南への旅
「ありがとうねぇ」
道に散らばっていた荷物を拾って渡すと、おばあさんは優しい笑みを浮かべてお礼を伝えてきた。
「気をつけてね」
ここは海岸線を南下した先にある小さな漁港。
海岸線は相変わらずの断崖絶壁だけど、ここだけ小さな入江になっていて海まで降りることが出来る。
そんな小さな港町で道を塞ぐ勢いで荷車から荷物をぶち撒けたものだから、拾うのを手伝っていたんだ。
荷車は牛が引いていて、おばあさんは荷車の上から手を振っている。
僕はそれに手を振りかえしながら荷車を見送った。
「にいちゃん、金にもならないのになんで手伝ったんだ?」
そんな僕へ話しかけるのは、道端で遊んでいる子供達の内の一人。
恐らく10歳よりは小さい。
「なんでだろうね?」
子供に返したのは疑問。
「何でわかんねーんだよ。にいちゃん冒険者なんだろ?魔獣でも狩った方が金になるし喜ばれるぜ?」
「そうだね。でも、僕はきっとまた同じことをするよ。その小さな親切に何の意味もなかったとしても、何度でもね」
この子にはまだわからないだろうね。
人が人を助けることの意味。
意味なんてないのだから分かりようがないよね。
答えのないそれを考えることに意味がある。
そしてそれに気付いた時、この子の人生が豊かなものになるのかそうじゃないのかが決まる、と思う。
前世の僕がそうだったからね。
「君も色々とやってみるといい。やらずに否定することは簡単だけど、君の人生にとってそれは無意味だ。
じゃあね」
子供へ別れを告げて、目的でもある海の幸を目指した。
「ない…のか?」
漁港にあった唯一の食堂へ入ると、店主から海鮮はないと教えられた。
あまりのショックに僕が項垂れていると、哀れに思ったのか理由を説明してくれた。
「ああ。それがな、魔獣が出ちまってよ。漁どころじゃないんだわ」
「魔獣…?」
折角の海だから海の幸は是非食べたいのだけれど……
「ああ。何年かに一度、この入江に海の魔獣が入ってきちまうんだ。
それがなきゃここももう少し活気が出るんだがな」
「なるほど…その魔獣被害があるから、少なくない若者がこの町を将来出て行ってしまうのか」
前世日本の過疎地域みたいだね。
あっちはそもそもの働き口がなくて悪循環に陥っているから、僕にはどうしようも出来ないけど。
でも、魔獣なら。
「ありがとう。漁が再開したらまた来るよ」
「またって…兄ちゃん旅人だろう?魔獣は冬が終わるまでは居座るぜ?」
魔獣といえど生き物。
季節は冬へ向かい海水の温度が下がっていくから、比較的温かいこの入江へ逃げ込んできたのかもね。
呼び止める店主に手を挙げて応え、食堂を後にした。
「おーい。そこはあぶねーぞー」
波打ち際を歩いている僕を呼び止める声に振り返る。
海から10m程離れた場所には底に穴が空いている船が打ち上げられており、それを囲んで何やら作業をしている人達の内、誰かが僕に注意を促したようだ。
「もしかして、魔獣かな?」
「なんでぇい、知ってたのか。今回の魔獣は浅瀬にも来るからよ。気をつけねーと海に引き摺り込まれちまうぞ」
注意というよりも、心配の方かな?
僕の背は高いけど、確かに弱そうな見た目をしてるもんね。
海の男であろう彼らの方が体格がガッチリしていて強そうに見える。
「魔獣は一体だけなのかな?」
彼らに近寄り、今度はこちらから声をかけた。
穴の空いた船はどうやら修理の為にここまで引き上げられているようだ。
彼らはあーでもないこーでもないと木切れと睨めっこしている。
「そうだ。何年に一度か、冬を越す為に魔獣が紛れ込んで来るんだよ。
奴らには縄張り意識があってな、偶々他の魔獣が入ってこようものなら、忽ち争いやがる。
で、生き残った方がこの入江にまた住み着くってわけだ」
「なるほど。陸とは違うようだね」
陸の魔獣は種族が違っていても共存していることもあるくらいなんだけど、海では同族ですら争うと。
「因みに、どんな魔獣か聞いても?」
「ったく……烏賊だよ。化け物みてーにデカい烏賊の魔獣だ」
僕の質問で作業の手を止められ舌打ちされるも、結局は詳しく教えてくれるところを見ると、この人達って親切だよね。
「烏賊かぁ。刺身…は寄生虫が怖いから、浜焼きかな?」
「あん?何言ってんだ、アンタ」
確か荷物の中に僕が自作したソースがあったはず。
うん。浜焼きにしよう。
昼食のメニューが決まったところで、僕は海へ向けて真っ直ぐ歩いていく。
「おい…あぶねーぞ?」
「ほっとけ。注意したんだ。それ以上は無駄だ」
「死なれても嫌だろ?」
ガサツに見えて親切な彼らが僕を心配してくれる。
やはり、世の中捨てたものじゃないね。
例え旅の中でくだらない世の中を見てしまっても僕の行動は変わらないけど、それでもどうせ役に立てるなら彼らのような善人の役に立ちたい。
「平等…は、僕にはまだまだ早そうだね」
平等の精神。
それは例え犯罪者であっても一般的な権利を主張でき、そしてそれは守られる。
前世ではその精神が尊ばれていたけど、僕のように精神が子供な人達も多かったから浸透はしていなかった。
『罪を憎んで人を憎まず』
お釈迦様レベルにならないと、罪だけを憎む世の中にはならない。
やり返す以上、争いはなくならない。
それもまた人間という生き物なのだと、前世の僕は考えていた。
今世はもう少し野蛮。
何せ、命が軽くて、身分が重いのだから。
郷に入っては郷に従う。
それは日本人の美しさでもあり、僕の弱さでもある。
この世界基準の罰は与えるけど、与えたいのは罰ではなく赦し。
犯罪者を罰したいのではなく、困っている人を助けることに重きを置いて、僕はこの世界で生きていく。
「結局、僕は僕の物差しで選んじゃうんだよね」
彼らの身分は低く、僕はこの町の為政者でも支配者でもない。
それでも何かしら理由を付けて助けるのは、僕の匙加減でしかない。
それは誰に褒められたいわけでもない。
それは彼らの上に立ちたいわけでもない。
それは全部、前世で決めたこと。
僕はそれに則り、海へ向けて両手を翳した。
「ありえねぇ…」
彼らはやはりこの港町の漁師だった。
その漁師の一人が、僕のしたことに対して感想を漏らしている。
「お。焼けたぞ。食え食え」
「美味しそうだね。いただきます」
「変わった挨拶だな?アンタ、もしかしてお貴族様だったりしないよな?」
手を合わせて行うこれは、今世では見かけたことすらない。
「違うよ。さっき言ったよね?僕は旅人のジンだって」
「…そうだな。ジンがそう言ってんだ。そうだよな」
そう言って、にこやかに笑った。
「美味しい!大きいから淡白かと思えば、甘みもあるし旨味も!何してるの?みんなも食べなよ?ほら、君たちもおいで」
「お、おう!よっしゃ!食うぞー」
烏賊の魔獣をテリトリーで捕捉して、その位置へオーラショットを叩き込んだ。
戦闘とは呆気ないもの。
実力差があればあるほどそうなり、逆にかなり近くても往々にして呆気ない決着になることも増える。
その烏賊は現在網の上で焼かれている。
その量は凄まじく、どんなに頑張っても僕一人で平らげることは現実的じゃない。
だから、焼いてくれた漁師へも振る舞い、遠くからこっちを窺っている子供達も呼んだのさ。
「この烏賊もありがてーが、なによりもまた漁を始められることに感謝するぜ。ありがとな、ジン」
「おうよ!春までは慣れない畑仕事かと思ったけど、助かったぜ!」
「ジン!酒は飲めるか?飲めるよな?俺、とっておきのがあるからよ。家までひとっ走り取ってくるぜ」
烏賊を食べたことにより実感が湧いたのか、一人の漁師が感謝を伝えてきたところ、全員から感謝を貰い、少しだけ恥ずかしくなる。
こんなことが出来たのは、僕が偶々転生者だったから。
僕が偶々指導者に恵まれたから。
ここへ来たのは、僕が偶々国を追われたから。
ここへ来たのは、僕に偶々余裕があったから。
その偶々に、僕は感謝する。
彼らもきっと同じだろう。
運命かどうかは知らない。
だけど、一つ一つの出会いに感謝して、そしてやれることをすれば結果はついてくる。
その結果が望むものなのかはわからないけど、それが世の中の僕に対する評価。
「にいちゃん。今度はとーちゃん達まで助けたんだ」
「結果、そうなっただけだよ。それにこうして焼いてくれたのは君のお父さん達だ。
助け合いだよ」
「よくわかんない」
この町に着いて、早々に話しかけてきた子供と再会した。
彼には全ての体験がまだ新鮮で、楽しかったり、怖かったり、嫌だったり、嬉しかったりするのだろう。
その自分が受ける感受性と助け合いは別物。
理解できるのはもう少し先かな?
「でも、次に困ってる人がいたら、助けてみる」
少年は大人になろうとしている。
それは僕の予想よりも早く。
「うん。助けられて嫌な人はいない。もし嫌がられたら、それは助けじゃなくてただ君がその人が困っていると勘違いしているだけ。
決して、見返りは求めちゃダメだよ?」
「わかってるよ。小遣い貰ったら、それはただの仕事だろう?」
うん。世の中をしっかり理解している。
僕よりも遥かに大人だね……
そんな彼らと食事を共にし、その日は漁師の家に泊まることになった。
潮風がとても心地いい。
その潮風が運んできてくれた出逢いに感謝して、僕はお腹いっぱい海の恵みを平らげるのであった。




