帝立学園
この大陸では成人年齢が十五歳と、大人になるまでに前世の寿命を超える期間が必要なの。
大人になるって何なのかな?
前世では、子供が産めたら大人だった。
人間の基準は年齢だけなのかしら?
それとも十五歳を迎えたら、何か劇的な変化が起こるの?
よくわからない。
そんな私は十二歳になっていた。
その成人を迎えるまで後三年。
そして十二歳とは、帝国民のそのほとんどが学園に通う年齢なの。
今日がその学園の入学式。
これから色々と学ぶらしいけど、お母様曰く、私は既に学んだことばかりらしいわ。
「何しに行くのかしら?」
聞いてみると。
『殿下だと、同年代の御学友との関係性を学ぶ為では?』
『アメリアにも、息抜きの時期は必要だよ』
『アメリア。流行りから取り残されない為にも、皆様と仲良く過ごし、友人を多く作りなさい』
剣聖と両親はそれぞれに答えてくれたけど、基本は友達作りなのね……
「アメリア様。時間になりました」
「今、出るわ」
お付きの侍女が登校時間を告げる。
「ま、目的が果たせるとは思わないけど。期待せずに行くとしましょうか」
あまり期待せず、私は初めての学園へと向かった。
「帝都の帝立学園へようこそ。
このロカディリアス帝国では、国内中に学園があり、ほぼ全ての国民が学ぶことを許されています。
それ程に国民の学力を重視しているのは大陸東部でこの帝国のみ。
その様な素晴らしい環境にいる私達は、皇帝陛下並びに皇室の方々に感謝の気持ちを持って学ばなくてはなりません」
初めての教室へ入ると、担任の教師が学園の成り立ちを説明し始めた。
私にとっては当たり前の知識。
これが後三年も続くのね……
「このクラスには幸運なことに皇女殿下がおられます。皇室の方々のご入学は凡そ十五年ぶり。
この貴重な機会に、色々と学んでください。
三年間というあっという間に過ぎる期間ではありますが、皆さんとご一緒出来ることを皇帝陛下に感謝し、挨拶と代えさせてもらいます」
建前は平等の精神。
でも、恐らく私は最初から特別視される。
この教師も私がお父様やお母様へ報告することを期待しているのでしょうね。
わかりやすい……
作法で習った貴族とのやり取り。また他国の首脳とのやり取り。
それに比べたら分かりやすいことこの上ない。
やはり、ここで学ぶことはなさそう。
私に暇はなく、時間の余裕もない。
早く強く、そして有能な手駒を。
「まあ!流石アメリア様にごさいますわぁ」
刺繍にバイオリン、新しいファッション。
私のしたことを褒められ続けている。
かれこれ休憩時間の度に……
流石に疲れたわ……
「アメリア様の素晴らしいところはそれだけではなくてよ?」
「あら。ステファニー様。何かご存知ですの?」
「忘れたのですか?アメリア様はかの剣聖様と互角に剣をあわせられておられたではないですか」
ああ。誕生会の時の話ね。
それにしても、褒めるのは良いけどよく私を放って話し続けられるわよね。
その辺りの機敏はまだまだ備わっていない、と。
「そうでしたわ!男性の方々も注目しておられました。
恐らくこのクラスの男性もアメリア様とお話ししたいに違いありません」
「ええ。ですが、アメリア様は帝国唯一の皇女殿下。中々話しかけづらいのでしょう」
「アメリア様。その美しさだけでなく、その強さを彼等にお教えしては如何でしょうか?」
何を言っているんだか……
「入学初日ということで緊張しているのは分かります」
私はついに口を開いた。
「そうですわ。ですので、私がお伝えしてきましょう。『アメリア様がお話しになっても構わない』と」
全員勘違いしている。
「ですので、今日は大目に見ましたが、次はありません」
「えっ…アメリア様。流石でございますわ。挨拶にも来ない男性をお許しになるなんて」
使えない人達。
それどころか、邪魔ばかりしてくる。
「貴女達。誰に話しかけているのか、わかっていますか?」
その瞬間、周りの少女達は漸く理解した。
顔を青くし、プルプルと震え出す。
「さあ。答えてくださいまし」
「あ、あ、あ…」
私の目が全く笑っていなかったことを。
「さあ。席へ戻りなさい。初日ですから。ね?」
「「「は、はい。アメリア様…」」」
漸く解放されたわ。
ピーチクパーチク、小鳥みたいに。
前世なら食べてたわよ?
「はあ…こんなことで、逢えるのかしら…」
この時間に意味があるとは思えない。
ただただ貴重な時間を浪費しているだけに思ってしまう。
「…いっそのこと……いえ。それにはまだ早い。最終手段よ」
帝国を出奔し、自力でジンを見つける。
それが一番良いけど…このままだと、帝都から脱出することすら叶わないわ。
後三年鍛えても、それは無理。
騎士や衛兵からは逃げ切れる。
でも、剣聖には捕まってしまう。
「時を見計らって……ううん。やっぱり現実的じゃないわ」
剣聖から逃げ切ることも出来ない程度なら、この広い大陸でたった一人の人間を探し出すことなんて不可能。
生き延びることすら難しいわ。
やはり、どう転んでも一人じゃダメ。
信頼できる協力者が必要。
こうして、悩みながら学生生活初日を終えた。
「学園初日は楽しめたかい?」
いつもの食堂。
皇族が顔を合わせるのは決まっていつもこの場所。
それ以外では月に一度程度しか顔を合わせない。
皆、それぞれに役目があり多忙を極めているから。
今日もそんな食堂では、お父様がその日のみんなの出来事を楽しそうに聞いていた。
「どうでしょう?私としましては問題なく終えたと思います」
これで群れの統率が出来ているのだから、人間ってやっぱり変わっているわ。
「そうか。友達は出来たかな?」
「それがどういうものなのか、イマイチ分かりません。ですが、周りの方々には色々と気を配ってもらい、居心地の良いクラスでした」
全く気は使えないけど、それも口で言えばなんとか理解出来る程度だから、問題はなかったわ。
「私の従姉妹のお嬢さんもアメリアと同じクラスだったけど、わかるかしら?伯爵家のご令嬢で、とてもお淑やかで可愛らしい子ですわ」
「…ああ。恐らく、話しかけてくれた方です。とても良い子でしたわ」
有象無象の顔なんて一々覚えてないわよ……
でも、そんな話を向こうからしてきていた子がいたと思う。
良い子だったわ。
言えば、わかるね。
「皇女殿下に失礼があったらと、向こうのご両親は随分気にされていましたわ。
それは報告しておきますわね」
「はい。お母様」
こんな会話だけで、群れを統率出来ると?
お父様。残念ですが、少なくとも私を統率は出来ていません。
ボスは力を示し、同じ視線に立ってこそ理解を深められる。
同じ人間同士ですらそれが出来ていないお父様は、私にとってボスではありません。
ジンとは比べようもない。
あの人は…捨てられ、怯え、疑心暗鬼に罹っていた私に寄り添ってくれた。
何度吠えても何も言わず、優しく微笑んでくれた。
そして、私が初めて触ることを許した時、涙を流してずっと抱きしめてくれた。
仲間だと感じた。
この人も寂しかったのだと。
私の心が開くと、反対に厳しさも見せた。
好き勝手に遊ぶと怒られ、私はそこで色んな感情を覚えた。
殴られるんじゃないかという痛みに対しての恐怖。
嫌われたくないという恐怖。
でも、ジンの怒った顔にも何か別の感情を受け取った。
今でもそれが何だったのか、わからないまま。
だけど、あの人にその顔をさせてはダメだと、犬の時の私でもそう感じていた。
群れは優しさだけでは成り立たず、また恐怖だけでも成り立たない。
本気。
それを群れの者達へ示すことで、最大の敬意を得られ、また深い信頼関係が築ける。
事実、私はジンの本気を見た。
それにより心は解かされ、共依存に近い愛情を教えられ、何よりもこの人は決して私を見捨てない。そう信じさせてくれた。
お父様とお母様からは確かに愛を受け取っている。
でも、それは一方通行なの。
貴方達は私にそれを教えていない。
私からそれを自発的に渡そうとさせていない。
群れを統率する者とは、どんな場合もボス自らが示すもの。
私のことを理解出来ていない時点でボスとして失格だけど、それはあまりにも酷。
まさか自分の娘が半分犬だなんて思いもしないことを今は理解しているつもりだから。
でも、弟は違う。
貴方達は何をしているの?
少し綺麗で優秀な私にばかりかまけて。
群れのボスならしっかりしなさい。
この私にばかり愛情深いだけの両親よりも、弟の方が私に似ている部分も多く、家族の気がしてならなかった。




