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帝王学

 





「それ故に、王国が共和国に勝てた理由となるのです」


 私には習い事がいくつかある。

 近衛騎士団長から教わっている、剣とオーラ。

 侍従長から教わっている、マナー全般。

 通いの貴族夫人達から教わっている、お茶の淹れ方や裁縫、宝飾品の目利き。


 今喋っている貴族の先生から教わっているのは、この大陸でこれまでに起きた歴史や戦争などに関する雑学。

 他の貴族からは計算と文字。


 覚えなくてはならないことが山の様にあった。


 はあ…前世はただボールを追いかけて撫でられてご飯を食べて寝るだけだったのに……

 人が生きるのって大変だわ。


 そもそも帝王学ってなんなのよ……群れのボスは力を示してふんぞり返っていれば良いのよ……

 皆んな、勤勉過ぎるわ……









「どうしたの?私の顔に何かついているのかしら?」


 部屋で勉強していると、お茶を持ってきてくれたお付きの侍女が、用は終わったはずなのに立ち尽くしこちらの顔をじっと見つめていた。


「い、いえ。申し訳ございません」

「?何?何かあるなら言いなさい」


 下々の言葉を聞くのも、私達群れのボスの仕事。

 群れに不満が溜まると、下剋上なんかを画策する愚か者が時々現れるし、百害あって一利なしとも教わったわ。


「皇女殿下は本当に変わられたな、と。す、すみません!侍女風情が出過ぎた真似を!」

「それは良い意味なのでしょう?」

「は、はい!勿論に御座います!」


 不満ではなく、疑問でしたか。


「それならば、どれだけ話そうが問題ありません。ただ、噂話も程々にね」

「はい!皆が噂しております!殿下は天使様に生まれ変わったとか、帝国の宝そのものだという声も多いです!私などがその様な素晴らしいお方へ仕えさせてもらえるなど…今にも泣いてしまいそうです…」

「そ、そう。ほら、ハンカチよ。遠慮せず、使いなさい…」


 どうせ、洗うのは貴女達なのだから。


 前世では、ジンに褒められる為なら何でもやった。

 偶にやり過ぎて叱られたけど……


 今世では褒められ慣れしてしまい、嬉しさは失くなっちゃった。


 ジンに会ったら…また褒めて貰えるかな?

 そうしたら、私はまた。

 あの時の様に、天にも昇る心地に。













「うむ。益々強くなられましたな」


 この国の近衛騎士団長であり、一閃確殺流の剣聖でもあるテキサス・フォン・レイモンドは、この国の侯爵でもある。

 侯爵だからこそ、剣聖という称号を得てもまだこの国に仕えていると聞いている。

 普通は貴族籍すら捨ててしまう。

 それ程に剣聖というモノは特別視されているの。


「そう?自分ではわからないものね。それでも、貴方の足元にも及ばないわ」

「はっはっはっ!殿下。殿下はまだ十歳。その歳の者に足元を掬われているようでは、近衛騎士ましてや剣聖も務まりますまいて」

「それもそうね」


 私はまだ十歳。焦る歳ではないけど、だけどやはり早く強くなりたい。


「あの子はどう?もう指導を始めたのでしょう?」

「あの子…ああ、皇子殿下ですか。いやはや…姫様を知ってしまいましたからな。

 皇子殿下も頑張られていますよ。姫様と比べるのは酷というものですが」

「そう。やっぱり、私は凄いのね」


 別に自慢したいわけでも、天狗になったつもりもない。

 確認したかっただけ。

 だって、皆んな褒めるだけなんだもの。


 嘘か本当かは見抜けるけど、どの程度本気なのかはわからないわ。


「残念ながら、同年代の者に敵はなしと断言いたします」

「何が残念なの?」

「姫様は自分より弱い男に興味を持たれますか?無理でしょうな。

 これで婚姻が遠のけば、陛下と皇后様からお叱りを受けるのは私になりますな」


 そういう意味ね。

 なら、問題ないわ。

 私の本意は強さでも地位でもないもの。


「早く一閃確殺流を教えなさい」

「ですから、それは教えられないのです。確殺流は本山でしか教えられない掟なのです」

「融通が利かないわね…」


 私が教えてもらえるのは、剣の振り方だけ。

 それとオーラ。

 剣の技は何一つとして教えてもらえない。

 あ。確殺流以外は教えてもらえるけど。


「もう一本、お願いします」

「喜んで」


 無理なモノは無理。

 だから、私は剣を振る。


 それが一番の近道だと信じて。











「どうだ?剣は。面白いだろう?」


 銀髪の男性。

 いつもの上座へ座り、家族の顔を見回すと白髪の男の子へ問う。


「…いえ。特に」


 白髪の男の子は言葉少なく答える。

 これはいつものこと。


「アメリアはどうだ?聞くまでもないかっ!はっはっはっ」


 銀髪の男性は高らかに笑う。

 男の名前はモトリー・ナノ・テリエ・ロカディリアス。ここロカディリアス帝国の皇帝にして、私の父。


「アメリア、次の刺繍は私へ最初に見せて下さいね」

「はい。お母様」


 大国である帝国でも珍しい青色の髪を持つこの女性は、エリザベス・ウイ・テリエ・ロカディリアス。この国の皇后にして私の母。


「シュナウザー。これからも姉さんを見習い、精進するんだぞ?」

「はい。お父様」


 シュナウザーはさらに珍しい白髪の少年。

 帝国唯一の皇子。


 母は中々子宝に恵まれず、父は世継ぎを作る仕事を臣下にせがまれても、第二夫人も側室も妾も作らなかった。

 そして私が生まれ、二年後に弟が生まれた。


「シュナウザー。好き嫌いなく食べなさい」

「…はい。お姉様」


 抑揚のない返事。

 我が弟ながら不気味ね。


 それにしても、残すなんてありえないわ。

 私なんていつも足りないって感じるくらいなのに……


 別に少ないわけじゃない。

 量もあるし、同じメニューは滅多に見ない程。

 ただ、私が常人よりも動いているから少なく感じているだけ。

 でも、動かないと強くなれない。


「アメリアは凄いな。私が同じ歳の頃は弟や妹にそんなことは言えなかったよ」

「そうですわ。逆にアメリアの出来ないことを探してみましょうか?」

「はっはっはっ!それは面白そうだけど、やめておこう。自分達が恥ずかしくなるだけだろうからね」


 本当に仲の良い(つがい)

 決して仲の良い家族とは言えないけど、この二人は間違いなく愛し合っていて、それを私達姉弟へ注いでくれている。


 この環境は凄くいい。

 転生した時には選べないと聞かされていたけど、選べなくて感謝するとは思わなかったわ。


 ただ…自由は犬だった時よりも少ないけれど。












『そうか。わかった』


 この声の主は皇帝。


『如何なされますか?』


 こちらは軍務卿ね。


『処刑しろ。秘密裏に、公開させてからな』

『はっ。仰せのままに』


 お父様には二つの顔がある。

 一つは先程見せた幸せそうな父であり夫としての顔。

 もう一つは人の命の重さを理解した上で軽んじれる豪胆さと苛烈さを持った皇帝としての顔。


 コンコンッ

 ガチャ


「お茶をお持ちしました」

「そこへ置いておいて」

「かしこまりました」


 侍女に邪魔されたけど、向こうの話も丁度終わったみたいだからよしとしよう。

 それに、待ちに待ったデザートの時間よ。


 これは何物にも変えられないわっ!

 …ジンが『一口寄越せ』って言えば…凄く悩んだ末に結局食べちゃいそうだけど……


「この時間を至福というのね」


 ふうっと息を吐く。


 丁度良い加減の温度のお茶と、大きなケーキ。

 それが私の今の幸せ。


「普通、カットしたものを出すのだけど、私が足りないと言ってからは切る前のホールで出されるようになった。

 食事も…と、言いたいところだけど、お父様とお母様に心配されるからそれは無理よね」


 心配なんて要らないのに、それでも心配する。

 過保護すぎる親を持つとそれはそれで大変ね。


「先程のお父様達が話していた件は、剣の修行の帰りに私に声を掛けてきた男の処遇について。

 男は貴族だけどそれも末端で、私に近づき、私を操ることで出世の道を掴もうとしていたらしいわね。

 愛想笑いで無視していたから、話なんて聞いてなかったけど、流石お父様。

 群れの情報は抜かり無く集めていらっしゃる」


 下手なことは、やはり出来ないわね。


「テリトリーは大分伸ばせたけど、分かる人には分かるから、気をつけて使わないとね」


 そう言って、首飾りを撫でる。


「これを付けていないと城の中でオーラが使えないなんてね。だから記憶が戻る前の私は自分のオーラに気付かなかったのね」


 城にはオーラを封じるオーラツールが使われている。そして、この首飾りにはそれを無効化する効力があるとか。

 それを実感はしているけれど、オーラツールの使えない身としては、イマイチ原理がわからないのよね。


「さ。明日も朝から頑張るわよ」


 その一歩は着実にあの人へと近づいている。

 そう信じて前を向き、今日もお腹いっぱいで夢を見るの。


 ジンと追いかけっこをしている、あの夢を……

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