第1話 招待状からはじまる
「待って! お父様!」
叫んだ声が閉じられた扉に虚しく跳ね返され、少女――ティアナ――の編み込まれた長い銀色の髪が背中で揺れる。薄暗く、じめっとした石畳の室内には簡素なベッドと机と椅子が置かれただけで、唯一の救いは大きな窓と言えるだろう。それでもここは塔のてっぺんで、窓から抜け出すことは出来ない。
なんでこんなことになったのか、それは今朝の出来事に遡る――
ティアナが朝食を済ませ、父王の執務室で侍女と一緒に作業している時、北の国の使者がやって来た。
「この度、我がドルデスハンテ国第一王子レオンハルト様の花嫁選びの舞踏会を行うこととなり、イーザ国第一王女ティアナ様に招待状をお持ち致しました」
使者が去って行った後、ティアナは父王から招待状を受け取り内容に目を通す。
「場所は首都ビュ=レメン。期日は一ヵ月後ですって」
「ふむ。折角の招待だが、お断りするしかないだろう……」
イーザ国国王はふさふさの白髪の眉を寄せて、ゆっくりと目を閉じる。
「はい……」
ティアナは素直に頷いた。
ドルデスハンテ国とは貿易の盛んな北の大国、それに対して、イーザ国は南の小国。婚姻関係を結ぶとしても、利益になることよりも大国に支配される恐れが大きい。それになにより――
ティアナが物思いにふけっていると、横から侍女が覗きこんできて目をキラキラと輝かせて言う。
「まあ、ドルデスハンテ国のレオンハルト様と言えば、金髪碧眼の絵に描いたような王子様ですよね」
そう言った侍女に、ティアナはぎょっとして慌てて口を押さえようとしたが、間に合わなかった。
「確か、この間来た行商からも姿絵を買っていらっしゃいましたよね、ティアナ様?」
ティアナは内心で舌打ちをして、恐る恐る王を見る。王は閉じていた瞳をゆっくり開けると、その瞳に威圧的な光を宿して彼女を一瞥した。
「いえ、それは……絵物語に出てくる王子様のように素敵だと行商に勧められて、たまたま……」
「お前は確か、絵物語など興味がないと言っていたはずだが?」
重厚な椅子に腰かけた王は、ティアナを見据え威厳のある口調で問う。
「まあ、ティアナ様、そのような嘘を。レオンハルト様の絵姿を集めていらっしゃるではありませんか」
追い打ちをかけるように侍女が言う。
「それは本当なのか?」
下手に隠すよりは、正直に言って誤解を解いたほうがいいとティアナは観念する。
「はい……。でも、舞踏会に行く気はありませんからご安心下さい。だって行けるはずがないでしょう? うちにはビュ=レメンまでの旅費も、舞踏会の衣装代もないのですから」
そう、イーザ国は王族も民と一緒にせっせと畑を耕して農作物を作り、その売り上げが国の収入のほとんどを占めている。そんなに裕福ではない。おまけに、今年は災害が多発してほとんどの農作物での収穫が期待できない。生活は備蓄庫にあるものでなんとかやり過ごすことができるとしても、旅費や衣装代などにお金を使うゆとりは全くない。
「わかっております。欠席の旨を書いて返信致しますわ」
――そうティアナは言ったのに、王に無理やりこの塔に閉じ込められ、舞踏会が終わる一ヵ月後まで出ることを禁止された。
※
「なんで、こんなことに……」
ティアナは愚痴ってみたけど、理由は分かっていた。王は彼女の本心に気づいている。本当は舞踏会に行きたがっていること、そして反対されても素直に従わず飛び出していくことを。
小さい頃から畑仕事ばかり手伝い、年頃の少女が好む絵物語や宝飾類には興味がなかった――レオンハルト王子の事を除いては。王子の噂話と聞けば駆けつけ、行商が持ってきた絵姿を買い集めて、夢にまで見た憧れの王子様。花嫁に選ばれることはなくても、王子を一目でも間近で見られるのなら舞踏会に行ってみたい、とティアナは思った。
はぁーっとため息をついて窓辺に寄りかかる。塔の高さはおよそ三階、すぐ側に大きな木があるのを見つけて、つたって降りられないかと腕を伸ばした時、ティアナが唯一身に着けていたラピスラズリのブレスレットがはらりと腕から外れて塔の下に落ちてしまった。
塔に閉じ込められた上に、大事なブレスレットまで落とすなんて――ティアナは絶望の底に落ちる。
ふてくされてベッドに横になって、気がつくと朝だった。
ティアナの沈んだ気分とは裏腹に、窓から麗らかな日差しが差し込む。体を起こしてベッドに腰掛け、鬱々とした気持ちでいると窓の方から声が聞こえる。
「これは、あなたの物ですか?」
ティアナがぱっと顔を上げると、窓辺に、春の日差しをあびて銀色に輝いた猫がいた――
はじめてのファンタジー&はじめての書き方で、どうなることやら・・・
最後までお付き合いいただければ嬉しいです<m(__)m>