アルバート対バベル II
「父上!遂に用意が整いましたぞ!」
あれから5年。
今日も今日とて、フレデリック王子は遠慮なく国王執務室へと入ってきた。
「…絶対に成功するのだな?」
「くどいっ!くどいですぞ、父上。アルバートを手に入れるのは先祖代々からの野望ですぞ!
ここで日和ってはご先祖様に顔向け出来ませぬ。
と、言いつつも。
必ず成功するであります」
そう告げたフレデリックの表情は般若へと変わる。
「奴らは…私を馬鹿にした……折角、貰い手のいない姫をもらってやろうと、奉仕の想いで手を挙げたこの私を…」
バベル王は言葉に詰まる。
今のフレデリック王子はまずい。何をするかわからない気配を漂わせていると感じて。
「普段、虫も殺さない私がここまで怒っておるのです。
必ずやアルバート王国を滅ぼしましょうぞ」
「う、うむ」
虫は殺さないが、妻を何人殺したのだ?
喉まで出かかった言葉を、バベル王は必死に飲み込んだ。
「それで?報告があるのだろう?」
「ええ。報告というより、お願いですがな」
「願い…?」
また何を言い出すのか…バベル王は胃が痛くなる。
「戦争に関し、全権を我に」
「…軍務卿や将軍達が許すと思うのか?」
軍は縦社会。
上の命令には死んでも従うが、外からの命令には従わない。
それが例え王族であったとしても。
「既に許可は得ております」
「…それが、お前の言う用意、か」
用意が整った。
それは戦の、であり、自分の、でもあったのだ。
「ご安心あれ。私に任せて頂ければ、必ずや父上へ勝利を届けてみせますぞ」
「…わかった。この5年、秘密裏にここまで準備をしてきたのだ。今更引けん。
戦勝時の其方への褒美は、変わらずで良いな?」
フレデリック王子が望んだ褒美。
それは捕らえた王族の身柄と、キャサリン元王女並びにその伴侶であるアルディオス・ガレナ・バレドーの身柄のみ。
欲がないのか、欲深いのか。
どうにも判断つかないバベル王であった。
「無論ですぞ。その為に我は…この5年…辛酸を飲み…耐え忍んできたのです!」
「そ、そうか。ほれ。サインはした。これで良いな」
耐え忍んだ?
お前がこの5年で新たに抱き殺した貴族子女達の家へ、一体どれ程の国庫を詫びとして使ったと思っておるのだ!
バベル王は内心で怒りを爆発させるが、それを外に出すことは決してない。
出してしまえば、それは忌み嫌う息子と同じ穴の狢に落ちてしまうから。
嬉々として退室していったフレデリック王子を見て、バベル王は盛大にため息を吐いた。
「父上。弟の子守りは依然として大変そうですな」
王のいる執務室で先程まで息を殺していた人物が、漸く声を出した。
「アドルフ…其方はフレデリックと仲が良かったと記憶しておるが?」
「仲が良いとは心外ですな。アレに逆らうは愚策。
私は今日まで息を潜め、上手く立ち回っているに過ぎません」
アドルフ・フォン・バベル。
第二王子であり、フレデリックと同い年の兄でもある。
双子というわけではなく、腹違いの兄弟。
そんなアドルフ王子は第一王子と同じ髪色であり同じような体格をしていた。
「左様か」
バベル王が心を許しているのは第一王子のみ。
この第二王子も一癖も二癖もあり、信頼には程遠い関係性であった。
「戦時には、父上もご出陣なされるのでしょう?」
「馬鹿な。ここを空けるわけがなかろう」
戦争の全権を握るのはフレデリック王子。
王である自分がそれについていくだけのはずがないと、息子を馬鹿呼ばわりする。
「良いのですか?あの者は何をしでかすか分かったものではないですよ?」
「……そうだとしても、王都はどうするのだ?」
「私がいます」
その返答を聞き、バベル王は呆れたような眼差しで答える。
「仮に任せるのであれば、クリストフェルに頼む。それは決して其方ではない」
「左様で。であれば、兄上に話を通しておきましょう」
「ま、待て。行くと決めたわけでは…」
バベル王は慌てる。
それを確認して、アドルフ王子は口を開いた。
「父上…いえ、陛下。フレデリックを野放しにしてはなりませぬ。ここは兄上に任せ、陛下はフレデリック王子の手綱をしっかりと握っていてください」
理には適っている。
そして、実際不安でもあった。
バベル王はフレデリックの能力は信用している。
5年前に聞かされた作戦も不備は見当たらず、また勝てるだろうと思わせるものだった。
立案者が指揮を取るのだ。勝負は時の運とはいえど、あのフレデリックが負けるとは考えられなかった。
但し、それは戦争についてのみ。
その後はわからない。
実際には、別の目的があっても何ら不思議ではないのだ。
その不安は何年も抱えていた。
勿論、何も対策を講じないはずもなく、戦にはクリストフェル第一王子を監視役として帯同させる予定だった。
しかし戦争は何が起こるかわからない。
流れ弾で死ぬこともあるし、不測の罠に掛かることも十分に考えられる。
ならばいっそのこと。
アドルフの言う通り、王自らが出陣しようか。
そうすれば後顧の憂いなし。
例え我が身が敵の凶刃に倒れようとも、バベル王国はクリストフェルが受け継いでくれる。
この戦は王国の悲願でもある。
今更やめる気はない。
そうか。余が自ら行けば何の問題もないのだな。
「わかった。クリストフェルには余から伝える」
「ご英断にございます。私は兄上の手となり足となる為、ここへ残らせて頂きます。では」
「お、い…」
バベル王が声をかける間も無く、アドルフ第二王子はその姿を消した。
「物資の輸送は?」
フレデリック王子の姿は、アルバート王国に程近い村にあった。
「王国中の貴族達へ指示書を出しました。三日後には兵士と共に武器も兵糧もここへ集まります」
王子の言葉に答えたのは赤髪の偉丈夫、ドルヴァルド・フォン・ミゲル軍務大臣。
「そうか。第一将軍。其方も抜かり無いな?」
村は間抜けの殻。誰一人住んでいない。
元いた村人達は半ば強制的に金銭を受け取らされ、無理な引越しを余儀なくされたのだ。
「はっ。山間軍特殊部隊二千五百名、無事に修練を終えております」
「うむ。此度の戦が終われば、その者たちへ必ず報いると約束しよう」
「はっ。ありがたき幸せ」
次いで答えたのは、金髪の偉丈夫フレデリク・フォン・マシューザ第一将軍。
彼ら二人は国の重鎮。
歳も国王と一つ違いとやや高齢ではある。
高齢が故に、バベル王国の悲願達成をこの二人も心より望んでいた。
懐柔は簡単だった。
フレデリック王子は、内心で単純な二人を嘲笑う。
「では、手筈通り、軍務卿は国へ残り、守備を。第一将軍は我と共に宿敵を討つ。良いな?」
「私も悲願を見届けたかったですが、国を守ることの重要さも理解しております。
ご武運を」
「殿下の武勇を、憎きアルバートへ轟かせましょう」
老人二人の何と単純なことか。
この二人には、戦地を与えてやれば飼い慣らすことは容易い。
フレデリック王子はつい笑みをこぼすが、二人はそれを戦意から来たものだと良いように解釈した。
「では、皆の者。留守は任せたぞ!出陣!」
国王の号令により、数千の軍隊が進んでいく。
王都の民はそれを歓声で見送り、フレデリック王子は馬車の中で余興を楽しんでいる。
「父上には目立つことだけさせておけば良い」
狭い馬車内で裸の女性を組み敷き、フレデリック王子は今後を想定する。
「こうしておけば馬車へ乗る気も失せるであろう。一石二鳥とはこのことよな」
「うっ…」
肉の塊。
それが揺れる馬車内で自由に動き、その度にその重さを全て下にいる女性が受け止めなくてはならない。
まだ出立したばかり、女性の苦しみは続いていく。




