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アルバート対バベル Ⅳ

 






「報告!ニッシュ穀倉地帯へ、先遣隊が到着しました。異常なしとのこと!」


 フレデリック王子は、自身の第一目的であるキャサリン元王女の身柄を確認することなく、留まる部隊へ命令を残して翌朝には出立していた。


 元辺境伯領から行軍四日目にして、現在バベル軍がいる位置は辺境と王都の中間地点。


「馬鹿な奴らめ。我らバベル軍が辺境伯領を落とし、ここへ至るまでの町や村までも手中に収めていることにも気付かんとは。

 我々はアルバート王国を高く見積もっていたようだな」


 フレデリックの側で一緒に報告を聞き届けていたバベル王は、これまでの慎重さを馬鹿馬鹿しかったと笑う。


「父上。バレていないからこその今ですぞ。その為に策を弄したのですからな」


 馬鹿正直に国境から向かっていたら、辺境伯領に辿り着くことすら叶わなかっただろうと、フレデリック王子は過去を振り返る。


 初めに辺境伯領領都の裏を抑えたことにより、領軍は領都へと釘付けとなった。

 たかが二千五百名の軍隊。領軍二万で迎え撃てば蹴散らすことは容易い。

 されど、打って出るかどうかを決めるまでには時間が掛かる。


 何せ、たかが2,500。緊急を要する事態ではないのだから。


 領軍を領都へ釘付けに出来たことで、二十万という数を生かすことが可能な広い領都まで無傷で進軍出来たのだ。


 あの狭い国境で領軍と当たっていたら、数の利はほぼ無くなる。

 馬車がギリギリ通ることが出来る程度の道幅では、王都からの援軍が来る前に二万の領軍を蹴散らすことは極めて難しかった。

 それは歴史が証明している。


 この行軍も同じだと、フレデリック王子は考えている。

 アルバート王国本営にこちらの動きがバレるにしても、それは現在以降が望ましい。

 ここより先でバレることは防ぎようもないし、それは徒労に終わるだろうとも考えていた。


「本日はここで休みを取ります。明日からが本当の開戦となるでしょう」

「…ここで、か?」


 現在バベル軍が目指しているのはアルバート王国が誇る大穀倉地帯。

 そこへ近づくにつれ平坦な道が続き、大軍を隠すことは極めて難しくなる。


「はい。今日は森の中での野営。なに。身を隠すのは今日で最後。明日からは堂々と進軍してやりましょうぞ」

「…わかった。余は先に休む。ではな」


 バベル王を見届けると、フレデリック王子は本部として機能している大テントへと向かった。










「陛下…本当に、実行するのですな?」


 王の腹心の部下であるバベル王国筆頭宰相。

 今では真っ白になった頭を低くして、テント内でバベル王へと最終確認を行なっていた。


「うむ。奴は、手柄を立て過ぎてしまった。我が国は軍国ではないものの、軍の力が強い国だ。

 最早、フレデリックを王太子にしないわけにもいかない。

 されど、そうなれば…国は……

 よいか?必ず仕留めるのだ」


 戦争もここまで来れば、後は力と力の勝負になる。

 穀倉地帯を手にした後、待っているのは両国の総力戦。


 であれば、フレデリック王子は用済みとなる。

 そう考えたバベル王は、国の為にも息子を殺すことを決意した。


「はっ。もしもの時のために、死神三人衆を呼んでおります。

 必ずや成功することでしょう」


 宰相の言葉に、バベル王は深く頷いて応えた。


 平地とはいえ、ここは森深い場所。


 魔獣が出ることもあるだろうし、何よりもアルバート()国内である。

 何があっても不思議ではないのだ。


 元々薄暗かった森に、夜の帳が下り始めた。















「そうか。父上が暗殺されたか」


 部下から報告を受けたのは明朝。

 深夜から明け方にかけて、国王とその御付きであった筆頭宰相が何者かに殺された。


 その報せを受け、フレデリック王子は俯いて黙礼した。


「良いか!皆の者!陛下の願いはただ一つ!アルバートをその手中に収めることだった!

 しかし、陛下は道半ばで、憎きアルバートの闇討という卑怯極まりない凶刃に倒れてしまったのだ。

 剣を持て!そして、バベルの志を持て!

 敵は王弟領!目指すはニッシュ穀倉地帯!

 武器を持たない者は無視して構わん!

 但し!女は逃すな!

 それが褒美だ!

 出陣!」


 フレデリック王子の激励が終わると、兵士は獣へと変わり、森から飛び出していった。


「ギルス、マルス、アルス」


 周りから人がいなくなったことを確認して、三つの名を呼んだ。


「「「ここに」」」


 音も気配もなく現れたのは、黒髪の男性二人に白髪の女性が一人。

 全員若く見え、初老のようにも見えた。


「よくやった。次の命令を待て」

「「「はっ」」」


 そう応えると、三人の姿は消えた。


「フレデリック王子」


 三人が消えると、次に現れたのは黒髪と白髪が左右に別れた青年。

 歳の頃は20半ばくらいか。


「エスキル…か。何用だ?お前の顔を今は見たくないのだが?」

「そう言わないで下さいよ。さっきの三人が、噂の死神達ですか?」


 エスキル・フォン・レイフ。またの名を王国最強の騎士。

 その名を知らぬ者がバベル王国にいないと言われる程の著名人だ。


「そうだ。それより、貴様…申し訳ないと思っておるのかっ!?」

「っ!思っていますって!でも、仕方ないですよ。アレほどの武人はそうはいませんからね」


 先の戦闘で、辺境伯代理であるアルディオス・ガレナ・バレドーを討ったのはエスキルだった。

 本人曰く、美味しそうな獲物を前にして、抑えられなかったとか。


「貴様が有象無象の存在であれば、極刑に処していたものを……

 次の決戦で手柄を立てねば、死罪は免れないと肝に銘じておけ」

「おお…怖っ。わかりました。必ずや、殿下の希望に沿って見せます」

「ふんっ」


 フレデリック王子は嫌な顔を隠すことなくエスキルをあしらうのであった。















「うむ。壮観である」


 王弟の治めるニッシュ穀倉地帯は穏やかな町。

 されど王弟が治める程に重要な町である為、比較的大きな町でもある。


 その町は現在、阿鼻叫喚の地獄と化していた。

 それを領主館から眺めるのはフレデリック王子。


 町ではあちこちで宴が開催されている。

 穀倉地帯故、食べ物も豊富。

 町が豊かであるということは、そこで暮らす者達も豊かであるということ。


 女性は皆肉付きが良く、健康的な美を兼ねていた。


 そんな女性達は、町の至る所で兵士の慰め者になっていた。


 男達は奴隷身分として辺境伯領へ向かわされ、女達は全裸で給仕させられている。子供達が人質に取られているのだから、自害することも許されない。


 ここには現実として地獄が存在していた。


「殿下は行かないのですか?」


 町では至る所で宴会が行われている。

 この機会に指を咥えている男があんな噂は流されないと、エスキルは疑問を素直に伝えた。


「行かぬ」

「左様で」


 お前も行っていないではないか。

 そう思うも、首を振って考えを改める。

(コイツは剣にしか興味がないのだ。理解できぬが、我のことも誰にも理解出来ないのだから同じか)


「ギルス、マルス、アルス」

「「「ここに」」」


 既に掌握しているバベル王国の暗部を呼びつける。

 エスキルにはもうバレているのだから、隠す必要はないと考えたのだろう。


「お前達三人に命じる。其々に1,000名の部隊を預ける。それを使い、アルバート王国王都へ通じる主要街道を押さえよ。

 そこを通る敵軍がいたら足止めせよ。

 また、貴族は必ず殺せ。

 決して玉砕は望まない。が、それ以外であれば方法も問わない。

 いいな?」

「「「御意」」」


 バベル王国の死神と謳われる三人。

 利用価値は高く、使い捨てるには勿体無い。


 故に、能力を信頼して危険地帯へ送り込むが、死ぬ程の危険を犯すことは許さなかった。


「これで、王都は孤立無縁。現在は剣術大会を行っており、国内に散らばる貴族軍の指揮権を持つ貴族達はその王都にいる。

 恐らく、この町から早馬が出ただろうが、それがアルバートの王都へ着く頃には全てが手遅れとなっているはずだ」

「色々考えているんですねぇ」

「…お前は次の決戦で命を賭けるのだぞ?」


 他人事。

 そうにしか聞こえない言葉を聞き、改めて仕事をするように伝えた。


「言われなくとも。僕の楽しみはそれなんですから。ああ…くるかなぁ…剣聖…」

「剣聖アルバートか。其方がいるのはその為でもあるからな。頼んだぞ」


 フレデリック王子から見ても、エスキルは変わり者。

 騎士になっていなければただのお尋ね者だっただろうと考えるくらいには。


 決戦での、フレデリック王子の最大の懸念は、剣聖アルバートが出陣してくることだ。

 数で勝り、士気でも勝り、勢いでも勝るが。

 そうした戦況を覆すのはいつの時代も理不尽な強さを持つ個であることも分かっている。


 フレデリック王子にとっては良い誤算であり、戦闘狂エスキルにとっては悪い誤算が生じる。


 現在、アルバート王国に剣聖はいないのであった。

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