ハイエルフ
「セフィー。どうせ勝てない」
セフィリアが暴走する前に、レイチェルが白旗を上げる。
これに驚いたのはセフィリア。
これまでに弱気なレイチェルを見たことがなかったからだ。
「私達の目的は別にある。ここで我を通して死ぬことに意味はない」
「……チッ」
セフィリアは目的を思い出し、頭に昇った血が下がり少し冷静になった。
「うん。心地いい領域だね。まだまだ荒削りだけどしっかりと鍛錬を積んでいるオーラだったよ」
ディケラにセフィリアを煽るつもりはない。
セフィリアも何となくそんな気がしていた。
「僕はこの村を離れられないんだ。それは絶対ではないけど、この村に住むエルフ達の為にならないから、離れない。
例え小さな命が消えたとしてもね。
ごめんね?お礼を伝えたかっただけなのに、嫌な想いをさせちゃったね」
ディケラには変化が見られない。
どんな状況になろうとも、この二人に負けない自信がそうさせているのか。
レイチェルは測りかねていた。
いや、初めから試合放棄をしているようだ。
「オーラ量も桁違い。それなのに見えない精霊さえ使役出来る。
私達に端から勝ち目なんてない」
「それは心外だね。精霊は良き隣人であって、使役しているわけじゃないよ」
レイチェルの言葉を訂正する。
恐らくそれには何の意図もないと、レイチェルは考えていた。
私達がどうしたところでこの大木は揺るがない。
そう諦めにも似た境地になっていた。
「彼等を助けなかった理由は分かったわ。納得はしていないけど」
「うん。それで良いよ。そもそも種族が違うんだ。互いのそうした歩み寄りがなければ何処も争いで溢れちゃうよね」
ぶん殴りたい。
その想いを押し殺し、セフィリアは口を開く。
「一つ聞きたいことがあるの」
「何かな?僕に答えられることであれば良いんだけど」
聞かれたからといって何でも教える気はないと釘を刺す。
「ジークリンドという人物に心当たりはないかしら?」
「ジークリンド……いや、ここ百年で聞いたことはないよ。精霊に誓おう」
精霊が何なのかわからないセフィリアだが、嘘は言っていないと判断する。
「聞きたいのはそれだけよ」
「無欲だね…君達はどうやら本当の英雄様みたいだね。
ハイエルフに何でも聞けるならもっとあるでしょ!?
大昔に消失した財宝のありかとか、オーラの使い方とか!
何でそれだけなのっ!?」
ここに来てディケラの感情が現れる。
それも恐らくはパフォーマンスだと、レイチェルは冷静にこの怪物を見据える。
「オーラの使い方には興味あるけど、一朝一夕とはいかないでしょ?」
「うーん。君は才能あるから…簡単なので二十年くらいで習得出来ると思うよ」
「…ダメね。私には時間がないの。私の寿命は普通だから」
少し興味をそそられるが、目的はジークリンドに会うこと。
習得可能期間を聞き、セフィリアはさらに興味をなくした。
「ああ…だから君、少し変なんだね。まだまだ人の枠に収まってる気がしたんだよ」
「人の枠?どういう意味かしら?」
「人族と吸血族、どちらに向かっているか、まだ身体が決めかねているんだ。
あれ…でも、君。血を吸ったね?」
「だとしたら…何なのよ?」
セフィリアは少し気になっている。
「そうなると、自然に吸血族に向かうね。残念だったね」
「…何が残念だったのよ?」
セフィリアはディケラの話に引き込まれていく。
確かに、セフィリアは人族に戻れるなら戻りたいと思っていた。
だがそれは多少の想い。
物理的に死にづらいこと、オーラのことなど色々と利点が多い吸血種。
元に戻ればそれがなくなってしまうから。
この世界の旅は、それくらいには厳しい。それを痛感していれば尚更に。
「吸血族は血を吸って同族を増やすよね?」
「…だったら?」
「吸血族は子を成せないんだ。残念ながらね」
その言葉にセフィリアは揺れた。
いや、純粋に戻りたいと願ってしまった。
叶わぬが故に。
「そんな顔をしないで」
「…うっさいわね。その五月蝿い口を閉じていなさい」
泣きそうな顔をしていた。
それは将来的に子供を産みたかったからなのか、それともジークリンドの……
それはセフィリアにしかわからない。
「貴方なら、戻せる?」
そこで口を開いたのはレイチェル。
色々とあったが、この旅を通じてセフィリアを友人の様な、妹の様な、娘の様な、はたまた仲間の様に。
そう思っていたレイチェルは、セフィリアが悲しむ姿を見たくないと気付く。
それでも、ジークリンドの血を吸いたい願望は変わっていないが。
だから、この一言が口をついて出てしまった。
「そうだよ。セフィーが望めばね」
それを聞いてセフィリアは俯いてしまう。
ジークリンドを探すにはこの身体の方が何かと都合が良い。
ジークリンドと会った時、自分の心に素直になれたなら、もしかしたら。
その狭間で揺れていた。
「セフィー。ディケラの言う通りなら、この機会しかない。先延ばしは出来ない。
私はセフィーの…セフィリアの決断を尊重する」
「レイチェル……」
セフィリアは今にも泣き出しそうになっている。
不意に訪れた人生の転機。
どちらを選んでも得るものも捨てるものもある。
いや、一度捨てたものが戻ってくるのだ。
悩まないはずがない。
「一晩…考えさせて」
「いいよ。するしないに関わらず、それが今回の恩返しで良いよね?」
「構わない」
腐っても村長。
村民の借りは責任を持って返す。
ハイエルフは強かさも持っていた。
まるで人族のように。
「起きてる?」
その晩、精霊の里で部屋を借りた二人は、床に並んで寝ていた。
とても静かな夜だった。
旅の間…いや、人の世では経験できないないほどの静けさに、レイチェルは一雫の声を漏らした。
「寝れないわ。まだ迷っているもの」
「そう」
二人は木の天井を眺め、静かな時が流れていく。
「迷うということは、戻りたいことの現れ。だと思う…」
「…なんでレイチェルが迷ってるのよ」
天秤の片側は利点の多い吸血種。
それなのに迷いが生じている時点でセフィリアは戻りたいのだろう。
そう考えて口を開いたものの、レイチェルは仲間が減ることに寂しさを感じて言葉を濁してしまう。
「私には負い目がある」
「だからそれは助ける為だったんでしょ?仕方ないわ」
レイチェルの負い目はそこではない。
子供が産めないことを知りつつ、セフィリアを傷つけてしまうから黙っていたこと。
「ううん。ごめん。私は…」
「やめよやめ。これは私の問題なんだから。レイチェルを無関係とは言わないけど、一人で悩ませて。どっちを選ぶかはまだわかんないけどね」
これはセフィリアの優しさ。
レイチェルが何に悩んでいるのかわからないが、それでもセフィリアの為に悩んでいることだけはわかった。
セフィリアにはそれだけで充分だった。
「決まったかな?」
そこには涼しい顔をしたハイエルフの美少年がいた。
エルフの顔立ちは皆整っており、それが攫われる原因の一つ。
もう一つは精霊を認識出来るところにある。
その認識力が高ければ、お伽話の魔法のようなことが出来るのも有名だ。
「決まったわ。人に戻して」
その言葉にレイチェルは力強く頷いた。
そう、それで良い。
少し寂しいけれど、それ以上に嬉しかった。
自分は選ぶことすら出来なかった選択。
自分とは違う道を選んだ同士に感謝さえしていた。
生きることは辛く、また同等の幸せも得られる。
けれど、人の枠を超えた生命力は途端に呪いとなるのだ。
それを身を持って理解していたから。
だから、様々な誘惑を断ち切り、幸せへと続く道を自身の想像力と考えだけで選べた同志を尊敬さえしていた。
「長命ならもっと悩んだと思うわ。でも、出した答えは一緒ね」
長命なら、この人一倍寂しがり屋の仲間と共に生きることが出来る。
その慈愛のような想いも、ジークリンドへ向ける隠れた想いには勝らなかった。
そこに自分の幸せがあると、セフィリアは気付いてしまった。
なぜそう思うのかには、未だ気付けていないが。
「わかった。危険だからみんなは出て行って。多分丸一日くらいはかかるからそのつもりで」
「はい」
エルフ達は返事をして、ディケラの家を後にした。
「セフィー。ありがとう」
「ん?なんのよ。仲間に礼は不要よ」
その言葉でレイチェルは救われた。
自分の醜い欲。
その為に色々と隠し事をしていた。
それが許されたのだ。
「じゃ、頑張って」
「ええ」
こうして、ハイエルフディケラとセフィリアを残し、全員が退室した。
「じゃあ、早速だけど、脱いで。あ、全部ね」
「…やっぱりやめようかしら」
王族として生まれた時から全ての世話は他人任せだった。
身体を拭くことから、着替えまで。だから裸は慣れたもの。
それでもそれは必ず同性である侍女が行っていた。
肌を見せる相手が異性とはいえ、随分年上のハイエルフ。
ただ、見た目だけは同年代だった。
「随分と立派な胸だね。でも、恥ずかしくはないから安心して」
「うっさいわねっ!?」
エルフは総じて胸元が寂しい種族なのである。
そして、乙女の受難は続くのであった。




