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ビュ=レメンの舞踏会 ―はじまりの招待状―  作者: 滝沢美月
第2章 忘れ去られた恋の唄
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第21話  ちいさな恋の唄



「なんかこれ、告白みたいだな……」


 そう言ってジークベルトが苦笑する。そんなジークベルトを見て、ティアナは笑ったりせず――真剣な表情で頷いた。


「そうよ。この魔法はね、恋の唄なの」

「えっ……?」


 ジークベルトはティアナの言葉に声を失う。


「昔、これと同じ疫病が流行ったっていう昔話、あったでしょ? あれ、本当はお伽噺なんかじゃなくて、マグダレーナ様がお若い時に起きた、本当の話なんですって。マグダレーナ様は……疫病を治すために悪魔と契約した魔法使いのことを、お好きだったみたい。悪魔と契約した魔法使いがどうなるか……それを分かっていてもご自分の気持ちを伝えられず、何も出来なかったことを、ずっと後悔してらした――だからこれは、マグダレーナ様の、精一杯の告白なのよ」


 ティアナは瞳を潤ませて、わずかに笑った。ジークベルトと視線が合うと、すぐにそらし目元を拭うティアナ。

 夜明けは近く、窓の外は白み始めている。もうすぐ、魔力が強く働く時間が終わってしまう――魔法をかけるなら、今しかない。

 ジークベルトとティアナは視線だけを合わせ頷くと、それぞれ自分の魔法石の腕輪に手を当て、詠唱を始めた――



 君についた嘘、君に伝えられなかった言葉。

 今口づさんだら、消えてしまう想い。

 水底のような深いブルー、光を放つ透明な雫。

 誰かがきっと呼んでいる、誰かがきっと待っている。

 目を閉じたら、いつでも思い出す気持ち。

 黒い翼を広げた鳥と、揺れる小さな命と。

 待っている、そう言ったら君は困って。

 愛してる、そう言ったら君は泣いて。

 だからこの想いは言葉にしないで、だから君に嘘をついて、さよならは口にしないで。

 目覚めの時、笑顔で会えたら、それがきっとなによりも幸せ。



 それは恋の唄――

 ちいさなちいさな想いが込められた、気の遠くなるような時の輪を廻った恋の唄。



 先ほどまで長屋からは、胸をぎゅっと締めつけるような甘酸っぱい魔法の詠唱が聞こえてた。

 エルはジークベルトを呼びに行ってから、長屋の扉の前にずっといて、詠唱が終わるとそっとその場を後にした。その頬には、透明の雫が伝っていた――



  ※



 ジークベルトが作った魔法陣、続いて二人で唱えた魔法で、ティアナが大量に作った丸薬は虹色に輝きだす。

 詠唱が終わったとたん、ティアナはくすりと笑う。


「ごめん、私、ぜんぜん力になれなかったみたい……」


 そう言うと同時に、ばたりと地面に倒れた。

 予想外のことに、ジークベルトは受け止めることができず、地面に横たわるティアナを仰向けに寝かせ直すと、虹色の丸薬を一つ、ティアナに飲ませた。それからジークベルトは、虹色の丸薬を持てるだけ持つと、部屋を駆けだした。



  ※



 ティアナが目を覚ました時、部屋の中は静かだった。最後の記憶は、長屋でジークベルトと一緒に薬に魔法をかけたところで途切れている。辺りを見回すと、ティアナはベットに寝ていて、そこは長屋ではなく泊っていた宿屋の一室であることがわかった。

 私、どうしてここに……

 上半身を起こしたティアナは、とにかく服が汗でぐっしょり濡れているのが気持ち悪くて、ベッドから降りて服を着替えることにした。

 部屋にいるのはティアナ一人で、皆がどこにいるのか、疫病はどうなったのか――考えなければならないことはたくさんあったが――少し冷静になる時間が必要だった。

 部屋の隅に自分の鞄を見つけ適当に服を出し、濡れた服を脱ぎ捨てる。新しい服に袖を通した時に、ふっと違和感に気づき、鏡台を探す。鏡を覆っていた布を外し、自分の姿を映したティアナは息をのんだ。

 感じてた違和感の正体は――それは、耳の下にあった腫れが引いていたこと。

 ティアナは思わず耳の下に手を当て、確かに腫れが引いていることを確認する。

 どうして……

 そう思った時、ガチャリと扉の開く音が聞こえて扉を振り向くと、そこにはイザベルがいた。扉を見つめるティアナと入ってきたイザベルの視線が合い、イザベルはティアナに駆けより抱きついた。


「ティアナ様! やっと気がつかれたのですね。もう起き上がって大丈夫なのですか? どこか具合の悪いところはありませんか? お召し替えなら、呼んで下さればお手伝い致しましたのに……」


 心配そうな顔でティアナの瞳を覗きこみ次々と疑問を投げかけるイザベルを、ティアナはきゅっと抱き返す。


「私は大丈夫よ。それよりも、イザベルは……元気?」


 ティアナがそう聞くと、イザベルはうるりと瞳に涙をいっぱい浮かべ。


「はい……私はもう大丈夫です。ティアナ様が命がけで作ってくださった薬のお陰で、病は完治致しました……」


 嗚咽を漏らしながら喋るイザベルの頬を伝う涙を、ティアナは白い指でそっと拭うと、にこりと微笑んだ。



 その後、長屋から戻ってきたジークベルトから、事の顛末を聞く。

 ティアナは長屋で倒れ、ジークベルトに薬を飲まされてから、ずっと昏睡状態で三日間眠り続けていたという。

 ジークベルトは出来上がった虹色の薬をすぐさまイヴァン医師に届け、患者には飲ませるように、動ける者には他の長屋街や街で疫病にかかっている者に薬を配りに行くように指示を出した。

 薬の効果は絶大で、次の日には、耳の下の腫れが治る者が続出。咳と熱の症状も治まり、疫病の症状は徐々に治まり、新たに発病する者もこの三日間出ていない。

 昨日には、王都ビュ=レメンから派遣された王宮魔導師が到着し、疫病の原因と考えられる水の浄化作業を開始し、ティアナの残したメモを元に疫病に対抗する虹色の丸薬の大量制作に取り掛かる。虹色の丸薬は、完治まで一日二回服用しなければならなく、ティアナが大量に作った薬も底を着くところだった。ジークベルトは薬作成の際に、巨大な魔力を使い体力を消耗、睡眠不足も伴って再び虹色の丸薬を作るための魔法をかけることは出来なかったから、王宮魔導師の到着は天の助けだった。

 虹色の丸薬のお陰で、症状が残る者はまだ少数いるにはいるが、街は以前の様な活気を取り戻し始めていた。

 ジークベルトの迅速かつ的確な指示で、イザベルやマグダレーナその母も、すでに回復していた。

 そのことを聞いて、ティアナはほっと胸をなでおろし、再び眠りについた――



  ※



 薬を飲ませた症状の落ち着いたイザベルとティアナを宿屋に戻してからも、長屋街に通い、薬の配布の指示を出したり、王宮魔導師に状況を説明するなど、大忙しだった。

 その日も長屋にいたジークベルトは、ティアナが目を覚ましたことを聞いて宿屋に駆け戻った。

 今は再び眠りについたティアナのベッドの横に腰かけ、ジークベルトは考えていた。

 ――ティアナは魔力をほとんど持たず、虹色の丸薬を作る魔法をかけた時もティアナは僅かにその身に宿る魔力さえ使うことができず、結局ジークベルト一人の力で魔法をかけたと言っても過言ではない。しかし――

 ティアナの病にも屈しない強い精神力と、人々を助けたいという優しい気持ちで――虹色の丸薬は生まれたのだと、確信していた。

 ティアナには秘められた力がある――そんな気がして、仕方がなかった。




予想外に<疫病編>長くなってしまいましてが、これにて第2章は終わりです。

ティアナとエルの絡みをもっと書きたかったのですが、まあ・・・それは追々?書けるといいな~

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