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帝国の姫君

 






 いつもの寝室。そこで机に向かい、日記を開く。

 今日は()()も休みだから、ゆっくりとこれまでのことを振り返ることに決めた。


「ジークリンド・アイル・オーティア。アルバート王国オーティア男爵家の嫡男。

 幼少期に冒険者へ師事し剣を習い始め、次にオーラの道へ進む。そして、アルバート王国に居を構える剣聖の一人から更なる修行がつけられた。

 そんなジークリンドが作ったのが紅茶。

 そして若干八歳にして王国中に広く流行を齎す。

 十歳になった時王都の学園へと入学し、十五歳の時主席での卒業を果たす。

 その間に将棋を王家主導で世に広め、十四歳の時には王国を巻き込んだ大会を開くまでに広めた。

 そして、去年の春に学院へ入学…と」


 ガーベラから得た情報。

 それは明らかに異質なものだった。

 剣聖に師事出来たのは親戚だったので理解は出来る。

 でも、たった数年で…十歳までに、それを終わらせた…?

 一体どんなペースで修行したのかしら?


「向こうの情報を得るには最短でも一年の月日が必要になる。つまり、最新の情報が学院への進学だから、今は私と同じ二年生ね」


 王国の学院は貴族と少数の優秀な国民の為にあるけど、帝国の学院は少し違うわ。

 私の通う学院は完全なる実力主義。

 婚期の訪れが早い貴族子女たちは殆どが進学せずに花嫁修行なるものをしていると聞いているわ。


 そんな学院へ私が進学した理由は二つ。

 ジンを見つける為と見つけた後の生活の為に学びを広げるため。


 もう一つは、婚約の話を先延ばしにする為。


 仮初の夫婦生活はここよりも抜け出しやすくなるからそこは望むところだけど、得るものが少なく失うものが多いからダメ。


 別にジンと結婚したいだとかは思わない。

 誰かに取られるくらいならするけど……


 私達の関係にはそんな契約なんて必要ないもの。


 そして、来年シュナウザーが成人を迎える。

 そうなればお父様が皇太子を指名する。


 恐らく……私を。


「それはあの子も望むところ。シュナウザーも指名されれば断ることはないでしょうけど、それよりも皇太子となった私を支える方を望んでいるわ」


 あの子は何処までも私に似ている。

 それも前世の。

 生まれた種族を間違えたんじゃないかしらと疑うほどに。


 コンコンッ


「シュナウザー様がお見えです」

「入りなさい」


 ノックの後、侍女が来訪者を告げた。


 ガチャ


「姉上。本日はお休みと聞き、お茶を用意しました」

「貴女達は下がりなさい」

「はい。アメリア様」


 侍女達を退室させ、二人きりとなる。


「シュナウザー。大きくなりましたね」


 カチャカチャと小さな音は立てるものの、その所作は洗練されておりあっという間にお茶会(ティータイム)の用意を済ませてくれた。


 その背は既に私を抜かしており、十四歳にして170cmを超えている。

 腕も太く、かといってゴツイ程でもない。

 そこには絵本から飛び出してきた貴公子がいた。


「姉上…二つしか違いません。その様に子供扱いばかりされると、また城のものに変な噂を流されてしまいます」

「いいじゃない。言いたければ言わせておけば」

「はあ…温かい内にどうぞ」


 そう言われては飲まないわけにもいかないわね。

 私は日記を閉じて机にしまいテーブルへと向かう。


「ありがとう」

「いえ。これも姉上の教育の賜物ですから」


 椅子を引きエスコートされる。

 私の教育というよりも、こうした方がいい程度の助言しかしていないわ。


「美味しいわ」

「良かったです。姉上の好きなアルバート産の紅茶になります」


 やっぱり!

 ジンの香りがしたもの!


「此方はそのアルバートにある果物を使ったパイになります。確か…レモンパイとか」

「ええ、こちらも美味しいわ」


 パイにもジークリンドが関わっているとかなんとか。

 こちらは噂程度で確信は持てないけれど。

 でも、紅茶に合って美味しいのは確かよ。


「シュナウザー。いい機会だから貴方にも伝えておこうと思うの」

「改まって…何でしょうか?」


 シュナウザーは私の気配が変わったことを敏感に察知する。

 本当に成長したわね。


「私の忠臣は知っているわね?」

「ええ。商家出身のガーベラ嬢と豪農の跡取りであるヴィクター殿、それから東の港町出身でその漁港を取りまとめている名家の嫡男シューター殿ですね?」

「そうよ。彼等には既に伝えてある極秘事項。貴方に聞く勇気はあるかしら?」


 プラススザクね。


 彼等三人は皆同じような茶色の髪をしているから、ブラウンガーディアンなんて大層な呼び方を学院ではされている。


「勿論にございます。そのお話とはもしや、父上を説得の上、学院に在籍しつつ立太子されるのですか?」

「違うわ。逆よ」

「…逆?はて…」


 皇族に生まれ落ちたからには皇太子を目指すことが当たり前であり絶対でもある。

 その為に幼少期からの英才教育並びに帝王学を叩き込まれる。


 これは宿命でもあるわね。


「恐らく近い将来、出奔することになるわ」

「………」


 流石シュナウザー。驚いてはいるけど、声を出さなかっただけ褒めてあげるわ。


「私にはある目的があるの。その為には大陸を渡り歩かなければならない可能性があるの。」

「…目的とは?」

「とある人を探しているのよ」


 人探し。それだけなら人を使えば良い。

 それが普通の発想。


「姉上自ら探さなくてはならない理由と、もしや姉上しか見つけられない可能性が?」

「正解よ。このままいけば、恐らく出奔しなくとも見つけられるはずなの。

 というか、当たりはついているわ」

「流石姉上。恐らく父上ですら姉上が人探しをしていることには気付いていないでしょう」


 当たりはつけているけど、探し出せたところでジンが来るのを待つなんて、ジンから命令でもされない限り無理な話。

 何処の世界に、主人に迎えに来てもらう者がいるというのよ。


「お父様は人材を探していると思っているわ。それにそこはどうでもいいの」

「と、言いますと?」


 ここまで来れば私が人を探していることくらい気付かれても構わない。


「見つけたところで、迎えに行くことは決まっているもの。それが許されると思う?」

「姉上が…自ら?」


 出奔すると伝えた時以上に驚いているわね。


「そう。私の探し人とは、それ程の相手。

 その時には、帝国を貴方に委ねるわ。といっても、そんなことを言う資格は私にはないけどね」

「そんなっ!姉上は我が国の光です!それはいついかなる時も変わりません」


 嬉しいことを言ってくれるわね。

 誰に言われるより、貴方にそう言われたことを誇りに思うわ。


「ありがとう。でも、全ては暫定の話よ?あくまでも皇太子を目指す姿勢は崩さないわ。

 貴方が私を脅かしてくれることを期待しているけれど」

「私も研鑽を怠るつもりはありません。ですが、やはり帝国は…そこに住む全ての者が姉上の戴冠を望んでいます。

 その中でも私が一番に望んでいるのです」


 シュナウザーはとても優秀な子。

 剣の才能は開花し、立ち居振る舞いは御伽話の王子様の如く。

 成人を前にして貴族子女の間で話題に上がらない日がないとも聞いたわ。


 でも、残念ながら皇帝の器ではない。


 器ではないけど、立場が人を作る。

 お父様が良い例ね。

 優しすぎるお父様だけど、皇帝という立場がお父様に苛烈さを与えている。


「貴方に求められて嬉しいけど、それでも私は私の使命を果たすわ。

 理解出来なくても、協力してくれないかしら?」

「姉上が望むのであればそこが死地であっても、私は笑って向かえます。

 何をすれば?」

「その時が来たらお願いするわ。今は牙を磨きなさい」


 想定内の返事を聞き、私はシュナウザーと握手を交わす。

 そこに想定外の情報が齎される。


 コンコンッ


「…何かしら?邪魔をするなと伝えたはずだけど」

「急用でしょうか?」


 今日はこの話をする為に人払いをしている。

 そんな時に一体なにが?


『アメリア様。ガーベラ様がお越しです』

「…良いわ。通しなさい」


 ガチャ


 現れたのは予定にない来訪者。

 来訪者がガーベラであっても、人払いをしたのだから侍女達が通すとは思わなかった。


「アメリア様…」


 その顔には焦りが浮かんでいた。

 シュナウザーがいる為何も言わないところを見るに、冷静さは失っていないのでしょう。


「他は外しなさい。お茶も結構」

「はい。アメリア様」


 急な来客ということで侍女達が動き始めようとしたところ、私が何もしなくていいとまたも人払いを命じた。


「シュナウザーには凡そ伝えてあるわ。話しなさい」

「は、はい…」


 この言い淀みはどっちかしら?

 ガーベラ自身に窮地が?

 それとも私に?

 はたまた情報収集?


「アルバート…アルバート王国が、バベル王国の手に落ちました…」

「なんですって!?」


 その急報は、予期せぬものだった。

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