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白狼と手掛かり

 






「スザクか。聞き慣れない響きだけど、良い名前だね」


 帝都へ帰ったその日の晩餐。

 やはりお母様の機嫌は悪く、お父様は何とか場を盛り上げようと必死だった。


「はい。レイモンド卿の検査を三日ほど受けて、それに受かれば城の敷地内で飼うことになります。

 お母様もシュナウザーもよろしくお願いします」

「勿論です。姉上」

「…嫌よ。獣なんて穢らわしい…」


 スザクという名前は、前世でジンが言っていた名前の一つ。

 意味はわからないけど、ジンに私を見つけてもらうヒントにでもなればと付けてみたの。

 勿論、待っているだけじゃないけれど、可能性は多いに越したことはないわ。


「お母様、ご安心を。私が丁寧に洗いますし、これは流行ります」

「…流行る?」


 貴族女性から、獣は忌み嫌われてきた。

 その臭い、抜け毛、行儀の悪さ。

 全てに嫌われる要素がある。


 それほどにお母様の嫌う獣だけど、まさか自分がお腹を痛めて産んだ子の半分がその獣だなんて。

 笑い話にもならないわね。


「はい。これからこの帝都…いえ。国中の貴族家で空前のペットブームが起こります。

 それをいち早く行ったのが私達でも、お母様はご不満でしょうか?」

「いいえ!良いわ!許します!」


 お母様は単純。

 だけど、それは自分に関わりがないから。

 自分が関わることになると、その意見は私相手でも曲げない。

 それくらい芯のある貴族女性だから、お父様もお母様を選んだのでしょう。


 そして貴族女性だから流行りには敏感。

 恐らく後五回はこの言葉でお母様を黙らせられそうね。


 私は内心を隠し、誰もが憧れる淑女を演じて、静かに、けれど澱みなく晩餐を食した。















「流石アメリア様ですわ!ウチにもアメリア様のペットの様な大きなワンちゃんが欲しいですわ」


 こと贅沢品で貴族を誘導するのは簡単だった。

 私が楽しそうにスザクを散歩させるだけで流行るのだもの。


 そう。この子の親が城で目撃した光景を広めてくれた様に。


「ご両親におねだりする時は、成績が上がったなど何か成果を見せると通りやすいですよ。

 私も成果をあげたのでお父様もお母様もお許しになられたの」

「まあ!わかりましたわ!ではその時、セフィリア様もそう仰られていた、と付け加えても?」

「ええ。今回に限り、許しましょう」


 中々強かな子ね。

 この子は大成するかもしれないわ。


 貴族令嬢とは違い、この子は大店の一人娘。

 使い道もありそうね。


「ガーベラ様。良ければ次のお休みにでも、お城へいらっしゃらない?」


 盗み聞きをしていたクラスメイト達が騒然とする。

 その中でガーベラ本人だけが笑みを携えたまま。


「私は貴族令嬢ですらないのに、良いのでしょうか?」

「ええ。貴女のお父上は皇族御用達の商人です。その娘を城へ呼ぶことは()()なことかもしれませんが、問題はありません」


 特別。

 流行りに敏感な女性であればあるほど、この魔法は効く。

 彼女は特にこの言葉の重さを理解しているから、これで懐柔までの七割は消化といったところかしら?


「はい!…大変ですわ!お城へ着ていく新しいお召し物をおねだりしなくては!

 では、次のお休みを心待ちにしております」

「ええ。最高級のお茶をご用意してお待ちしていますわ」


 クラスメイト達のざわめきは収まらない。

 皇族が最大限のもてなしまですると言い切ったのだから。


 これで彼女は他からよく思われず、私を頼る他なくなる。


 お茶会(戦い)の前に全てを終わらせるのは、淑女の嗜み(戦の鉄則)よね。

















「スザク。良い子にしていなさい」


 あれから一年の月日が経っていた。

 白狼のスザクはまだ子供だったみたいで、あれから二回りほど成長して、今は乗馬よりも慣れた背中を撫でる。


『グルル……』

「帰ったら遊んであげるから…」


 まだ子供だったことは良い面も悪い面もあった。

 躾はし易く、代わりに遊び盛りの為、そのストレスを溜めさせないように苦労したわ。

 後は餌。

 食べさせればいくらでも食べ、餌代が馬鹿にならなかった。


 そこで活躍したのが大店の商家の一人娘であるガーベラ。

 彼女の伝手を辿り、新鮮な肉を大量に確保することが出来たの。それも破格の値段でね。


「行ってくるわ」

『アオウッ』


 スザクの雄叫びを背に、私は馬車へと向かった。











「アメリア様。ご機嫌麗しゅうございます」


 学園での生活にも慣れ、私は十三歳になっていた。

 つまり、学年も一つ上がり二年生。

 今日も貴族子女達がどうにかしてお近づきになろうと窺っているけど、忠臣であるガーベラがそれを牽制する為に声を掛けてきた。


 この辺りの機敏は流石商人の娘といったところ。

 クライアントの欲するものを用意出来る力がガーベラには既に備わっているようね。


「おはよう、ガーベラ様。どうしたのかしら?」

「はい。面白いものが手に入りましたので、放課後に少々お時間を頂けないでしょうか?」


 ガーベラからの誘い。

 それは今までになかったこと。

 つまり……


「勿論よ。私とガーベラ様の仲ですもの、是非に」


 遂に…見つかったの?

 私は胸が高鳴る。

 放課後と言わず、今すぐにでも聞きたい。


 逸るその想いに蓋をして、いつものアメリアを装う。


 普通って、こんなにも難しかったのね……










「それで?何かしら?」


 学園にある歓談室。そこに私達の姿はあった。

 何を聞かされるのか、そればかりが思考を支配して今日は何も手につかなかった。


「はい。見せたいものが。持ってきてください」


 ガチャ


 ガーベラが外へ向けて言葉を発すると、外で待たせていたガーベラの使用人が入ってくる。

 少し。ほんの少しだけ、ジンが入ってくるんじゃないかなって、期待してしまった。


 だから、落胆は少ない。


「こちらです」


 使用人から小包を受け取ると、ガーベラはテーブルにそれを乗せた。


「これは?」


 ガーベラを信用していないわけじゃない。

 けれど、触る前に問う。

 こうした所作もこの10数年という時間により身体に染み付いて切り離せない。


「愛する帝国は大陸東部にあります。これは大陸西部にある国で、近年稀に見ないほど流行している商品です」

「…なるほど。確かに貴女に命じていたモノね」


 ガーベラにはジン探しを手伝ってもらっている。

 勿論、ジンがジンとしてこの世に生を授かっている訳もなく、ジンならきっとこうするだろうという私の予想に当て嵌まる人物を探させているの。


 そして本命はもう一つ。

 ジンがここでやりそうなこと。

 前世の知識を使ったお金稼ぎ。


 私を探す為に奔走しているだろうことは見えていなくともわかる。

 ジンならそうするだろうし、現に私もそうしているのだから。


 だから、私を探す為に必要な資金。

 それは旅費だったり、依頼料だったり。

 兎に角お金が必要なことはお互いに理解している。

 その為にジンがしそうなことが、さっきのこと。


 私は恐る恐る小包を開く。


「これは……」


 ガーベラが息を呑む音が聞こえてくる。

 これが目当ての物でなくとも、私はこの子を罰したりはしないし、ガーベラもそれくらいは理解しているでしょう。

 でも、主人のガッカリする姿は見たくないものね。


 私も前世ではそうだったから、痛いほどその気持ちはわかるわ。


「…名前は知らないけど、当たりよ」

「本当ですかっ!?」

「ええ。よくやったわ」


 小包から出てきたのは重量感のある板。

 その板には上下左右に等間隔で線が引かれてある。


「こちら大陸西部はアルバート王国発祥の『将棋』という娯楽品になります。使い方の説明は?」

「必要ないわ。…いえ、後で教えなさい。今はこれを製作されたお方の情報を」

「かしこまりました」


 ジンは縁側で、いつも一人でこれを弄っていたの。偶に近所の人とも、この板を挟んで盛り上がっていたわ。

 ジンと会えた時、私にもこれが使えたらきっと喜んでくれる。


 また…会えた時の…楽しみが、増えた……

 ジン……今すぐ…貴方に抱きしめられたい……


「あ、アメリア様…涙が…」

「ごめんなさい。何でもないわ。続けて」


 間違いない。これはジンが…私の前世の世界を知っている人が作った物。

 生活用品だと可能性がある程度だったけど、これは娯楽用品。

 全く同じものが存在しているのは不自然。


 つまり、製作者は…ジン、よね。きっと。


「実は、製作者はアルバート王家により秘匿されております」

「な、んで…?」

「あ、アメリア様!お気を確かに!」


 希望の光を漸く見つけたのに、途端に暗闇へ逆戻り。

 椅子から崩れ落ちそうになる私を、ガーベラが支える。


「誰か!?誰かぁー!」


 扉の開く音が聞こえ、私は意識を消失した。

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