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ヨシロー 4

 オルテラス大陸。

よくある中世ヨーロッパ風の世界観。剣と魔法そして人間のほか亜人や魔族、魔獣が存在する。

ヨシローにとってはこのファンタジーな世界の説明は意味をなさないかもしれない。彼はいち村人というモブに過ぎないのだから。


しかし、歯車は動きだそうとしている。

きっかけという些細な目に見えない小さな歯車がはめ込まれることによって。


「イテテ」

身体を引きずるように、逃げるように歩き出した。できれば誰にも見られたくない。こんなことを何度も味わってきた。

早く帰って布団に横たわりたい。その思いだけで歩いた。

修道院まではそんなに遠くない。たが痛みでものすごく遠く感じる。


「なんだぁ。その有り様は、流行ってんのか?」

風がヒュッとヨシローの背中を押した。振り向くも誰もいない。

ついに、幻聴まで自分を蔑んでしまったのか。

日が暮れていく。


「ヨシロー。きなさい」

部屋で体力が尽きてうつ伏せに寝転がっているところをドアの向こうでシスターが静かに声をかけてきた。

「明日はちゃんと起きて仕事するから」

寝かせて欲しい。まどろみの中に身体を預けようとヨシローの思考に暗闇を被せるように考えるのを辞めた。しかし、シスターは許さなかった。


「ヨシロー」

シスターは次の言葉は言わなかった。

ほんの数秒。ヨシローは起き上がりドアを開けてシスターを申し訳なさそうに見た。

ランプの薄明かりの中でシスターの表情はわからなかったが、静かに何か諭すような面持ちで歩き出した。

その後をヨシローもついて

「姉さん」

「口の中も切ったことでしょう。喋らなくても大丈夫。傷を診ますから」


修道院は診療所もあり、シスターは戸棚から傷薬をいくつか取り出してテーブルに並べた。

「あなたは抵抗しないから、格好の的になるのです」

傷口にしみるのをこらえシスターの言葉に耳を傾けた。

「やり返すとは言いませんが、守るための強さは必要です」

ヨシローは俯いた。

「あなたはできるはずです。優しいのだから」

続けてシスターは優しい眼差しで

「これは酷い。今回はかなりやられましたね」

至るところが青く腫れ痛々しい。腕の火傷も手当てをしてもらった。

シスターは何か考え事をするように俯くと

「明日も大事をとって休みなさい。あなたは身体を労わることも大切なことだと知る必要があります」


確かにこれだけ身体中に痛みが走り、動かすのもやっとなくらいならお言葉に甘えていいかもしれない。

「頑張って治すよ」

「言葉がうらはらに出てますよ」

呆れた顔でシスターがヨシローを嗜める。

「背中も診ますから、むこうを向いて」


「これからすることは、他言は無用です」


「我、ヘイレンの名において」

「清き流れ 癒しの雫よ

聖母たる万物のその息吹よ 願わくば 我が前に傷つきこの者を その大いなる慈愛にて救いたまえ」


診療所に光が溢れた。ほんの僅か。

「え?」

振り向こうとするもシスターに静止され

「傷口に障ります」

今、診療所にはランプの仄かな明かりだけが揺らめいている。そして静寂に包まれてしばらくした。


「いたいの いたいの とんでゆけ」


背中をトンと軽く叩いて

「わたしのおまじないはご利益ありますから」

ヨシローは振り返り今日、初めてシスターの顔を見たかのように、シスターの優しい表情を目にした。

「他言は無用ですよ」

何事もなかったかのように静かな夜に戻っていく。


翌朝、身体中の痛みも火傷の痛みも残っていた。が、予想してたほど動かないわけではなかった。

いつもなら、子供達が飛びかかってくるのにそっとしてくれているのは修道女達の配慮なんだろう。


一応、朝の支度をしているシスターや他の人たちにも挨拶だけはしておこうと思い、顔を出しに行った。

「ヨシロー。あんた大丈夫なのかい」

「今日は休むんでしょ。あっちいってな」

まくしたてるようにヨシローは追い払われた。


「ヨチロー」

子供達が遠くから控えめに呼ぶ。そして控えめに手を振って仕事に戻っていった。


ああ、本当にすることがない。なにもしないのがやるべきことなんて。いや、ケガを治すのがやるべきことなのに、思考が上手く納得いかないと不安定な気持ちにさせてくる。


部屋に戻って寝るか。薬草くらいなら採りに行っても怒られないだろう。いや、採取は休むに反するから採取場所を新たにおさえて手ぶらで一日やり過ごすのがベストではないだろうか。釣竿くらい持って歩くか。

いや、出掛けた時点で休養とは程遠いのではないか。

寝るか。


ヨシローは歩きながらぶつぶつ独り言を言いながら修道院の外に出た。昨日歩くだけでも必死の思いだったのに。

(シスターのアレはなんだったのだろう)


それにしても、おまじないの言葉は子供騙しだ。

「すごいご利益だ」


いつもの森に入って行く。この道は時々獣道に出くわすが魔獣の類いではない、今までに魔獣に遭遇したことはないので比較的安全性は高い場所である。

今日はやけに木々の掠れる音や土や落ち葉を踏み締める感触を実感する。日々の仕事の時と今日ではこんなに感覚が違うのか。もうすぐしたら川のせせらぎも聞こえてくるだろう。


やばい。集中したら小鳥のさえずりすら聞き分けてしまいそうだ。ヨシローは心臓の高鳴りを抑えることができずにいた。


「そのまま感覚を研ぎ澄まして。芽吹きます」



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