第16話 魔女の薬
「魔女の薬? どういうことですか、ティアナ様?」
エルが話しの先を急かすように尋ねる。
「マグダレーナと出会って……思いだしたのよ。マグダレーナ様がおっしゃっていた昔話の続きを」
そう言ったティアナをジークベルトが悲壮な瞳で見つめ、そんなジークベルトをティアナは首を傾げて見返し、苦笑する。
「そんな顔しないでよ、ジーク。あなたは聞いたことがないと思うけど、あの昔話には続きがあってね、恋人を亡くした魔女は、寂しさから心をそむけるために薬を作ったのよ――いろんな薬をね。その中にね、結局試すことはできなかったけれど、疫病に対抗するべく作った薬があるのですって……」
「それを、作るのか……?」
驚きを隠せないジークベルトに、ティアナが昔を思い出しながら話す。
「もっぱら、お兄様とジークベルトは魔導師としての魔力の使い方を教わっていたけれど、私にはその魔力がない。でも、魔力がない私でも出来ることがあるって、マグダレーナ様は私に魔女の薬の作り方を教えてくれたの。そのほとんどが、最後に仕上げとして魔力を注がなくてはいけないから、実際には作り方を覚えただけだったけど……あれは、医者も知らない効能のある植物だったわ。だから、今からその薬草を摘みに行って、調合して、最後にジークベルトの魔力と合わせましょう」
「本当に、そんなことができるのか?」
ジークベルトとエルが同時に言った。
「自信はないけど、やってみるわ」
「摘みに行くってどこに?」
「チェの街から北に少し行ったところに森があったはずだから、そこに。今はこれの他にいい方法が思いつかないのよ……」
ティアナは悲しそうに呟いた。
「もちろん、王都から派遣される魔導師が今はなによりも頼りだけど、手遅れになるかもしれない……。だったら、じっとして待つよりも、今やれることをやりたいの。私はどうしても、イザベルやマグダレーナやそのお母様、それにこの街の人々を救いたいのよ!」
ティアナは言って、両手を握り締め気合いを入れる。
「まずは、イヴァン医師のところに行きましょう。必要な薬草を持っている可能性があるから」
窓の外の明るくなった空を見つめて、立ち上がったティアナはドアに向かって歩き出した。ティアナの話を呆然と聞いていたジークベルトとエルは、はっと我に返り慌てて後に続く。
※
東の長屋街、イヴァン医師の長屋。
イヴァンはティアナから渡された紙を見て、額にじわりと汗を浮かべて苦渋の表情を浮かべ、静かに首を横に振った。
「ほとんどが、聞いたことも見た事もない薬草ばかりだ……」
そう言って床に置いた紙には幾種類もの薬草の名前と数字がびっしりと書かれていた。その中のいくつかを指さして。
「麻黄と甘草はこの診療所にも少しは蓄えがあります。大芭瑚は街の薬草屋に行けばあるだろうが、不廉でこんなに大量に買うことは……」
眉をしかめて言い淀んだイヴァンの前に、ジークベルトが重みのある革袋を置く。
「この金で頼む」
「これは……?」
革袋の中に入った大金を見て、イヴァンが目を見開く。
「我々の旅費ですが、とりあえずこの金で街の薬草屋にある薬草を買ってきて下さい。ここに書かれている薬草、数量、買えるだけすべて」
「ここに書かれている数量を、すべてですか……?」
「はい、お願いします。私達は他の薬草を調達してくるので、どうかお願いします。頼めるのはイヴァン医師だけなんです」
眉間に皺を深く刻み、瞳を閉じて黙りこんだイヴァンは、しばらくして吐息と共に頷いた。
「……分かりました、引き受けよう。しかし、薬草を調達というが、あなた達はどこに行くつもりなのですか?」
「北の森に」
迷いなく言ったティアナに、慌てた様子でイヴァンが言う。
「北の森!? あそこの森は深く、滅多に人は入らないし、入った者はことごとく迷ってしまうようなところだ……やめておいた方が……」
心配そうな眼差しでティアナ達を伺うイヴァンに、ティアナはくすりと微笑んで言った。
「だからいいのですよ、人が入らないような深い森だからこそ――魔女だけが知っている薬草がみつかるのです」
そう言ってティアナは、伸ばした人差し指を唇に当ててにっこりと笑った。その仕草に、イヴァンはごくりっと唾を飲み込み、額の汗をぬぐう。
「明日の夕刻までには戻りますので、ティアの指示の紙どおりに薬草の調達・調合をお願いします」
「こちらで出来ることは引き受けよう。しかし、北の森までは往復するだけでも四日はかかるのに、明日に戻るとは……」
「それは、魔導師にも色々とあるんですよ」
そう言ってジークベルトが不敵に微笑んだ。




