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レイチェル・ハントレー・ザルビスパの半生

 






 現在より250年以上昔、大陸暦945年。

 今は亡きアディスパ王国は全盛期を迎えていた。


「ビルドーレ。其方の婚約者はいつ来るのだ?」

「陛下。ザルビスパ侯爵令嬢からの文によれば、後三日ほど先かと」

「間違っても、本人を前にして家名で呼んでくれるなよ?」


 王城内のサロンには二人の男性がいた。

 一人は白い髭を蓄えた壮年の男性。

 もう一人はその男性の面影を残したビルドーレと呼ばれた二十歳前後の青年。


「レイチェル嬢は14歳と若いですが、芯の通った女性です。ですがやはり若く、私が家名で呼んだとなると何を言われるか……試す気にもなりません」

「ははっ!既に尻に敷かれておるようだな!うむ。レイチェル嬢の歳が若く、年寄り共からはあれこれ言われてきたが、今回の婚約は成功だったようだな」


 ザルビスパ侯爵家は王家と遠縁にあたる名家である。王家に嫁ぐ上で家格は申し分ないが、嫁ぐ候補に問題があった。

 この国では15歳から婚姻を結ぶことが可能で、婚約に関しての年齢制限はない。

 それでもまだ成人していない14歳のレイチェル嬢では王族を支えるには分不相応ではないかと、歳を召した臣下達から苦言が漏れていた。


 それでもこの婚約を国王が押し通したのには理由がある。

 王国始まって以来、いつかザルビスパ家との婚姻をと王家とザルビスパ家の間では話が上がっていた。

 それでも縁に恵まれず、遂には100年余りの時が流れてしまっていた。

 その中で両家は年頃の二人を持つことに。


 この機会を逃せば、次はいつになるのかわからない。

 国王の肝入りで今回の縁談が進められているのは、それが十分な理由としてあったのだ。











「姫様。後三日で王都へ着きます。今日は止まらずの馬車旅となりますこと、ご容赦くださいませ」


 早朝、街の領主邸前に馬車が並んでおり、その馬車の前に立つ銀髪の少女へ向けて、お付きの使用人が予定を伝えた。


「わかったわ」


 ここまで既に二日の旅を経験している。

 後三日耐えれば、目的地である王都へと辿り着くことが出来る。


 少女は一日経っても痛みが消えないお尻を少し気にしつつ、馬車へと乗り込んだ。


「何か敷くものはないかしら?」


 馬車内にて、先程予定を伝えてきた女性へと尋ねる。


「姫様…そうですね。少々お待ちを」


 そういうと女性は馬車から降りていく。


「はあ…馬車旅は初めてだけど…お尻がこんなに痛くなるなんて想像していなかったわ」


 少女は痩せ型。

 その分お尻に肉もなく、馬車も外見は綺麗だけれど最新のものでもないので振動が大きかった。

 故に、お尻に多大なるダメージを。


「お相手はビルドーレ第三王子。私が成人を迎えたらすぐにでも婚姻を結ぶ予定だけど…王都からあまり遠くの街に引っ越したくはないわね…」


 長旅…それも馬車旅はもう懲り懲りだと、少女は人知れず溜息を漏らした。










「姫様。ここからは峠道にございます」


 車窓から見える景色は、緑から茶色のものへと変化しつつある。


「それがどうかしたの?」

「…峠道は整備が行き届いていないことが多く……揺れます」


 彼女は少女が産まれてからずっと側にいた。

 馬車旅だとお尻が痛くなることは知っていたし、少女へ伝えてもいたが、まさかあの我慢強い少女が根を上げるほどとは思いもよらなかった。


 その失態は取り返せなくとも、これからは一段と気をつけて見守ろうと決意し、今回のこの発言は少女に覚悟を持たせる為のもののようだ。

 それくらいしか、出来ることを見出せなかったのだろう。


「歩く…」

「…ダメです。山は何が起こるかわかりませんし、そのような事をさせたとあっては、私の首が飛んでしまいます」


 お尻へのダメージを心配して顔を青くさせる少女。

 されどその身分から、その願いは儚くも却下される。


「登りはゆっくりになるので…」


 女性は気休めを伝える。


「降りは?…ねえ?降りは?」

「………」


 その質問には遂に口を閉ざしてしまった。




 少女達がお尻の心配をしていた頃、峠の途中ではとある集団が隠れ潜んでいた。


「頭。ホントにやるんで?」


 薄汚れた服を着た如何にも臭そうな男が、腕を組んで峠の先を見据える男へと声を掛けた。


「やる。俺達には何もねえ。金も、権力も、家族も。だが、この仕事をやれば金は手に入るんだ。

 それも見たこともない大金がな」

「…アイツ、信用出来ねぇすよ」

「俺も信用はしていない。ここから見える大層な行列は間違いなく貴族のものだ。

 恐らくだが、俺達は貴族の抗争に巻き込まれている」


 男が見据える先には少女を乗せた馬車と、それに続く荷馬車に護衛の騎馬が数頭視界に入っていた。


「今更依頼を降りても俺達には帰る場所なんてない。依頼人は貴族じゃなかったが、そこを辿れば十中八九貴族が出てくるだろうからな。

 いいか?やらなきゃ口封じでどの道死ぬだけだ。

 こっちの方が数は多い。どうせ死ぬなら華々しく散ってやろうぜ。

 成功すりゃ、みんなで一生豪遊出来るしな!」

「わかった。頭がそういうなら、それが俺達の仕事だ。

 それから……金はいらねぇ。俺には女をくれよ?」

「わかったわかった。

 いいか、野郎共?欲しいものはあそこに転がってる。

 これが最後の仕事だ。

 後は楽しみまくるぞ!」


 静かに、しかし熱気の籠った頷きが返ってきた。

 この場には二十人からのむさ苦しい男達が息を潜めている。


 そして少女を乗せた馬車は、男達のすぐそばまでやって来ていた。








「姫様!お逃げください!」


 襲撃はいつも唐突なもの。

 平和な馬車旅だったはずが、遠くから怒声のような音が聞こえると、そこはすぐに地獄へと変わってしまった。


「逃げ道なんてないわ!」

「私が囮になります!」


 外では八人の護衛が賊達と戦っている。

 更にはそれに供回りの者達も加わるが、車窓から見える戦闘は素人目にも劣勢に映っていた。


「捕まれば慰み者にされる。そうなるくらいなら、私はここで自害することを選ぶわ」


 成人していないとは言え、少女も立派な淑女だった。

 女性はそうなるように教育してきたが、立場は違えど妹のように可愛い存在。


 嬉しさよりも、別の何かわからない感情に支配される。


 ガッ


「なに!?」


 二人の乗る馬車に何かが突き刺さる。


「燃えているわ!」

「火矢です!姫様!お逃げください!」


 馬車の中に姿を現したのは矢尻。

 その周囲から煙が入ってきたことから、女性はそれが火矢だと判断した。


「確か…」

「姫様っ!お早く!」


 慌てる女性を尻目に、少女は椅子の裏の収納スペースを手探りしている。


「あった!」


 少女が取り出したのは指輪。それを身につけると、火矢の方向に指輪を嵌めた指を向ける。


「落ち着いて……」


 少女は深呼吸をして、オーラを練り上げた。


 ジュワァァ…


 少女の指先から水が放たれ、それにより馬車の火災は治った。


「どう!?やったわよ!?」


 少女は神童と呼ばれていた。

 それは聡明な頭脳もそうだが、なによりも全てのオーラツールを使える才能がそう呼ばせていた。


 得意満々な表情を浮かべ、後ろにいるはずの女性へと振り返るが。


「かはっ」


 馬車の外から槍が差し込まれ、女性の胸部をそれが貫いている光景が少女の視界に飛び込んできた。


「え…」


 その光景は情報としては理解出来るものの、現実としては受け入れられなかった。


「ひ…めさま…逃げ…」


 ドサッ…


 槍が引き抜かれると同時に、女性は口から大量の血を少女に吐き掛けながら絶命した。


「な…ぜ…?どうして…?さっきまで…え?ずっと一緒に……王都でも支えてくれるって……」


 自身が死ぬことに対しては覚悟を決めていた少女だったが、初めて親しい人の死に直面して、現実を受け入れることが出来なくなっていた。


「ここにいるぞ!」

「こっちは全員片付けた!」

「こっちもだ!後は本命だけだ!」


 馬車の外では賊達の声ばかりが聞こえる。

 どうやら、少女を残して全滅してしまったようだ。


「くそっ!ダジーも死んじまった」

「こっちも三人やられた」

「こっちは五人だぞ!?くそったれが!」


 馬車の外には賊達が集結している。

 その数は半分に減っており、皆が皆少なくない怪我を負っていた。


「よし。後は小娘一人だ。それが終われば大金を手にして、死んだ奴らの分まで遊び倒すぞ!」

「そう、だな!」

「お頭!良い女がいる街に行きましょうぜ!」


 最後の最後ではあるが、賊達に油断は見られない。

 お頭と呼ばれた男の指示により馬車を全員で囲み、逃げ場を封じる。


「顔は傷つけるな。そういう依頼だ」


 少女の判別が付かないと困る人物がいるのだろう。


「かかれえっ!」

「「「「うおおおおっ!」」」」


 相手は馬車の中。

 それでも顔に傷はつけられないので、賊達は馬車を壊すしかない。

 鈍器や鉈を振り上げて、男達が馬車へと殺到する。


 その時。


「おいっ!お前、背中が燃えてるぞ!?」

「何だと!?って、お前もじゃねえか!頭が燃えてんぞ!」

「あちぃっ!?火っ!?誰か消してくれぇ!?」


 馬車を囲むように、炎が立ち昇った。


「ひぃっ!?たすけ…」


 一人、また一人と、男達は倒れていく。


「な、なに…が」


 馬車を囲む炎は馬車の背丈を越えて立ち昇り、やがて男達の声は聞こえなくなった。




「生きてるかな?」


 そこへ薄汚い灰色のローブを纏った誰かが近寄り、馬車の前で声を掛けた。


「うーん。オーラは感じるから生きてるよね」


 その者が手を伸ばすと、指先から光が放たれ、馬車の扉が外れる。


「遅かったか…でも、君だけでも助けられて良かったよ」


 馬車内には、血溜まりに座り込む一人の少女がいた。

 その顔に生気はなくとも生きているようだった。


「………」

「今は辛いだろうけど、生きていれば良いこともあるからさ。こんな所にいたら危ないから私と一緒に来ない?」


 ローブの女性が手を差し伸べるも、それでも少女に反応は見られなかった。



 数年後。この件が切欠となり内部崩壊が始まったアディスパ王国は、国としては短命な生涯に幕を閉じることとなる。

 歴史書には、今回の婚姻を阻止せんと動いた貴族の過ちが記され、賊に襲われた貴族子女の死が記載されていた。

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