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アルバート対バベル 決戦 Ⅱ

 






「報告します!バベル軍、王都まで後一日の距離!」


 貴族達へ援軍を頼んだ影響により人がいなくなった玉座の間で報告を受けるのは、アルバート国王ただ一人。


「遂に姿を現しおったか…」


 アルバートが異変に気づいた時には既に辺境伯領は敵の手に落ち、ニッシュ穀倉地帯が攻め込まれた報せが時を同じくしていた。


 貴族達が城を出てから二日。

 どれだけ早くとも、最初の援軍がここへ着くのは三日後。

 それも全てではなく、王都近郊に領地を持つ貴族家のみ。

 その数は心許ないもの。


「後十日…いや。せめて、五日情報が早ければ…」


 総力戦に近い形で迎え撃てただろう。

 であれば、アルバートにも勝機があり、多くの貴族家が参戦したに違いない。


 だが、誰も待ってはくれないのだ。


「何を間違えたのか…」


 玉座の間には、国王とそれを守る為の近衛騎士の姿しか見えない。

 他の者達は逃げたわけではない。戦支度を淡々と進めているのだ。

 やれることをやる。

 そうした前向きな行動では決してないが。


 ただ、何かをしていないと、恐怖に押しつぶされてしまうからだ。


「剣術大会を…いや。あれは何十年も続いている行事。それをやめる選択はなかった…」


 王は自問自答する。

 ここにきて出来ることは少なく、代わりに一人の時間が増えていた。

 これは戴冠してから初めての空白。


 激動の王政にその身を任せてから数十年。

 過去を振り返れるほどの時間を初めて手にしたのが、まさかこんな形だったとは。


「形あるものはいつか失くなると、誰が言った言葉か……余は愚王として歴史に名を残すのか…ふっ」


 そう考えると、それも悪くないと笑みが溢れる。

 誰かの記憶に残るなら、それが悪口でも良いのではないか?

 忘れ去られるより、余程マシではないか?


 アルバート王は静かに覚悟を決めた。












「これで、全部か?」


 王都をぐるりと囲う城壁。

 バベル軍がやってくるであろう方角の城壁の上で、アルバート王は眼下の兵士達を眺める。


「はい。今集められるギリギリの数がこちらになります」


 答えたのは軍務卿。


「全部で七万五千名となります」


 名簿を見ながら答えたのは宰相。


「向こうの兵数は?」

「凡そ、十八万です」


 兵数に倍以上の開きがある。

 その事実に国王は険しい顔つきになる。


「兵糧が持てば……いや。この期に及んでたらればを言っても致し方ないな」

「胸中お察しします」


 攻撃三倍の法則。

 これはこの世界でも広く知られており、攻める側は守る側の三倍の戦力を必要とする、というものだ。


 兵数の開きは倍以上あるものの、それは三倍には満たない。

 城壁内へ篭れば、その法則が適用されるので、運用を間違えなければ守ることも十分に可能なように思える。


 が、しかし。

 備えがなかった。


 剣術大会がある為、普段の倍に膨れ上がる王都に籠る民達。そして、莫大な数の兵士たち。

 それらを籠城戦にて賄うだけの兵糧がなかった。


 それさえあれば、貴族達の援軍を待つことが出来、上手くいけば挟み撃ちさえも。


 それが国王の言う『たられば』の正体だった。


「しかし、地の利は間違いなくこちらにある。疲弊し傷付いた兵達は、堅牢な城壁内へ避難させることが出来る。

 その安心を盾に、皆が心して戦ってくれようぞ」

「そうですな。皆に周知しておきましょう」


 軍務卿はそう答えると、その場を後にした。


「さて…援軍が来てくれるまで、何とか死守せねばな」

「はい。兵糧も集めていますが、今しばらく時間が必要です」


 アルバート側には兎に角時間が必要だ。


「どうにか、開戦までの時を稼いでくれ」

「…はい。この身に代えましても」


 宰相に自信はない。

 ここまで用意周到にことを運んできた相手だ。

 時間稼ぎする隙など与えてくれないだろう。


 そう考えるも、やはり希望は捨てられなかった。


 負ければ全てを失う。

 それは家族も、仕える相手も。


 宰相は失意を胸に、やがて来る会談に備えるのであった。












「馬鹿なっ!?」


 アルバート軍は罠を張る暇もなくバベル軍の到着を許してしまう。

 時間がなかったこともあるが、些細なものであれ一度交戦してしまえば僅かばかり残されていた和睦交渉の道すら途絶えてしまう。

 その考えが故に、全てが後手に回ってしまった。


 その小さな希望である交渉もどうやら決裂してしまったようだ。


「バレドー…何が其方をそこまで…」


 バレドー辺境伯は武人として知られ、背後から不意打ちをするような男だとは誰もが思っていなかった。


 だが、現実は卑怯者。


 背を向けた見ず知らずの敵兵に向けて、隠し持っていた短剣で襲いかかったのだ。


 理由はわからない。

 わからないが……


「どれだけの弁明を重ねても…この浮き足だってしまった兵達の士気を取り戻すことは出来ない」


 何かが、会談であったのだろう。

 恐らく、身の毛もよだつ何かが。


 それでも…それでも、どうにか抑えてほしかった。


 決裂した交渉は取り戻せないにしても、これから決戦を迎える王国軍の士気だけは、下げたくなかった。


 アルバート王は負け以上の何かを悟らされてしまう。


「…陛下。申し訳ありません」


 そんな失意のアルバート王の元へ、憔悴しきった宰相が戻ってきた。


「元々負け戦よ。それは構わん。が…これは戦いにすらならんぞ?」

「…はい」

「何が起こったのだ?」


 国の為に死ぬ覚悟など、戴冠時には既に出来ていた。

 それでも。

 どんな卑劣な手に引っ掛かったのか。

 それくらいは知っておきたかった。


「はい…実は・・・・・」


 宰相は会談での出来事を事細かく伝えた。


「仇討ち…わからんでもないが…もう少し理性のある男だと思っておったわ」

「あの機会を逃せば、あの者と相見えることは叶わないと悟ったのでしょう。

 しかし、王国貴族としては有るまじき行為。

 遺体を放置したのはその為です」


 バレドー辺境伯の遺体は、現在も両軍の向かい合う中央に遺棄されている。

 その遺体を見る目は両軍で全く異なるもの。


 バベル軍はそれを指差しながら笑っており、アルバート軍はチラチラと視線をやるがヒソヒソと会話をしているのみ。


「陛下。如何されますか?」

「どうするか…数も士気も戦勝の利すらも劣るが、簡単に明け渡す気もない。

 援軍が来るまで守る。それだけよ」


 軍務卿の言葉に、アルバート王は自身へ言い聞かせるように言葉を紡いだ。


 援軍は果たして来るのか?


 軍務卿はそう思うも、口には決して出さない。

 負ければ死ぬのは自分も同じなのだから。


 七万対二十万。

 数は圧倒されている。

 更には背後に守らなければならない王都まである。


 王都民を徴兵すればいいのではというのは、少し感覚が違う。

 この時代の民はただ守られる存在なのだ。

 徴兵はあくまでも志願。

 急を要する今回ですら、王都民二十万以上の中から一万を徴兵出来たに過ぎないのだ。


 それでも5%。急な戦争の中、これだけが志願したことは歴史に残るだろう。

 それだけ、アルバート王家が民から支持を得ていたということになる。


 開戦の太鼓が敵陣から響き渡る。


 遂に、アルバートバベル決戦の火蓋は切って落とされたのだ。

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