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アルバート対バベル Ⅲ

 





「おお…壮観であるな…」


 バベル王は息を呑んだ。

 その視線の先には、これでもかと兵が並んでいる。

 そしてここからは見えないが、立ち並ぶ家屋の中にはぎゅうぎゅう詰めに物資が入っているとバベル王は報告を受けていた。


「父上。我らはここからゆっくりと進軍します。国境を越えるタイミングは三日後。

 本日はここで野営しますぞ」

「わかっておる。其方は…程々に、な。明日もあるのだぞ?」

「わかっておりますぞ。何せ、私が立てた策ですからな」


 バベル王はここでも不乱な視線を浴びせた。

 それを受けたフレデリック王子は不気味なほどにこやかな視線を返したのであった。

 こうして、接収した村での一夜は過ぎていった。












「報告します」


 ゆっくり歩く程度の進軍速度。

 それでも確実に歩を進めていた。


 現在は国境まで一時間を切ったところ。

 そろそろかとフレデリック王子が考えていたところ、予想通りの報せが舞い降りてきた。


「二日前、山を越えた部隊はアルバート王国へ入りました」

「予定通りであるな」


 報せたのはボロボロの兵士。

 身体は泥に塗れ、今にも倒れそうなほどふらついている。


「この者に褒美と休息を取らせる。全体、小休止だ」

「はっ」


 騎士が応え、それは全軍に広がる。


「其方へのとりあえずの褒美だが…そうだな。コイツをやろう」

「へ?」


 さっきまでふらついていた兵士は、驚きのあまり空いた口が塞がらない模様。


「なんだ?気に入らんか?」

「め、滅相も…」


 フレデリック王子から差し出されたのは、目に生気のない美女。

 馬車の中で王子から辱めと苦痛を受けていた女性だ。


「なに。気にするでない。そこの茂みにて抱いてこい」

「は、はい!有難き幸せ!」


 フレデリック王子が散々使い倒した女性を連れ、先程まで死にかけていた兵士は気力を取り戻して茂みへと消えていった。


「人を操ることの簡単さたるや」


 フレデリック王子は独り言を呟く。

 王子の周囲に人はいなく、逆に視線は集めている。


 戦場に女性は少なく、兵士達の滾りは高まる一方。その状況であの褒美。


 功績を上げれば褒美は格別。

 その噂が全軍へ行き渡るまでに、時間はそれ程掛からなかった。











「見えたぞ…遂に…アルバート…」


 フレデリック王子の横に並び、そう呟いたのはバベル国王。

 手綱を握るその手は震えている。


「父上。ここはまだ辺境。その武者震いは決戦まで取っておいてください」

「…わかっておる。しかし…悲願なのだ。父からも…祖父からも『いつか』と、夢に見るほど聞かされてきた。

 王国の悲願、其方に託したぞ」


 ここから見える国境は閑散としている。

 元々商人の行き来も少ない国境だ。


「見えましたぞ」

「おお…合図だな?」

「左様です。別動隊が辺境伯領領都の裏を取ったのです」


 二人が眺めているのは国境よりさらに先。

 薄らと遠目に見えるのは2本の狼煙だった。


「これより我ら全力で突き進む!そこに策はない!兎に角駆け、誰よりも早く領都へ駆けつけるのだ!一等には領都一番の女をくれてやろう!

 全軍出撃!」

「「「「おおおおおおおっ!!」」」」


 フレデリック王子の言葉を受け、全軍が雄叫びと共に走り始める。

 人が二、三人並んでやっと通れる程に狭い国境から、ウジャウジャと現れ始めたバベル軍は、瞬く間にアルバート側の国境警備隊を飲み込み、勢いそのままに領都へと向かって進んだ。


 アルバート側の国境守備隊に援軍は来ない。

 何故なら、領都では睨み合いが続いているのだから。










「どうするのだ?出てくるまで待つか?」


 バベル王とフレデリック王子はゆっくりと進んでいた。

 二人が辺境伯領領都へと辿り着いた時には、既にバベル軍の包囲は完了していた。


「父上…少し任せてくださらんか?大将が浮き足立っていては士気に関わりますぞ?」

「す、すまん。そうだな。余は黙って見守っていよう」


 元々気の短いフレデリック王子だが、今失敗は許されない。

 その為我慢に我慢を重ねてきたが、遂にバベル王を鬱陶しく遇らう。


「報告です」

「申せ」


 その二人の元へ駆け寄ったのは、別動隊の誰か。

 馬上のフレデリック王子がその声に応える。


「誰一人、領都から出てきてはおりません。狼煙などの遠距離連絡の兆候も見られず」

「わかった」


 一番重要にして、唯一の報告。

 これでアルバートの援軍は来ない。


「工兵を集め、作業に取り掛かれ」

「はっ」


 それを聞き、フレデリック王子は作戦の続行を指示した。


「この領都は堅牢。故に、堅牢な城壁さえ破って仕舞えば後は容易い」

「…うむ」


 独り言か判断しかねるも、手持ち無沙汰を解消する為にバベル王は相槌を打った。

 その相槌に視線だけ向けたが、無視をするフレデリック王子。


 この領都はいつか来るだろう決戦に備え、堅牢に造られている。

 しかし、それは兵士や物資を補完するという役割であり、その堅牢さは物資を守る為であり、多くの兵が居住する為のもので、外敵へ対応する為のものではないのだ。


 ここの国境は狭い。

 攻められてもそこが自然の要塞となり、敵が国境を越えることは想定されていないのだ。


「準備完了しました」

「では、四方向から同時にかかれ」

「はっ」


 工兵により組み立てられたのは、城壁を越える為のものではなく、城壁を壊す兵器だった。


「バトルツールは使わんのか?あれならあんなものなくとも壊せそうだが…」

「…はあ。父上。知っての通り、重要な城壁の壁面には、オーラを無効化する専用の塗料が塗布されています」


(そもそも、オーラは万能ではござらん。碌に使えない者に限って、物事を過大評価するきらいがある。アレは、使い手次第ではあるが、威力も大したことはないのだ)


 爆発系か質量系のバトルツールを使えれば、城壁を壊すことは不可能ではない。

 それには威力を減衰させない為にある程度近寄る必要はあるが、使用者を盾で守るだけでその問題は片付く。


「知っているが、それは高価なものだぞ?城でもない街を守る為のただの城壁にそれを塗ると思うのか?」

「五分五分ですな。ですが、それを試す必要はありません。その為の人海戦術ですから」


 作戦が無駄に終われば、士気が下がる。

 この戦において、フレデリック王子が最も重要視しているのがその士気だった。


 他国を占領するにはどうしても時間がかかる。

 その間、兵達の士気を維持することの難しさを、フレデリック王子は歴史書から学んでいたのだ。


(これだけの人数を越境させたのだ。ここを落とすことは何をしても容易い。父王が言った方法でも可能かもしれんが、失敗は士気を下げる)


 全てを完璧に熟す。その先にだけ悲願は達成されると、フレデリック王子は信じていた。


 というよりも……


(我を愚弄したのだ…完膚なきまでに叩きのめしてくれようぞ…)


 バトルツールに頼った分かりづらい惨劇よりも、阿鼻叫喚の地獄絵図をこの国で完成させるつもりだ。

 その恨みはどれほどのものなのか。


「父上、壁が崩れましたぞ」

「ああ…そうだな」


 たった三時間。


 国境を越え、アルバート王国の土を踏んでから僅か三時間で、辺境伯領領都の城壁は崩された。


 バベル王国が集めた兵は二十万。

 対する辺境伯軍は二万。

 籠城戦であれば、数日は耐えられただろう。


 けれど、敵であるバベル王国軍は気付けばそこにいたのだ。

 籠城戦へ入る前に、その壁は崩されてしまった。


 おおおおぉ……


 怒号を上げ、バベルの兵士達が領都へと雪崩れ込んでいく。


「何もしなくて良いのか?」

「構いません。数で圧倒しているのです。策を弄せばその時間が無駄になり、向こうに勝機を与える隙となるでしょう」


 バベル王は淡々と述べるフレデリック王子の顔を見つめる。


(普段からこうであれば…)


 そう願わずにはいられなかった。


「落ちたな」

「戦とは、呆気ないものです」


 二人が馬上のまま見つめるその先、城壁の四隅にはバベル国の国旗が掲げられた。


「…行かんのか?」

「行きません。必要がないので」


 辺境伯領はバベル王国の手に落ちた。

 ならば新たな支配者として、その街へ入ることは必然に思う国王だったが、フレデリック王子の考えは違う様子。


「報告します。敵軍残党の武装は解除。現在指揮権を持つ辺境伯代理アルディオス・ガレナ・バレドーは死亡」


 伝令兵の言葉を聞き、静観の構えを見せていたフレデリック王子に変化が訪れる。


「なんだと…今、なんと申した!?」

「ひぃっ!?」


 馬上から剣を抜き、それを伝令兵へと向けた。


「へ、んきょうはく、代理のアルディオス…戦死…です…」

「誰だ?誰が我の命令を破った?」


 フレデリック王子がこの戦争で望んだもの。

 その一つがアルディオスの身柄だった。


「ぃえ…私が突入して、戦況を把握した時には既に…」

「続きを申せ」


 コイツに聞いても無駄だ。

 そう悟ったフレデリック王子は、報告の続きを促す。


「代理妻であるキャサリンは捕らえ、今は地下牢に幽閉しております。

 その他の貴族達は、現在順次処刑しております」

「なんだと?」


 今度はバベル王が声を上げた。


「どういうことだ?貴族は人質としての価値は高く、戦後の統治にも『父上、口出し無用との約束ですぞ』……そうだな」


 自分の力ではここにすら辿り着けていない。

 この後は国取りなのだ。

 バベル王は思い直し、全てをフレデリック王子へと委ねた。


「次に王国軍の被害について。負傷者四百二十五名、死者十一名、規律違反者十八名です」

「戦死者は手厚く葬り、傷病兵には適切な治療を施せ。そして、規律違反者はすべからず処刑せよ」

「はっ」


 ここでもバベル王は口を出しそうになる。

 それでも、それを飲み込めたのは悲願のためか。


「予定通り、二個中隊を街へ残し、我々はここで野営をし、翌朝に出立する」

「はっ!」


 伝令兵がその旨を報せる為に走り去っていく。


「街に泊まらない理由を聞いても良いか?」

「…まあ、良いでしょう」


 口を挟まないかわりに説明してくれと伝え、王子も渋々了承した。


「あの規模の街であれば、娯楽施設もあるでしょうな」

「…恐らくな」


 常備兵で二万を維持していられる街だ。

 飲食店も豊富で、歓楽街も賑わっていることだろう。

 こんな時でなければな。

 バベル王はそう想像した。


「一度緊張の糸が切れてしまうと、士気はなかなか戻りません。

 兵士を遊ばせるのは、アルバート王国を滅ぼしてから。もしくは、遊ばせることにより、士気が上がる場合。

 それまでは食事も寝床も最低限のものにする予定です。

 理解出来ましたか?」


 半ば馬鹿にしたような物言い。

 事実、そんなこともわからないのか?と、フレデリック王子は内心で舌打ちをしていた。


「う、うむ」

「我らが手本となるように行動せねば、兵達はついてきません。

 物理的にではなく、精神的にですな」


 だから今夜はここで野宿するぞと、バベル王へ伝えた。

 かくいうバベル王は、どうせお前は我慢せず女を抱くのだろうと、息子への変な信頼を向けた。


 だが、その信頼は違える。


(まだだ…一人死んでしまい、ただでさえ怒りの吐口が減ってしまったのだ。

 ここでは発散せず、それらを元凶である王家とキャサリンへぶつけてやる…)


 フレデリック王子の異常性は高まっていく。

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