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ビュ=レメンの舞踏会 ―はじまりの招待状―  作者: 滝沢美月
第2章 忘れ去られた恋の唄
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第12話  繰り返される歴史



 ザシャが隣の部屋に行ったのを確認すると、ジークベルトが言う。


「我々は一度、宿に戻って、また、明日来ます」

「はい、そうして頂けると助かります」


 そう言って立ちあがったイヴァンに続いて、ジークベルトとエルを抱えたティアナも立ち上がり、病人の寝ている部屋を通らない廊下側から玄関へと向かった。



 宿屋に戻る頃には、すっかり日も暮れかかっていた。イザベルはまだ眠っていたので、ティアナは夕餉を受け取りに一階の食堂まで降り、四人分の食事を受け取り、盆に乗せて部屋まで運ぶ。エルが人前で人間と同じ物を食べるわけにいかないことと、イザベルの体調が優れないことから、この宿では食事を部屋で食べることにしていた。その代わり、食事を運んだり、食べ終えた食器を食堂まで下げるのは自分達でやらなければならなかった。

 部屋に戻り、机の上に夕餉の準備をしていると、ジークベルトが二度のノックと共に、部屋に戻ってきた。


「おかえりなさい」


 長屋から戻る途中、ちょっと行くところがあると言ってジークベルトは一人別行動をとった。そう言って、ジークベルトを振り返ったティアナは眉根を寄せて動きを止める。

 ジークベルトは瞳に影を落として、バタンッと扉を閉め、机の側の椅子まで歩き腰を下ろすと、開いた両足の上に腕を乗せ、頭を垂れて、重い吐息をはいた。

 ティアナは、そのジークベルトの様子を怪訝に見、眉根を寄せる。


「どうしたの……?」


 ジークベルトはティアナの問いに答えず、組んだ指先を見つめて、瞳に黒い影を落とした。


「……他の長屋街の井戸に行ってみたんだ」


 そう切り出したジークベルトの言葉を、ティアナとエルは黙って聞き、先を促す。


「どの井戸もダメだった。水が淀んで、この街全体に疫病は広がってしまっている……」

「街全体……それは確かなのか? イヴァン医師は、まだ街の一部と言っていたはずだが?」


 エルがぴょんとジークベルトのすぐ側の椅子に登り、声をあげる。


「水が原因で感染してるってこと?」


 ティアナの問いかけに頷くジークベルト。


「井戸水は、街の地下水を汲み上げている。地下水はこの街全体の下を流れ、この街の水源はすべて一緒だ。確実に病は蔓延している。それから……」


 そう言ってジークベルトは目を瞑り、組んだ手で顔を隠すようにすると、うめき声の様な悲痛な声で言った。


「耳の下が腫れる疫病――あれは何十年も前に流行った疫病に似ている気がする……」

「何十年も前の疫病……?」


 エルが眉をひそめて呟く。


「それって、マグダレーナ様がおっしゃっていたあの昔話に出てくる疫病のこと……?」


 ティアナはジークベルトを不安そうな眼差しで見上げる。


「ああ……おそらくだが……」


 とても忌々しいものを見たように顔をしかめるジークベルトに、ティアナはぱっと顔を輝かせる。


「でもそれなら、治せるのでしょう? 確か、マグダレーナ様は疫病を治したっておっしゃっていたもの」

「話の内容をよく思いだしてみろ……、当時疫病を治したのは、悪魔と契約した魔法使いだ……今は、魔法使いもいない……」

「そうだったかしら……? 悪魔と契約……は、いくらなんでもジークベルトじゃ無理よね……?」


 恐る恐る上目づかいで尋ねるティアナ。


「ああ、無理だ。悪魔は魔導師とは契約しない。強力な魔力を持つ魔法使いか、魔女とだけだ」

「強力な魔力を持つ……エリク様では無理だろうか?」


 エルが問うと、ジークベルトは首を横に振る。


「無理だ。エリクは確かにすごい魔力を持っている。それでも魔法使いではない……それにイヴァン医師も言っていたが、この伝染病はもって一週間だ。早く手を打たないと、この街だけじゃない、近隣の農村や……例外じゃなく、俺達も感染する……」


 ジークベルトらしくない震える声で言葉を紡ぐ。その緊張感に、ことの重大さが伝わり、エルもティアナも押し黙る。



 コホンッ、コホンッ。

 重たい静寂を破ったのは、イザベルの咳だった。


「イザベル、起きたの?」


 緩慢な動きで体を起こしたイザベルは辺りを見回す。イザベルのいるベッドは部屋の端に置かれ、灯篭の明かりが届かず薄暗い。


「ティアナ様……」


 そう呟いたイザベルのいるベッドに近寄りったティアナは、イザベルを見るなり息をのみ瞠目した。動きの止まったティアナを訝しみ近づいてきたジークベルトは、一瞬激しく瞳を揺らし、両手を口にあてて固まっているティアナを避けてベッド脇に行き、上半身を起しているイザベルの額に手を当てて熱を確認する。


「気分はどうだ? 夕餉の時間だが、食欲はあるか?」

「少し、喉が渇きました。食事は少しなら、食べられそうです」

「わかった。粥があるから、今持ってくる」


 そう言ったジークベルトは、ティアナの肩に手を置き、机の近くの椅子に促し、座らせる。机に用意された粥と水差しを持ってベッドに戻り、イザベルに食べさせる。粥が入った碗が半分減った頃、イザベルが首を振り、ジークベルトは碗を受け取ってベッドの横の小卓に置くと、彼女が横になるのを手伝う。しばらくして規則正しい寝息が聞こえてくると、ティアナとエルを視線で外に出るように促し、食堂に向かった。




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