知らぬが仏
気付いたら城のベッドで横になっていた。
そして枕元にはガーベラからの手紙と将棋盤が。
「ガーベラ様をお呼びして」
「はい。今、使いの者を」
部屋にいる侍女を追い出すと将棋盤を触る。
「ジン…どうして、名前を隠したの?」
私達が再び出逢う為には、目立つことも重要になる。目的地は派手であればある程辿り着きやすいから。
ジンには何か理由があって、目立つことを嫌った?
それとも、手柄を横取りされた?
まさか…搾取されている?
「アルバート…万が一にも、そんなことをしているのなら……殺してくれと、王侯貴族…いえ、全国民にさえ必ず言わせるわ」
怒りで心が震える。
広がるテリトリーが部屋を滅茶苦茶にしていくけど、何も気にならない。頭に入らない。
「姫様っ!?…これは」
花瓶やグラスが割れる音を聞きつけ、女性近衛騎士が部屋へと雪崩れ込んできた。
「何でもないわ」
私は誰に視線を向けるでもなく、起き上がったまま遠くを見つめている。
そこにあるのは壁。
「しかし…」
「殺されたいの?出ていけと命令したのよ」
私は再びテリトリーを広げ、騎士達を包み込んだ。
「うっ…し、失礼を」
騎士達は敬礼して部屋を後にした。
体裁を取り繕えない。…いえ、最早取り繕う気がなかった。
そんな余力は今の私にはない。
ジンが苦しんでいるかもしれないのに、私は守られている。
温かい食事に暖かいベッドと部屋。
呼べばすぐに誰かが駆けつけ、要求すればその殆どが叶う環境。
唯一の願いは誰も叶えてくれないけれど……
それが許せない。
私ではなく、ジンこそがそうあるべき。
誰もがジンの言葉を信じそれに従う。
そうなれば世界は平和で豊かになる。
「違うわ…私はただ…逢いたいの……死後に待つより、生きて待つことの方がこんなに辛いだなんて……」
犬だった時は、ただ信じれば良かった。
それだけで救われ、それだけでいくらでも待てた。
でも今は…余計な思考ばかりしてしまう。
信じる気持ちは同じでも、主人であるジンを心配してしまう。
コンコンッ
『ガーベラ様をお連れしました』
「入りなさい」
ノックの後、侍女から待ち人が到着したことを報される。
ガチャ
「アメリアさ……な、何が…」
「座りなさい。といっても、家具もなくなったわね。ガーベラの椅子を用意しなさい」
「はい、直ちに」
座れと命じたけど、その椅子は私が粉々に砕いてしまっていた。
それが少しおかしく思え、更にガーベラの驚いている顔も同じく面白くて、つい笑みが溢れた。
「ガーベラ。来なさい」
「はい。アメリア様」
ガーベラがベッドの側に立った時、疲れから私はベッドへ倒れ込んだ。
「アメリア様っ!?」
「大丈夫。少し疲れただけよ」
肉体的にも、精神的にも。
「立ち話で悪いけど、話してくれるかしら?」
「勿論です」
私、まだガーベラの手紙すら読んでいなかったわね。
その手紙も何処へいったのかわからない始末。
「お手紙にも認めたのですが、噂程度の情報になります。その辺りご理解下さいませ」
「いいわ。話半分ということね」
といっても、ガーベラのオーラも表情もこれっぽっちも揺らいでいないわ。
自信があるのでしょう。
「私の家人がアルバートへ商売の為に赴いた際、件の将棋盤を見つけました。
その方も商人ですから常日頃から最大限の利益を求めます。
販売元、製作元を調べ、安価で手に入れたいと考えるのは商人の癖です。
それにより、販売元は王家並びに御用商人であることが分かったのです。
販売元といえど王家は権利を持っているだけで、商売はその御用商人へ一任されています。
流石に他国の王家が関与していては、と」
他国の商人に入る隙間はない。
仕方ないわね。
「これはお伝えするか迷っているのですが…」
「何かしら?言いなさい」
ガーベラが言い淀む。
それは不必要な期待を私に持たせない為でしょう。
「はい。これからお伝えするお話は、アメリア様の期待に添える可能性が低いと判断したものです」
「でしょうね。でも、一応聞いておくわ」
期待はさせられない。
でも、私をこのままにも出来ない。
そんな匂いがガーベラから漂ってくる。
「紅茶…です」
「紅茶?」
「はい。その紅茶のお話になります」
紅茶…と言えば、あの紅茶よね?
何処にでもある。
「アルバート王国王侯貴族には茶を嗜む文化があります。ですが、それは紅茶ではなく緑茶などになります。アルバート王国には紅茶がなかったのです」
「そうなのね。初耳だったわ」
確かに帝国生まれの私には想像出来なかった。
日常会話であれば多少の興味を引かれただろうけど、今の私には何も響かないわ。
ごめんなさい、ガーベラ。
「ですが近年になり、紅茶が流行しています」
「輸入先が見つかったのかしら?」
無いものは仕入れればいい。
それが他国のものであれ、ガーベラのお家がしているように多少は自国に流通させられるのだから。
「いえ。作ったようです」
「そう」
紅茶と緑茶は同じ茶葉から作ることができる。
ただ一手間加え……
あれ……?確か…ジンも自分で……
「製作者はオーティア男爵家という片田舎にある貴族家らしいです」
「………」
「アメリア様?まだお加減が優れませんか?」
横になっている私の顔を心配そうに覗き込むガーベラ。
その茶髪を私は力強く撫でた。
「よく…よくやったわ」
「えっ…」
ガーベラは私の行動に驚き、状況を掴めないでいた。
ガバッ
「アメリア様!?大丈夫なのですか!?」
「貴女の話を聞いたら、活力が漲ってきたの」
ベッドから飛び起きると、またもガーベラは驚く。
端ないなんて思わないでね?
だって。やっと…やっと希望が見えたのですもの。
「その男爵家の家族構成は?」
「は、はい!当主にカーバイン・アイル・オーティア男爵、第一夫人に・・・」
家族は五人。家人を含めても七人。
この中にジンがいるのか、はたまた男爵領に住んでいるのか。
「年齢は?あと、王家との関わりも」
「も、申し訳ございません。重要なことと気付かず、現時点でわかっているのはその名前だけです」
ふう……
安心しなさい。そんなことで貴女を責めたりはしないわ。
「此度はよくやってくれました。褒美を出します。何が入り用かしら?」
「あ…り難きお言葉に、ございます…」
ガーベラは私に心酔している。
欲しいものにも心当たりがあるわ。
「そのお言葉が最上の報酬と…」
「いいわ。経費が必要よね?」
「アメリア様は…全てお見通しなのですね」
彼女が動かしているのは父親の部下達。
つまり、父親に成果を見せる番という話。
「全てを見通せないから、貴女が必要なのよ。これからもね」
「ありがとうございます」
「でも、商人が喜ぶもの…お金じゃ面白くないわよね?」
大店の商人。
それが望むものは……
「お金も喜ぶとは思いますが、それは皇女殿下である意味は少なく……」
「そうよね。…そうだわ。こんなのはどうかしら?」
一つ、私の売れる物を提案してみる。
「私がデザインしたお洋服。その販売権利を一任する」
「え。宜しいのですか?権利を手放せば戻すことは難しいですが…」
「いいわ。どうでも。それよりも、詳細な情報を」
私は城から出ることが出来ない。
その間にも出来ることを可能な限りする。
先ずは情報集め。
予想通りであれば、オーティア男爵家及びその領地にジンはいる。
それも確実ではないけど、初めてそれらしい情報だから細かく調べないなんてことは出来ない。
未だ希望が見えただけ。
それなのに、こんなにも嬉しいだなんて。
珍しく雑談に興じる私を見て、ガーベラは楽しそうにしていた。
それは前世の私を見ているかのようだったわ。




