第23話 行方不明の王子
「まあ、レオンハルト王子が行方不明? ティアナ様、王子様に会うためにここまでいらっしゃったのに……」
話を聞いた時から落ち着かない様子のイザベルは、ドレスの仕上げも放り出して、そわそわと室内を行ったり来たりする。
ティアナが社交場から戻ると、部屋にはジークベルトとエルも戻ってきていて、社交場で聞いた噂のことを話して聞かせた。
「ふーん、王子が行方不明か。ティアは、王子に会うために舞踏会に行きたかったんだな。で、どうするんだ?」
そう言ってジークベルトが意味深ににやにやと笑ってティアナと、彼女が抱き上げて膝の上に置いたエルを見る。
エルは少し居心地悪そうな表情をしてジークベルトを見つめ返し、ティアナもジークベルトの方を向く。
「どうしよう、レオンハルト王子のいない舞踏会に行っても仕方がないし……」
「王子を探すというのはどうでしょう?」
良いことを思いついたというようにイザベルが言う。
「近衛兵が探しても見つからないというのに、私達が探して見つかるかしら? それよりも、以前バノーファの森に魔法使いがいると噂を聞いたのだけど……その森の魔法使いに王子を探してもらうというのはどうかしら?」
「森の魔法使い、ですか?」
「森の魔法使いか……」
イザベルは可愛く首をかしげ、ジークベルトは顎に手を当てて考え込む。
「ジークベルトは知っているのね?」
ジークベルトの反応から、そう感じたティアナは尋ねる。
「ああ、会ったことはないが俺ら魔導師の間では有名だからな。“森の魔法使い”その呼び名の通り、あいつは歴とした魔法使いだ。俺ら魔導師が自然の力を媒介に魔法を使うのに対して、あいつはその体に魔力が宿っている。正真正銘、古の魔法使いだ」
「まあ、それならいったいいくつなのかしら?」
イザベルの的はずれな問いにジークベルトが苦笑する。
「さあな。あいつは森の奥にいて、会ったことがあるというやつはほとんど聞いたことがないからな」
「じゃあ、森に行っても会えないかしら?」
ティアナは小首を傾げてジークベルトを見つめる。
「それはわからない。まあ、そいつが一緒なら会えるかもしれないがな」
そう言ったジークベルトの瞳は、好奇の光を宿してエルを見ていた。
「エルと一緒なら?」
ティアナはジークベルトの言葉に含まれた意味を探るように……彼の言葉を反芻した。
「エル、一緒に行ってもらえるかしら?」
ティアナはしばらく考え込んだ後、エルに尋ねる。それまで膝の上で黙っていたエルを見ると、眉間に皺を寄せていた。
「私が一緒に行っても会えないとは思いますが……ティアナ様のお申し出ならばお伴しましょう」
※
森の道はどこまでも続き、奥は生い茂った草木で薄暗く、先は見えない。
歩き始めてすでに一時間は経ち、朝早く出発したのに日はすっかり天に昇っている。道の脇に生い茂った木々がだんだん鬱蒼としてくる他はただ道が続くのみ。先にも後ろにも道と森以外のものは見えない。
昨日、森の魔法使いに会いに行くと決めた時点で、すでに日は傾き始めていたので、翌朝、出かけることに決めて、それぞれ早めに就寝した。
森の魔法使いがいる森は、チェの北の森と違い、バノーファの街と隣接したごく普通の新緑豊かな森に見えた。歩き始めて少し立つまでは――
しばらく歩くと、突然辺りは暗くなり、木々と道しか見えなくなった。
「ちっ、こんな街からすぐのとこにいきなり魔森が広がってるのか……」
そう呟いたジークベルトの声に、ティアナだけが眉をひそめる。
ティアナを先頭にエル、イザベル、ジークベルトの順で歩く一行は、それでも、魔法使いに会うために、進み続けた。しばらく進んだ時、ティアナは振り返り、ジークベルトに聞く。
「本当に、この道でいいのかしら?」
「俺に聞かれても困るが、どうも魔法が掛けられているようだな……」
辺りを見回してジークベルトが言う。
確かに先程から、一本道なのに同じような場所をぐるぐると歩いているような感覚があった。
ジークベルトは目を瞑ると、何やら呪文のようなものを唱え始めた。すると辺りに霧が立ち込め――一瞬の後には、さっきまでと風景ががらりと変わり、目の前の森は開け、その先に一軒の小屋が見えた。
「ふむ。私の魔法を打ち破るとはなかなかだな、そこな魔導師。一緒にいるのは隣国の姫に、少女……ほお、そなたも来たのか」
そう言って現れた男は、歳の頃は二十代後半か、すらっと背が高く時代錯誤の黒いマントをはおり、長い黒髪を無造作に後ろに流し束ねていた。