忠誠の証
「課外授業に参加したい…だって?」
学園生活にも慣れた頃、特別授業というものの存在を知った。
それは立候補した者の中から教師が選んだ生徒だけが参加出来る、帝都の外で行う課外授業。
「はい。見聞を広める為、それと経験です」
「それはわかるけどね…皇子皇女が参加した前例はないんだよ?理由はわかるよね?」
「はい。魔獣及び誘拐の危険が高いからです」
私には予定があるの。
一人で無理なら仲間を集めるという予定が。
それに、実際経験を積めば強くなれるでしょうし。
安全な課外授業でどれほどの経験が積めるかは謎だけど。
「そうだ。アメリア。君にもしものことがあれば、私とエリザベスはどうにかなってしまう。どうか、諦めてはくれないだろうか?」
泣き落とし。
単純だけど、効果はある。
そこに情があればね。
「お父様。もし、私が皇太子になることがあれば、その時はどうされるのですか?
シュナウザーに叛意がなくとも、周りは勝手に動きます。
その時、危険を冒した経験があれば、多くのことを切り抜けられると思いませんか?」
お父様は、明らかに弟ではなく私に帝位を譲ろうとしている。
それは遠い先の話だけど、立太子はそう遠くもない。
「耳で聞くより、何倍もの経験を得られます。それも全くではありませんが、比較的安全に」
「…しかし……」
自分の欲や我儘ではない。
そう言われると反対することは途端に難しくなる。
「私は強いです。まだ近衛騎士には及ばないまでも、その辺の騎士に遅れは取らないと、剣聖様からのお墨付きがあることをお父様もご存知ですよね?」
「…わかった。その代わり、エリザベスを説得しなさい。わかったね?」
「ありがとうございます。これで益々帝国は安泰になるかと」
自分の評価も他人の評価も、等しく情報を集めている。
それはテリトリーの恩恵。
この力のお陰で私の自己評価は揺らがないし、人が何を欲して何を嫌っているのかもわかる。
ただ、帝城内での盗み聞きに限ってだけれど。
「それでは、お父様。また晩餐で。失礼致しました」
挨拶を終え、執務室を後にした。
目指すは後宮最奥の間。
ある意味でお父様より御し易く御し難い、お母様の待つ場所へ。
「あら。シュナウザーじゃない。こんな所で、どうしたのかしら?」
お母様のいる場所まで後少し。
そこで弟を見つけた。
「剣の稽古です」
「そう。無理はしないようにね?」
そういって、言葉少なの弟の頭を撫でる。
「お姉様」
「な、何かしら?」
向こうから会話を振ってくるなんていつ振りかしら?
それくらい稀な出来事だったのでつい驚いてしまった。
「お父様とお母様は頑張れと言い、お姉様は無理をするなと仰る。
僕はどうすればいいのでしょう?」
お父様とお母様が私に頑張れと言ったことはない。
私がシュナウザーへいつも言うように、無理はしないでと言われ、同じく困ったもの。
でも、私と弟は違う。
弟は板挟みで困っている。
私は邪魔をされ困っていた。
「シュナウザー。それは貴方が決めることよ」
「僕が?」
「ええ。貴方の人生だもの。皇族だからとか言う連中は無視しなさい。
みんなは貴方ではないし、貴方を理解しようともしていないのだから」
この群れに生まれた事実は変わらないけど、それからの人生は弟が選んだものであって欲しい。
「貴方は時として可愛げがなく無愛想に見られているわ。
でも、私は知っている。
ただの一度も文句を言わず、ただの一度も我儘を言わない。
誰の悪口も、誰のせいにもしない。
貴方は既に自分の意思で動き出しているわ」
「僕の意思……わかりました」
撫でていた手を離すと、弟は立ち去っていく。
相変わらず小さな背中だけど、それでも城の誰よりも逞しいと私は感じていた。
「それが条件です。これ以上は譲れませんわ」
とても怒っている。
怒られるようなことはしていないのに、する前から怒っている。
不思議。
「わかりました。こちらからお願いしてみます」
「…ええ。ですが、くれぐれも安全だけは」
「わかっています。これもお国の為。では、失礼します」
条件付きだけど、お母様から許可を得ることが出来た。
次はその条件をクリアする為に向かうわ。
「や!せいっ!はあっ!」
やってるわね。
訪れたのは後宮と王城の間にある中庭。
そこでは剣を必死に振る弟の姿と、それを見守る剣聖の姿があった。
「これは皇女殿下。如何されましたか?」
「貴方に用が有って来たの。と、その前に。弟はどう?」
私が言葉使いに気を配るのは、大勢の目がある時と、両親の前でだけ。
それ以外で気を付ける意味はないと学習した。
「うむ。中々に上達されましたな。しかし、殿下や同年代の強者と比べると、まだまだ見劣りします」
「そう?私とは少し見解が違うわね」
「ほう?どう見られているので?」
剣聖のその言葉には曖昧な笑みで答え、本題を切り出す。
「ところで。貴方、護衛してみない?」
「護衛?ですか」
「ええ。私、課外授業を受けるのよ」
その瞬間、剣聖の顔色が曇る。
「殿下。実は最近、帝都近郊にて不自然な出来事が多発しておりまして」
「初耳ね。何かしら?」
「どうも魔獣と見られる死骸が多数。今までにこのような事はなく、課外授業は是非ともおやめください」
死骸。それも普通の人では倒せない魔獣の……
「それは出来ないわ。だから、貴方に護衛をお願いしているのよ。
受けないと後悔するかもしれないわよ?」
「…皇族をお守りするのが、私の勤め。是非もなく」
剣聖を脅してでも行く価値はあるのかしら?
でも異変があるのはいいことね。
そこにはきっと何かがあるから。
「ありがとう。貴方ならきっと、そう言ってくれると信じていたわ」
「皇女殿下の御心のままに」
「それはそうと。やっぱりシュナウザーは凄いじゃない」
先程までと変わらず素振りをしている弟。
五日ほど前に見た時と比べ、力強さが上がっているように見えた。
「確かに。昨日までとは別人の様ですな。これまでとは違い、練習に熱が入っている模様。
男子三日会わずと言いますが、皇子殿下は一日で変わられた。
流石アメリア様の弟君ですな」
「…そういうところよ」
「なにか?」
何でも。
剣聖が剣の達人であることに疑いはない。
でも、人に何かを教えるのは下手みたいね。
「姉上!どうでしたか?!」
「最後の方は少し力み過ぎていたわ」
「…そうですか」
元気に駆け寄るシュナウザー。
こんな姿が見れるとは、弟が生まれて初めてのことじゃないかしら?
「それ以外は良かったわ。シュナウザーはきっと強くなれる」
「本当ですかっ!?姉上、ありがとうございます!」
才能だけで言えば、私よりもシュナウザーの方が多くの才を持っている。
私と弟の違いは、確たる目的や目標を持っているかどうか。
そこさえ埋まってしまえば、シュナウザーに死角はない。
「ところで、何故呼び方を変えたの?」
「も、申し訳ありません」
「怒ってなどいないわ。ただ可愛い弟の変化が姉として気になっただけよ」
シュナウザーは可愛い。
これが前世で終ぞ持てなかった母性本能というものなのだろうか?
「剣聖様。私達は戻ります。では、ご機嫌よう」
ここには弟の目がある。
だから言葉使いを改め、剣聖へと別れの挨拶をした。
「それで?何があったの?」
初めて入る弟の部屋。
そこには生活に必要なもの以外、何もなかった。
これが普通なのかしら?
お母様達のお部屋には沢山の宝石や雑貨があったわ。
考えたところで何が普通なのか、私にはわからないでしょうね。
「…言わないとダメでしょうか?」
「いえ?それも貴方の好きにすればいいと思うわ。考えなさい」
この子は命じられれば何でもする。
そこに一切の疑いはないけど、ただ感情もない分、成果も薄い。
好きにさせれば良いのよ。
お父様もお母様も。
ただ私を好きなようにさせてきたのは、それが二人にとってはして欲しかっただけのこと。
シュナウザーは放っておくべきだった。
私がしてきたことを真似させるべきじゃなかった。
させるにしても、自由な時間をそれ以上に与えてやるべきだった。
それが群れの長としての正解。
「…姉上だけなのです」
考えた後、シュナウザーは俯きながら言葉を紡いだ。
「私のことを皇子としてではなく、一人のシュナウザーという人として、また一人の弟として見てくれたのが」
それはそう。
貴方は貴方であって、他の誰でもないのだから。
「ですので、敬意を持って呼ばせて頂きました。姉上、と」
「そう。私はいつでも貴方の味方。とまでは言い切れないけど」
ふっと笑いながら伝える。
「でも、他の雑事よりは大切にしているわ。少なくとも、貴方以上に関心を持てる人には今のところ出逢っていないわね」
今世では、ね。
「貴方には私を上回る才能が沢山ある」
「それを伸ばせと?」
「いいえ?それも好きになさい。才能がないからしてはダメということもないわ。
でも、貴方は見つけないといけない。
打ち込める何かを。
こうありたいと強く願う心を。
それが、貴方にとって何よりの力となるから」
前世の私は末っ子で、兄弟から搾取されるだけの惨めな存在だった。
いつも小屋の隅で震え、みんなと同じタイミングで食事を摂ろうとすると威嚇され。
残った僅かばかりの餌を貪る日々を送っていた。
だから、私は間違えない。
「私は…僕は、姉上の力になりたいです」
「私の?」
「はい。今は役に立てませんが、必ず力をつけ、お役に立ってみせます。
だから、見守っていてくれませんか?」
やはり正解だった。
あの時、私が欲しかったもの。
それをくれるなら、私は何にでもなれたもの。
「いいわ。見せてみなさい。貴方の想いを」
「はっ!私の剣は、姉上の為に」
騎士が叙任される時、陛下へ行う口上と所作。
それをシュナウザーが行う。
私は小さな騎士を手に入れた。




