僕は美味しくありませんっ!
「初めまして。ジークリンド・アイル・オーティアです」
その日、我が家を訪れた人は、近い将来僕の苦手な人になる人だった。
「初めまして。レイチェルです」
挨拶を返したのは灰色のローブに身を包んだ少女。
目測ではあるが、恐らく150cmないくらいの小柄な人だ。
フードを目深に被っているので表情も髪色もわからない。
「神童って呼ばれてるみたいだけど、私も似た様なものだから」
「え…はあ」
ふんっ。
鼻息荒く宣言されてしまった。
この人と上手くやれるのだろうか……
一抹の不安が過るのだった。
「凄いですね!僕も使える様になりますか!?」
目の前の光景は、この世界に来た時から夢にまで見た光景だった。
ここは屋敷の外。庭と呼ぶには何も無いが、お陰様で身体を動かすにはもってこいの広場ではある。
「教える。でも、才能がないと出来ない」
「お願いしますっ!」
この世界に魔法はない。
あるのは第三のエネルギーである氣のみ。
しかし、よく考えてみよう。
魔法とは何なのか?
僕の考えでは、これもまた第三のエネルギーである魔力を根源としたもの。
じゃあ、可能なのではないか?
そう。
目の前の少女は、眼前に火の玉を作り、それを空へと打ち上げたのだ。
「で、出来ない…」
おかしい。
僕はこの世界の不純物…もとい、主人公なのだ!
オーラチートにより、世界の英雄や覇者になれる……はずだったのに……
「氣とは、物質そのものであり、それらを動かす燃料でもある」
それは知っている。
本に書いてあったから。
高密度のオーラは結晶化し、物質として世界へ散らばっている。
それは僕の体内にも存在し、この世界で自我が覚醒した時の身体の違和感はそれだったのだ。
そして、それはあらゆる生命が持ち、狩りなどで手に入れた結晶はエネルギー源として僕達がお世話になっているんだ。
部屋の明かりもオーラの結晶体をエネルギーとして使っているように。
そして、石などの物質は満遍なくオーラを纏っているので結晶化はしない。
師匠は人差し指と親指で、赤色の石が乗っている指輪を摘み上げながら話を続ける。
「この指輪は『体内の氣を使い、火の玉を発現させる』道具。
世間に流通している氣化製品とは違い、攻撃や防御など戦闘に使用されるこれらの物を戦闘氣化製品と呼ぶ」
それは初めて聞いた。
それよりも……
「師匠っ!何故!な、何故!僕には使えないのですか!?」
「それはもっと簡単。ジークのオーラに火の才能が無いから」
「さ、才能……」
ふざけるなっ!
何が神童だっ!
僕はこの世の絶望を味わう。
「でも、安心して。まだある」
「…まだ、ある?」
「ほれ」
そういうと、師匠はローブに隠されていた10指を広げて見せた。
「お、おお…それは?まさか…」
その指には九つの色違いの指輪がこれでもかと嵌められていた。
「火、水、土、風から癒しの指輪まで、全部ある」
「しゅ…しゅごい…」
しまった。あまりの興奮に、鼻血が出そうになる。
「一つずつ試す。良い?」
「勿論ですっ!師匠!」
弟子の返事は気合いを増す。
当たり前だろう。僕はこの少女の一番弟子になると(厨二)心に誓ったのだから。
「(おい。何があったんだ?)」
いつもの食卓だが、いつもと違う点が二つ存在した。
先ずは顔ぶれ。
大テーブルの一つの席が埋まり、そこには灰色のローブを羽織ったレイチェルの姿が増えている。
「(…奇跡が起きたのだから、私は悪くない)」
カーバインの耳打ちに答えるのはそのレイチェル。
兎に角、悪くないらしい。
「ああ…私の可愛いジークちゃん…どうしたの?この女に虐められたの?
母様はいつも貴方の味方です。さ。全てをこの母に任せ、今はこの胸で泣きなさい。
なに。後のことは母様に任せておけばいいのです。
平民の一人や二人、消えたところで誰も気にしませんわ」
情緒不安定な僕を抱きしめながら、更に上を行く不安定さをまざまざと見せつけるリベラ。
ひいっ!?と、声にならないレイチェルの声が聞こえた気がした。
そう、相違点二つ目。
それは誰がどう見ても、僕が落ち込んでいるところにあった。
「話は聞いた。戦闘氣化製品が全滅だったんだって?まあ、気にするな。使えない物は使えないんだ。気にしても仕方ないだろう?」
その言葉を聞き、僕は一層シュンとする。
それを見たリベラが……
「貴…いえ、カーバイン。もう一度言ってみなさい」
リベラの背後に死神が見えたのは僕だけじゃない様だ。
カーバインは顔を蒼くさせ、呼吸を忘れる始末。
「母様。良いのです。事実ですから」
「ほ、ほらな?」
「貴方は黙ってなさいっ!」
ひぃっ!?
と、レイチェルと同じ声が聞こえた気がした。
「父様。戦闘氣化製品だけじゃないのです。どうやら僕は、氣化製品そのものを使うことが出来ないみたいです…」
「なんとまあ…それは不便…?ん?いや。
俺達貴族はそもそも自分で氣化製品を使うことなんか稀だぞ。
ジークは嫡男なのだし、これからも使う機会は殆ど来ないだろう」
これはカーバインなりの優しさなのだろう。
普段なら『男が細かいことを気にするな』くらいは言いそうだが、僕の落ち込みようとリベラの怒りを見て、蜘蛛の巣の張った脳をフル回転させたようだ。
「そういうことです。少し一人になります…」
そういうと席を立ち、生まれて初めて食事を残したまま部屋の出口へと向かう。
「ジークちゃん!」
「母様も来ないでくださいっ!」
「そ、そんな…」
これまた、生まれて初めて声を荒げた。
そんな初めて尽くしの僕を目の当たりにした家族は、かける言葉も見つからないのか、静かに僕を見送るのであった。
僕は……
この世界で自我が覚醒した瞬間、前世の記憶が濁流となり脳内を右往左往した。
人の脳には限界があり、行き場を失くした記憶達は脳の深い部分へと隠れたのだろう。
そして生まれ落ちてから落ち着いた頃、身体の違和感に気付いた。
(何かある。お腹の奥底に熱い何かが)
それが氣との出会いだった。
それから時が経ち、この大陸の言語をマスターした暁に、今世の父から書庫への立ち入り許可を貰った。
そこでいの一番に調べたのも勿論氣について。
氣を調べる内に分かったことは少し期待外れだったが、それでも十分過ぎるファンタジーがこの氣には詰め込まれていた。
生まれてきた意味を見つけた気がした。
刺激のない前世は、苦悩と苦痛の内に終わりを迎えた。
今世は楽しもう。そう決める切欠をくれたのも氣だった。
僕は目標を見つけ、成人するまではそれで楽しもうと。
失敗と成功を繰り返そう、と。
折角前世と同じく男に生まれたのだから夢を描こう、と。
大きな夢を。
それが、たった五歳で全て水泡に帰した。
「ああ…どうしよ…」
このままダラダラと過ごすとどうなるのか?
僕には男兄弟がいないから何の問題もなく男爵家を継ぐための勉学等が始まり、それが終わる頃に何処かの誰かと政略結婚して、そしてカーバインが死んだらこの家を継ぐことになるのだろう。
それはどうなのか。
いや、それも良いか。
何も選べないけど、その代わりに人並み以上の生活が保障され、そこそこの身分もある。
奴隷がいるらしいから、嫁が気に入らなければ別棟を建ててそこでハーレムを築けばいいし。
ほんと、何の不便もない。
ほんと…何も……ない。
僕は思考をやめ、意識を手放すことにした。
「…ぅん。…まだ、夜?」
目が覚めると外にはまだ夜の帳が下りていた。
これは珍しい。
いつも体力の限界まで活動していたから、朝までぐっすりなのがルーティンだったのに。
食事が少なかったのも影響しているのだろうか?
そんなことをベットから上半身を起こした寝ぼけ眼で考えていると、そのベットに影が落ちた。
「だっ!?うゔー」
誰?と声をあげそうになるも、後ろから口を押さえられ、声が出せなくなる。
「(静かに)」
「ううぅ…」
この声は……
「師匠?何ですか…一体」
ゆっくり振り返ると、そこにはフードを下ろしたレイチェルの姿があった。
「私は本物の神童だったけど、氣化製品が使えないジークは紛い物だった」
「…なんですか。傷心の僕を嘲笑うためだけに来たのですか?」
何なんだ?
いくら何でもやり過ぎだろ?
何をしても僕が怒らないとでも思っているのか?
そりゃ大人しかったさ。
だってこっちには負い目があったんだから。
リベラには、命懸けでお腹を痛めて産んだのにそれがこんな異物混じりなんだという負い目。
カーバインには、自身が忌み嫌いながらも血を絶やすことなく先祖への感謝の想いだけで繋いできた血筋に紛い物が混じるという負い目。
同年代の子達には、そもそものスタート位置が違うことを隠し、計算や思考能力などで優劣をつけてしまったという負い目が。
それらはこれからもきっとあるだろう。
だから、大人しくしていた。
子供なら泣くことでも笑ってやり過ごし、放り出したくなる程の教育にも真摯に取り組んできたつもりだ。
それもこれも。
転生者というアドバンテージがあったから。
貴方達の可愛いジークリンドは、実は紛い物なのです。
前世で四十年生きた記憶を持つ、可愛げのない中年なのです。
言えない。
言えるはずがない。
貰い過ぎたんだ。
言い出す前に、無償の愛を。
『貴方方は渡す相手を間違えていますよ?』
『見知らぬおっさんが、貴女の母乳を貪り、貴方が胃を痛くして稼いだお金で、楽して生きていますよ』
…言えるはずもない。
ならば、それ以外は『些事』なんだ。
そう言い聞かせて我慢してきたけど。
これはあんまりだよ。
「…出て行ってください」
前世では我慢出来ていた。
けど、今世は違う。
新たに氣というものをコントロールしなくてはならないのだから。
蠢く。
止めようとしても、勝手に渦巻いてしまう。
だから…何も言わず…早く……
出ていけ……
「やっぱり」
「は?」
何がやっぱりなんだ?
「才能がある」
「…いい加減、殴りますよ」
抑えられない。
感情を…氣が揺り動かす……
「本当。ジークには、美味しそうな才能がある」
「へ?」
言葉の意味が分からず、怒りをぶつけないようにと逸らしていた視線をレイチェルへと向ける。
そこにいたのは、涎を垂らし、光悦とした表情を浮かべるナニカだった。




