ヨシロー 3
翌朝、いつも通りの仕事を終えると
「姉さん?」
「ここにはいないよ」
「スレナが来てるみたいだからね。聖堂覗いてみな」
年配の修道女二人が忙しい中、チラッとヨシローを見て簡潔に返事した。
ヨシローは二人の修道女に頭を下げて聖堂に向かった。正直、今聖堂に行きたくない。スレナがいるからだ。昨夜の魔獣討伐の件で村は朝から賑やかだ。
朝イチ魔獣の遺体を運び込むため解体道具を大八車に積んで大勢の大人が出て行ったのだ。
仕方がない。観に行くと言ったのだ。行かなければならない。後で行かなかった。と言ったら懺悔室に呼ばれてしまう。シスターはそういう人なのだ。
聖堂の前でためらいながら、ゆっくりとまず頭ひとつ覗かせて
「姉さん。取込み中?酒場に顔出して解体作業も見て回ってきます。」
シスターが事前に昼からヨシローに時間を作ってくれていた。すぐ戻る予定でいたのに、しっかり手回ししてくれたおかげで午後休をいただいた。
解体作業が覚えれるなら、収入源が増え修道院に渡す給金も増える。これはありがたいことだ。と思い直し今に至る。
「ヨシロー。久しぶりだな。」
スレナは手招きし立ち上がった。シスターもこちらへ来るよう促した。
スレナはこの村の冒険者だ。
普段は鉄のチェストプレートにロングソードを携え戦士らしい風貌だが、目の前にいるのは村人と形容しかできない見た目だ。
「まだ時間がかかるか…」
スレナは困った顔をしつつも口角を上げヨシローが近くに来るのを待った。
ヨシローは、それが言わずとも察することができたので前に歩み出た。
「ヨシロー。昨日の魔獣討伐はスレナのお手柄なのですよ」
シスターが会話の糸口を作ってくれた。
「かなりの大物みたいですね。村中が騒がしい」
「村の防衛ラインの外側にいたからね。まだ未開拓地域だとあんなのがウロウロしていて…」
「魔獣も食べ物に困ると人里に降りてきて様子を伺うのかしら」
スレナはシスターに言葉を遮られてもご明察とばかりに笑った。
スレナは仕事の後は必ずといっていいほど、この修道院に来る。討伐依頼の無事の報告をしに来てるとのことだ。そこそこの実力者なので、遠征に行くことも、編隊を組んで合同討伐に行くこともある。
酒場に寄ってみた。盛り上がっていた。喧騒に混じらず聞き耳を立て
「あんなでっかいヤツは久方ぶりに見たな」
「かなりの損傷だな。皮はダメだが素材としてはまあまあの収穫だろう」
ヤジに紛れてお酒がすすむすすむ。職人や野次馬達が好き放題に意見を主張する。
「シケたツラのヤツがいるなァ」
聞き覚えのある声がしたが聞こえないフリを決めこんだ。ヨシローの肩をガシッと掴む男が
「シケたツラはお前だよ」
と現実に引き戻すかのように絡んできた。
「リオットに挨拶しろよ」
肩を掴んだまま男がリオットの前にヨシローを突き出した。
「底辺が。まずは私に挨拶だろ」
ヨシローはゆっくりと視線を上げ、目の前に立つ見た目小柄な女の子だが生意気そうに見下す目つきの悪い女。リオットを視界に捉えた。
肩を鷲掴みした男はリオットの隣りに陣取り反対側にもいかにもモブ的な男とニヤニヤとヨシローに睨みをきかせて立っていた。
男二人の間でリオットは脚を組みエールを飲み
「ここは酒場のクセにエールはイマイチなんだよ」
残りのエールをヨシローめがけて勢いよくかけた。
「美味くなるやり方ってのがある。外に出ろ」
拒む権利も反抗する意思も取り上げられるかのように男二人に肩を組まれ酒場の外に連れ出された。
「スレナさんの凱旋祝いにシケたヤツが混じってんじゃねえよ」
酒場の裏に連れ込まれボコボコにされた。
リオットは独り言をぶつぶつ言いながら何かに集中していた。その間は殴る蹴るが雨のように降り注ぎ、無抵抗のまま何度も空を仰いだり地面に顔を着けたり好き放題にやられていた。
(えっと、酒場になめしの職人がいたら声をかけて仕事を教えてもらって…)
それが、今このザマだ。リオットの存在を軽視していた。前にもあった。これで絡まれたのは何度目だ。
ヨシローは手に職をつける機会を失ったことを後悔していた。現状の仕打ちが惨劇になっているにもかかわらず。
「よし、いいぞお前ら」
独り言が終わったリオットが男二人をヨシローから遠ざけた。
リオットの左手が赤く光った。瞬間に光は火に変わり
ヨシローに向かって放たれた。
「ファイアボール」
ヨシローは着弾した火の玉を振り払うように地面を転げ回って鎮火に努めた。危機にさらされたヨシローを本能が悲鳴をあげる。着弾したのは左腕。
熱いし身体中が痛い。火傷した腕を庇いつつ地面に倒れたまま一生懸命呼吸した。生命の危機から脱却するための呼吸だ。
「これでエールが美味くなる」
満足気にリオットたちは酒場に戻った。
酒場に戻るついでに男二人に蹴られた。
ヨシローはしばらく動けずうずくまった。できるなら身を潜むてやり過ごしたいと思った。
こんなところを誰にも見られたくないと心から思っていた。




