失われていたモノ
「明日の朝には目覚めるはずだから、ゆっくり寝かせてあげてね」
翌朝、村長宅の扉が開いた。
そこから現れたのはセフィリアを抱き抱えるディケラ。
そしてそれを近づいてきた別のエルフへと託すと、先程の言葉をレイチェルへと伝えた。
「じゃあ…僕は眠いからねるねぇ……ふぁ…」
「感謝する」
それだけ伝えると、セフィリアを抱えるエルフと共に宛てがわれている家へと向かう。
「…変化はなさそう。でも、きっと戻ってる」
「村長は出来ないことを約束しない。だから、問題はないだろう」
レイチェルから見た今のセフィリアは、昨日と変わっていないように映る。
しかしコレを行ったのはレイチェルから見ても化け物のハイエルフなのだ。
それを加味した答えが『きっと、大丈夫』であることに何の疑いも持たなかった。
「人種が違えど仲間なのだろう?それはお前達が私達に教えてくれたことだ。そんなに寂しそうな顔をしてやるな」
レイチェルがセフィリアを見つめる視線。
そこには一抹の寂しさが宿る。
それに気付いたセフィリアを抱えるエルフは、優しさの籠った眼差しでレイチェルを励ます。
「そう、でも…」
それは吸血種という共通点があったから。
私達は短命種と長命種だからと、レイチェルは不安を払拭できないでいる。
「仲間だったのは変わらない。レイチェル殿はそうだろう?であれば、セフィー殿もきっと同じだ」
その言葉に、レイチェルは小さく頷くだけだった。
「…ここは」
目が覚めたセフィリアは少し混乱している様子。
慌てていることはないが、その視線はウロウロとしていた。
「ここは精霊の里。覚えてない?」
「…レイチェル……よね?」
今度はレイチェルが混乱する。
「そ、そう。私はレイチェルで、貴女の仲間……だと思ぅ……」
自信がない。
色々と後ろめたさがあり、セフィリアが今も仲間だと思ってくれているのか、確信を持てないでいるのだ。
「何で疑問形なのよ…」
「でもっ……だって…」
今のレイチェルは二百年以上生きてきた強者にはとてもではないが見えない。
見た目相応の少女そのものだった。
「覚えているわ。ただ、思い出したから混乱しているのよ」
「思い出した?」
「ええ。失われていた二年の記憶を」
セフィリアは人族に戻ったことで、以前の記憶を全て取り戻したと伝える。
そして……
「ごめんなさいっ!」
「…何を謝っている?」
セフィリアは急に起き上がり、ベッドの上で土下座のような姿勢を取った。
その謝罪に対して、レイチェルには心当たりがなかった。
ないが、『やっぱり吸血種とは一緒にいられない』というものならば、なくはない。
レイチェルから見たセフィリアは少し乱暴者だけど、心根は良い子。
謝る必要がなくても謝るのだ。
「一緒にいられないということなら謝る必要はない。人族は私を嫌って当然だから」
わかっている風を装うも、その肩は震えており、今にも泣き出してしまいそうだ。
「そっちこそ、何言ってんのよ?何で私がレイチェルを嫌わないといけないのよ!私達仲間よ!?ふざけないで!」
「ふ、ふざけて…ない…」
今度は違う意味で泣きそうになる。
この200年で諦めていたものが、諦めなくて良いものへと変わったのだから。
「はあ…私が謝ったのは、貴女が私の為にこれまでしてくれていたことに今まで気付けなかったことと、今回のことを一人で決めたこと。それと、今まで世話になった分に対してよ。
でも、言葉が違ったわね。
レイチェル。ありがとう。これからもよろしくね」
「え…うん」
確かに嬉しいが、それよりも戸惑いが先に立つ。
全てを打ち明けた仲間は実に二百年以上ぶりなのだから。
「何よ…私が生まれてから感謝を伝えたのは、ジーク以外には貴女だけなんだからね。もう少し反応してくれてもいいじゃない…」
こちらはこちらでいじけていた。
「う、嬉しい。うん。そう、私は嬉しい」
「…ごめん。私が間違っていたわ…」
お互いが別の方向に不器用を発揮している。
そして、二人とも俯いてしまった。
「と、とりあえず。さっきの話は一旦忘れましょう。大事なのは私が人族に戻ったことと、記憶も戻ったこと。
それと、変わらず二人であの人を探すということ。
いいわね?」
気不味い空気を切り裂くため、口を開いたのはセフィリア。
「問題ない。身体は?」
「大丈夫。ジークに生きてるって伝えるまでは死ねないわ!」
伝えたら死んでもいいと聞こえるが、記憶を取り戻したセフィリアにとって、自分の命は二の次。
だからこそ、あの時身を挺してジークリンドを救えたのだ。
「セフィーが二回も死んだら、ジークリンドは絶対壊れる」
「そうかもね。彼、私のこと好き過ぎるから」
「惚気はお腹いっぱい。今日一日休んだら明日からまた旅を再開する。いい?」
レイチェルの言葉にセフィリアは頷き、再び目を閉じて寝息を立て始めた。
「ジークリンド…不思議な男の子」
レイチェルはそう呟くと、セフィリアが起きないように静かに家を出て行く。
レイチェルが向かったのは。
「ふぁ…まだ、眠いんだけど?」
「貴方なら二、三年寝なくても問題ない」
「言ってくれるね…」
精霊の里、村長宅であった。
「それでなに?借りは返したから、君たちはただの客人。もう遠慮しないよ?」
「脅しは無駄。初めからビビってるから」
「それはそれでどうなのさ……」
言葉だけは呆れてみせるも、やはり変化は少ない。
「全てのオーラツールが使えない人って存在する?」
「オーラツール…ね。あれの原理は知ってるかい?」
「知らない。火とか水とか才能のあるオーラツールが使えることくらい」
お礼は済んだはずだが、ディケラは嫌がる素振りも見せずに答えている。
「人族が作るオーラツール、アレには精霊石が使われているんだ」
「精霊石…」
「うん。火の精霊石だったり、水の精霊石だったり。精霊が閉じ込められているというニュアンスではなく、その石そのものが精霊なんだ。
現世に精霊が存在する為には濃密で濃厚なオーラが必要になるからね。だから、オーラの源である結晶に精霊達が棲みついている。人族はそれが精霊石とは知らずオーラの結晶として使っているんだ」
生きとし生けるものの体内に存在するオーラの結晶。
そこに精霊が棲みついている。
それは大発見だが、わかったところで活用方法が広がる話でもない。
つまり、ディケラは説明の前説をしているのだ。
「そして君が言うところの才能。それはある意味で正しい。
難しい話を省くと、その精霊に好かれているかどうかで使える精霊石の種類が変わる。
そして全ての人の体内にあるオーラの結晶には、それぞれ違った属性を持つ精霊が棲んでいてね、その精霊と同じ属性の精霊石が使用出来るって仕組みなんだよ」
「それだと…」
「うん。この世に、全ての精霊石に反応を示さない人は存在しない、がその質問の答えだよ」
レイチェルには心当たりがあった。
二百年という長い時を生きるレイチェルには、様々な知識がある。
その中で酷くどうでもいい…生きるには必要にない知識も多く持っていた。
その一つが、あまり知られていないお伽話の一説。
『悪魔達から脅かされていた村に突如として現れた迷い人。その者は何一つ気化製品を使うことが出来なかった。
しかし、その迷い人は類い稀なる知識と努力の末、悪魔達を追い払い、村を守ったのだ』
その主人公は迷い人。つまり、この世界の住人ではなかったのだ。
(ジークリンド……年齢からは考えられないほど達観していた精神に、あの奇妙な知識……妙に納得がいく)
「ありがとう。明日には出て行く」
答えを一つ見つけたレイチェルは、ディケラへ最後の挨拶をした。
「待って。質問に答えたのだから、次はこっちの番だよ」
「……確かに。何?」
「そんなに身構えなくても大丈夫だから」
ディケラは温和な笑みを見せ、レイチェルの硬くなった表情を解く。
「私は可愛いいから仕方ない。でも、貴方はタイプじゃないから、ごめん」
「何で僕フラれてるの?って、そうじゃなくて」
レイチェルの真面目なのかボケなのかわからない台詞にノリツッコミをしつつ、言葉を続けた。
「別のハイエルフへ伝言があるんだ。もし会えたらでいいから、その時に覚えていたら伝えて欲しい」
「それくらいなら」
こうして、緊張の多かった精霊の里での滞在は終わりを迎えた。
頼まれ事が増え、二人の旅はもう少し続きそうだ。




