従うモノ
「迎撃します」
冒険者達が気を利かせた所為で熊の魔獣に見つかってしまったわね。
ありがとう。
「私はベースキャンプへ向かう。殿は任せました」
「なっ!?離れなくともっ…くそっ!」
一閃確殺流の極意は基礎にあると聞くわ。
派手な技や無駄な動きなどなく、その閃光のような一撃で全てを終わらせる。
故に、剣聖は魔獣達が私へ近づく前に倒せば良いだけだった。
だけどね?
私が逃げても何ら不思議ではないでしょう?
だって、熊よりも遥かに劣る鹿の魔獣を遠目に見ただけで、近づきもしなかったのだから。
確殺流の一撃には集中が必要。
どこを攻撃すれば刃が通るのか?
いくつもあるだろう刃が通るパターンから、致命の一撃になる一閃を判断しなくてはならない。
「じゃあね?剣聖様」
身体の中でオーラを漲らせ、私は全力で駆けた。
「掛かった!」
あれから五分。長いようで短い時の間、私は森を駆け回った。
剣聖が熊の魔獣を倒してから私を見つけるまでにはまだ余裕があるにしても、それは刻一刻と迫っている。
焦りでオーラが不安定になったところで、件のモノを見つけることが出来た。
「正確には、見つかった。だけどね」
私は移動をやめ、テリトリーを出来るだけ拡大させる。
「出てきなさい」
ここは森の中でも開けた場所。
態々見つかりやすいようにここで待っていてあげているのだから、素直に出てきて欲しいものよね。
「…やっぱり。あなただったのね。白狼」
魔獣の死骸が見つかった場所。
そこにヒントはあった。
どう見ても死骸のものではない白毛が一房、私の足元に落ちていた。
それを見つけた私は内心で狂喜乱舞したわ。
でも、冷静に踏みつけ、剣聖の視界から隠すことも忘れなかったけれど。
木々の間から姿を現したのは、真っ白な巨狼。
なんて好都合な。
「何をしているの?私が態々呼んであげたのだから、来なさい」
命令を下す。
どちらが上なのか、それはファーストコンタクトで決まるから。
『ガルルゥ…』
「舐めているの?」
巨狼はその大きな身体を低く小さくし、ゆっくりと間合いを詰めて来る。
その動きはこちらをまだ獲物と見ていることの証左。
私と白狼の距離が2mを切ったその瞬間。
白狼が飛びかかる動作に入ったことを、視覚ではなくテリトリーで把握する。
「お座り」
静かに、けれど揺るぎない声で。
私が出せる限界のオーラを声に乗せて命令を下した。
「殿下ぁぁっ!?」
流石に早かったわね。
あの熊の魔獣を全部倒してからここへ来たのだとしたら、剣聖という称号はやはり私には到達不可能な領域ね。
「安心なさい。この子は私の軍門に降ったわ」
「何を馬鹿な!?離れてください!斬れません!」
剣聖が信じられない速度でこちらへ向かっていることには気付いていた。
あの魔獣達が出現していたエリアからこちらへ木々を薙ぎ倒しながら向かって来るのだもの。
誰でも気付けるわ。
そんな私は白狼の上に寝そべっている。
「見なさい。腹を見せているでしょう?」
「それが…」
「これは服従の姿勢。この子は私の僕よ?それを殺すとなると、貴方は私と敵対することになる」
剣聖はそれ以前に帝国貴族。
その忠誠は皇帝並びに皇族へ向けられ、皇帝の考えを聞けない今、判断出来ない状況を作ることが出来た。
そしてこの白狼。
魔獣が犬系統で良かったわ。
私の前世の知識…というより、そのもの。
それが丸々役に立った。
「貴方には責も咎もない。予期せぬ形で魔獣が現れ、私がそれに驚き逃げてしまった。
それを貴方が止めることは簡単だけれど、それは魔獣に背を向けることになり、貴方以前に私の危険度も増す。
危険を排除してから追うという判断は正しく、今回は偶々イレギュラーが起こっただけ。
本当、貴方の忠誠と英断には頭が上がらないわね」
「…連れ帰るおつもりですか?」
剣聖が罪に問われるとしたら、それは皇族に被害があった場合のみ。
それ以外であれば、多少のお咎めがあったとしてお父様は必ず許す。
それほどに、この強さと忠誠は手放せないものだから。
「当たり前よ。この子は私に忠誠を誓った初めての騎士よ?安心しなさい。
貴方は最後まで反対した。
これは私の独自の判断によるもの。
お父様への許可も勿論私が取るわ」
「帝都へは入れませんぞ?」
それは許可出来ない。そう顔に書いてあるわね。
「帝都の前で飼っても良いけれど、それは今だけね。必ず許可を得るから」
「従魔制度ですか…」
従魔とは、普通の犬などから手懐けた魔獣まで多岐に渡る総称。
それを街の中に入れる手続き、それが従魔制度。
「そうよ。認可さえ降りればこの子は帝城敷地内で過ごすことになるわ」
「魔獣をそこまで手懐けることなど……いえ、殿下ですからな」
「そう。私はやると決めたらやり遂げるわ」
誰も私の特技を知らない。
犬の言葉…考えを100%理解できる。
それが私の秘密。
チャキンッ……
遂に剣聖が剣を鞘へ納めた。
いつでも殺せる状況から一歩前進といったところね。
「…今回はまんまといっぱい食わされました。流石に読めませんでしたぞ?まさか魔獣を手懐ける為に、この課外活動に参加されたなぞ」
「それは偶々よ。でも、魔獣が不自然に死んでいる原因は調べるつもりだったわ」
「原因は殿下の足元でしたか。確かに、その魔獣であれば、簡単な仕業ですな」
あの食べ残しの後を見てピンと来たわ。
この子は探していたの。
それが親なのか仲間なのかはわからないけど。
自分はここにいるぞ、と。
「さあ。帰りましょう?」
「…こんなことになれば中止でしょうな」
熊の魔獣が群れで出現した時点で、この課外活動は中止になる。
それほど、剣聖が容易く倒したであろう魔獣達は危険な存在。
それもこの子から身を守る為に群れていたのでしょうけどね。
「ほ、本当に大丈夫なのですね?」
なのですか?とは聞かない。
ここにも身分の差が現れているわね。
講師陣の一人が、ギリギリ私の言うことを信じる言葉で質問してきた。
「当然ですわ。折角この課外活動で得たのですから、必ず連れ帰ります。
勿論、反対されませんわよね?」
課外活動で得たものは本人にその権利がある。
今回は想定外でしょうけど、認めないわけにはいかない。
相手が皇女なのだから。
こうして、私達は帝都への帰路に就いた。
後はお父様だけ。
「騒ぎになっていると報告を受けたけど…やっぱり、アメリアだったんだね」
帝都へ戻った私は、街の入り口に白狼を待たせ、お父様の元へ許可を得る為に向かった。
そして剣聖に伝えた通りのあらましを伝えると、先の言葉が返ってきた。
「ええ。これで、皇族の名声は更に広まります」
「そこに興味は然程ないよ。アメリアが無事に帰ってきたこと、それだけで充分さ」
お父様は人の親として随分と高みにいる気がする。
自身の立場を踏まえない感覚で家族と接し、そして親愛を示してくれる。
でも、やっぱり群れの長の器ではないわ。
統率力が足りない。
この人についていけばと、安心させてくれない。
私の能力が低ければ、そこで見放される…とまではいかなくても、興味は落ちるわね。
それは立場上仕方ないけれど、皇帝と父、どちらの立場も中途半端になるわ。
家族の長であり続けるなら弟との関係性を改めるべきだし、帝国の長であり続けるなら家族にも部下に見せるような冷酷さを見せなければならない。
でも、お父様は死ぬまで選ばない。
ううん。選べないわ。
この人はどっちも大切にしたい我儘屋さんなのだから。
「というわけです。ですので、あの子は私が責任を持って飼います」
「責任…アメリアはそれが何かわかっているのかい?」
理路整然と、白狼を所持するメリットとデメリットを伝え、デメリットは私が責任を持つと伝えた。
「あの子が死ぬ時は、私が殺す時。あの子は私の騎士なのですから、罰を与えるのも私の仕事です。
その責任を負う覚悟は持っています。
ですが、私が完璧にあの子を手懐けられないとお父様から思われているとは少々心外でした」
「いやいや…それは信じているよ。ただ、覚悟が聞きたかったんだ。
いや、アメリアは充分に大人だったね。
済まない。示さなくとも信じてあげるべきだった」
信じること、それは父としての正解。
でも、皇帝としては聞くのが正解。
やはり、どっちつかずね。
「手続きをしてまいります。お父様の部下を使っても?」
「ああ。構わないよ」
快い返事を告げた後、お父様は頭を抱える。
この後お父様に待つのは、皇族への説明。
そこにはお母様がいらっしゃいますものね。
頑張って下さい、お父様?




