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アルバート対バベル 決戦

 






「きゃあっ!?」


 その日、バベル王国王都王城は朝から騒がしかった。


「どうしたっ!?」


 侍女の叫び声を聞き、近衛騎士が駆け寄る。

 そこは朝の掃除道具が仕舞われている倉庫。その入り口前の廊下にその姿はあった。

 口元を押さえて立ち尽くしていた侍女を押し退けて倉庫の中を覗くと。


「っ!?殿下っ!?急ぎ上級医師を!」

「い、いまは…戦争に従軍しており、中級医師しか城に常駐しておりません!」

「じゃあその者を連れて参れ!急げ!」


 倒れていたのはクリストフェル・フォン・バベル。バベル王国の第一王子であり、留守を預かる城内最高責任者。


「息をしていない…一体…何が…」


 王子は既に冷たくなっており、助かる見込みはなかった。


「どうした?なんの騒ぎだ」

「アドルフ殿下…実は…」

「兄上…?兄上っ!?」


 現在城には二人の王子が滞在している。

 普段は赴任地に住んでいる二人だが、今は戦時中。すぐにでも対応するべく、国王の代わりを務めているのだ。


 アドルフ王子は変わり果てた兄の姿を見つけると取り乱し、騎士に引き離されるまでその亡骸にしがみついていた。










 ◇◆◇


「そうか。兄上は上手くやったか」


 穀倉地帯の町に二日滞在した後、決戦が行われる予定地へ向けて出立したフレデリック王子。

 目的地まで後一時間の距離に着たところで王城に残していた部下からの報告を受け取る。


『クリストフェル王子死亡。死因不明』と。


「城に常駐していた上級医師達は全員後方任務に当たっている。

 あの毒を見抜ける可能性があったのはその上級医師のみ。

 やはり、今城にいる者達では何も掴めなかったようだな」

「はい。全ては殿下の計画通りにございます」


 フレデリック王子は変人奇人として有名だが、人心掌握の術にも長けている。

 自身の最大の欲である性欲を隠すことがないのは、周りから侮られる為でもあった。


 そして、この部下も既に掌握されている。

 フレデリック王子についていけば、欲しいものが手に入る。

 そう餌付けされているのだ。


 エスキルにしてもそう。

 戦う場を提供できるのは、バベル王国でフレデリック王子だけ。


 三人の死神にしてもそう。

 これまではただその牙を磨き続け国に飼われていただけの三人だが、培った技術を発揮すること、また影に徹して護ることの楽しさをフレデリック王子から与えられたのだ。


 さらに言えば、兵士達もそう。

 これまでは給金の為だけに働いてきたが、フレデリック王子はそれ以外も与えてくれる。

 それは先日までの酒池肉林で痛いほど実感させられていた。


 そして、兵としてやり甲斐のある戦場。

 そしてそこでの活躍。

 故郷で待つ家族にいい土産話まで出来る。


 ここにフレデリック王子を侮る者はいても、邪険に思う者はいない。

 味方はいなくとも、敵対する者は一人もいなくなった。











「ふむ。ここにもいない、か。情報通りではあるが……手応えのない相手だな」


 アルバート軍が布陣している可能性がある場所はいくつか予想していた。

 だが、その何処にもその姿は見られず、フレデリック王子は相手が後手に回っていることを、敵ながら不憫に思った。


(誰も戦争を知らんと見受けた。もしくは、アルバート王国の上層部が腐っているか、腑抜けているか)


「殿下。如何致しますか?」


 声をかけてきたのは次に指揮権を持つ第一将軍フレデリク・フォン・マシューザ。


「向こうが有利に立てる戦場はここが最後。後は王都前だが、それは悪手だ。

 あの丘を取ってしまえば、国取りが終わったも同然。

 今日はあの丘で休み、兵達に王都決戦までの英気を養わせろ」

「はっ」


 辺境伯領から王都までの道のり。

 その中で高低差などの地理条件が片方だけに有利に働く場所は限られている。

 この小高い丘がある名もなき高原もその一つだった。


 それを逃せば、後は王都まで条件の変わらない場所が続くのみ。


 そこから考えると、アルバート王国軍が展開しているのは、王都近郊となるのだ。


「斥候の情報通りだったか。策も罠もない。こちらが時間を奪ったとはいえ、情け無いものよな」


 情報統制。

 辺境伯領から早馬を出されないように、その全てを封鎖した。

 それによりバベル側には時間的余裕が出来、対するアルバート側は知らぬ間に首元に食いつかれている状況となった。


 それでも。

 バベル王国と変わらぬ規模の国力を誇る国である。

 一人二人の鬼才天才はいてもおかしくなかった。

 そうであれば、時間がなくとももっと手前にアルバート王国軍の姿はあり、決戦の火蓋は既に切って落とされていたはず。

 そうなっていたとして、負ける気はなかったが、アルバート軍は撤退戦を敢行し、その道中には大量の罠や策を張り巡らされていたことだろう。

 そうなった時の消耗は莫大。

 勝った後は疲弊し切った軍は機能せず、統治にも時間が掛かる目算だったのだ。


 それがなくなった今、やるべきことはただ一つに絞られる。


「後は…踏み躙るのみ」


 フレデリック王子は笑みを浮かべ、丘の上へとゆっくりと向かった。













「使者が来ました」


 翌日の昼に、バベル王国軍はアルバート王国王都前へ辿り着いた。

 そこでは案の定敵軍が並んでおり、暫しの膠着状態が続いていた。


「ふむ。よかろう。エスキル、其方が同伴しろ」

「僕ですか!?…マシューザ将軍の方が良いと思いますよ?」

「交渉に応じる気はない。ならば、俺の身を守れる其方が適任となる」


 アルバートの使者が求めたのは、この軍の最高責任者との対話。

 内容まではわらないが、何を言われても引く気はなかった。


「行くぞ」

「はいはい…なんで…僕が…」


 先を歩くフレデリック王子の背を、エスキルはトボトボと着いていくのであった。







「なるほど。東の地を譲ると?」


 アルバート王国の西は海が広がっており、バベル王国があるのは反対の東側。

 アルバートの使者は宰相とバレドー辺境伯。

 そのバレドー辺境伯が自身の領地を差し出すと申し出たのだ。


「はい。他には、今までに掛かった戦費も補償しましょう。されど、穀倉地帯は譲れません」

「ふむ。あそこがなくては、自国民を養えんからな」


 辺境伯領と王都の間。そこにある穀倉地帯を手放すことは、それ即ちアルバート王国の崩壊と同義。

 手放すくらいなら死を覚悟して戦うと、二人の使者はアルバート王国の運命を託されていた。


「左様です」

「ふむ…どうしたものか…」


 バベル王国軍の最高責任者であるフレデリック王子は悩んでいる。

 好機なのかと期待する宰相と、黙ったままのバレドー辺境伯。

 フレデリック王子が口を開く前に、そのバレドー辺境伯が重い口を開けた。


「ところで…息子は…バレドー辺境領はどうなっておるのでしょうか?」

「ん?ああ…あそこか。あそこの領主代理は戦死した。此奴が殺した。そうだったな?」


 自分は関係ないとボーッと突っ立っていたエスキルは、まさか話を振られるとは思ってもおらず、あたふたした姿を見せた。


「えっ?あ。はい。強そうだったので、つい」

「…武人として、死んだのだな」


 バレドー辺境伯の気掛かりは留守を任せた息子とその領地。

 領地は既に敵の手に落ちており、心配したところで最早なるようにしかならない。

 不幸中の幸いといえばいいのか、息子は武人として死ぬことが出来たようだ。


 後はこの交渉次第。

 それによっては、父であるバレドー辺境伯も武人として死ぬ覚悟を既に決めていた。


「え?それは…どうだろう?なんか守ってばかりだったから、槍を持つ邪魔な指を切り落として、最後は生意気そうな目をくり抜いたら……そしたらね?ぷぷっ。見えないもんだから、仲間に槍を突き刺しちゃってね!もう見ていられないからそこで首を刎ねたんだ」

「…………」


 バレドー辺境伯は言葉が出てこない。

 逆にフレデリック王子はエスキルを見直す。

 自身が与えようとした地獄よりは生温いが、それでも簡単に殺さなかったことを心の中で褒めた。


「宰相だったな?」

「え…あ、はい」


 問題は個人の話ではない。

 それでもあまりにも常軌を逸した語り方に、宰相は思考が混乱してしまう。


「悪いが、我らが求めるのはアルバートの全てだ。交渉は決裂だ。直ぐにでも開戦する旨、戻ってそう報告しておけ」


 これはあくまでもアルバート王国へ絶望を与える為の演出でしかない。

 期待させるだけ期待を持たせ、それを踏み躙る。


 余興として会談を終えたフレデリック王子は、満足そうに頷いて席を立った。


 ここは両軍が睨む戦地の中央に置かれた椅子とテーブル。

 この会談は両軍から丸見えなのだ。


 その椅子から立ち上がると、使者である二人に背を向けながら、フレデリック王子は去っていく。


「じゃ、僕も」


 面倒な話し合いは終わったとばかりに、嬉々としてその後を追おうとするエスキル。


「しねぇっ!!」


 その背後から怨嗟の声を上げ、バレドー辺境伯が隠し持っていた短刀を抜き、エスキルへ向けて突進する。


「おっと…」


 それをすんでのところでエスキルは躱す。

 その行動に驚きを見せたのはエスキルでもフレデリック王子でもなく、会談を見守っていた両軍であった。


「バレドー卿!」

「止めてくださるなっ!此奴は…此奴だけは…!死ねいっ!」


 宰相が止めるために声を張り上げるが、それは無意味に終わる。

 両側とも会談に武器は持ち込めない。


 屈強な辺境伯代理を倒した相手だとしても、丸腰なら。

 バレドー辺境伯がそう考えたのか定かではないが、現実としてはそう思われて当然。


 会談で何が話し合われたのかは不明だが、両軍の誰もがバレドー辺境伯を卑怯者だと思ってしまっていた。


「年寄りと弱者を甚振る趣味はないんだよね。じゃあね」

「あがっ!?」


 腰溜めに構えて突進するバレドー辺境伯。

 一瞬の内に前へ飛び出したエスキルの飛び膝蹴りにより、辺境伯の首はあらぬ方向へ曲がってしまう。


「エスキル、戯れはそこまでにしておけ。戻るぞ。宰相。亡骸は捨てていけ。持って帰っても心象は悪くなる一方だ」

「はーい」

「………」


 フレデリック王子はこれ以上バベル側が有利に立つことを嫌った。

 勝ち目が完全になくなると、地獄を見せることなく戦争が終わってしまうからだ。


 だから、バレドー辺境伯の遺体をどうするべきか悩んでいた宰相へ助言した。


 これが開戦前、最後の余興(さわぎ)となった。

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