを、ルードウィヒは片眉を上げて、珍獣でも見るかのように見つめる。
「面白いことを言う娘だ。よかろう、ならば取引といこうではないか」
ルードウィヒはくつくつと笑い、両手を広げる。
すると、ティアナは自分の意志とは関係なく、ルードウィヒの方に体が引き寄せられていった。
「やめろっ!」
「ティアナ様っ!」
「待てっ!」
後ろでイザベルの悲鳴とジークベルトとエルの叫び声が聞こえたが、ティアナにはなんと言っているかは聞き取れず、振り向きたくてもそうすることはできなかった。耳には鼓が打たれた様な音が響き耳鳴りがする。その強烈な音に、眉間に皺を刻んで目を顰めるが、そう出来ていたのかどうかもティアナには分からなかった。
それは、ほんの一瞬の出来事であっただろう。それでも、ティアナにはすごく長い時間に感じられた。
目の前に迫ったルードウィヒの、髪と同じく底の見えない黒い瞳で至近距離から見つめられて、ティアナはその瞳に吸い込まれそうになり、そこで意識を失った――
次回は、<間章>になります。
入れるかどうか迷ってたのですが、ここで入れるのがいいかと判断しました。
えー、もうバレてるかもしれませんが、ネタばれ的な話になると思うので、
読みたくない方は、飛ばして第4章から読んで頂ければな・・・と思います<m(__)m>