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「ジーク。用意出来たわ」


 目の前に現れたのは、とても王女には見えないセフィリアだった。


「まるで冒険者だな」

「そういう貴方も、よ」


 想いを伝え合ってから、セフィリアは名前ではなく貴方と呼ぶことが増えた。

 それが気恥ずかしくもあり、心地良くもあった。


 俺達の姿は普通の旅人の装い。

 お互いに簡単な革鎧と剣を身に付けているから、旅人ではなく冒険者っぽいけれど。


「まだ負けたわけじゃないし、この先はわからないけど。

 でも、俺達は逃げるんだ。もうここへは帰って来れない」

「ええ。覚悟しているわ」


 仮にアルバート王国が勝っても、俺達に帰る場所はない。

 逃げた王族を迎え入れる国なんてないのだから。

 それは王族に限ったことではなく、貴族も平民も同じ。


 逃げる者は皆それを承知の上で逃げるのだ。


「よし。じゃあ、行こうか」


 手を差し伸べると、それをセフィリアが握る。


「ええ。初めての冒険ね」


 微笑む彼女は美しく、また強かった。


「ところで?行き先は?私は貴方と一緒なら何処でも構わないけど」


 話の種に振ってきたのか、寂しさを紛らわせる為か。


「陛下と宰相閣下に相談して決めた場所、グルーサス辺境伯領を経由しての山越えだ」

「グルーサス?それって…」

「ああ、ミシェル嬢の実家だ」


 セフィリアの信奉者であるミシェルの実家がある辺境の地。

 そこは隣国と面していないが、山から降りてくる魔獣から王国を守護している辺境領だ。

 流石にその山を越えれば、バベル王国といえど俺達の足跡は追えまい。


 王族を逃したことに一生震えていろ。


「その前に、男爵領を通ろうかと考えているが…いいか?」


 遠回りではないが、道中は比較的警備の薄い街道になる。

 何せ行き先が何もなかった男爵領だからな。

 元々人通りも少なく、警備する意味が薄いことが要因だ。


「良いも何も、貴方と離れる気はないのだから、許可はいらないわ」

「ありがとう」


 豪胆さに見え隠れする愛情。

 俺に家族との最期の別れをする時間を、こちらが遠慮しないように与えてくれる。


 俺には勿体無い伴侶だ。

 まだ未婚だが……

 することしたし、別にもう妻でいいよね?


 断られるのが怖くて聞けないけど。


「よし、行こう」

「ええ。楽しみだわ」


 向かう手段は馬。


 城の入り口で馬に跨ると、連れ立って王都の街を進んでいく。




「閑散としているわね。こんな王都、初めて見るわ」


 王都を出るには街を通る他ない。

 目立つと思ったが、外には誰の姿もなく、目立つ以前の問題だった。





「ジークリンド殿。…と、お付きの方ですね。どうぞ」


 街の入り口では、普段の五倍の兵が監視していた。

 俺の顔を知っている…というより、既に話がきていたのだろう。


 衛兵はセフィリアに気付くも素知らぬ顔をし、普段通りに俺達を見送った。


「振り向かず聞いてくれ」


 横に並んだ馬上のセフィリアへ伝える。


「彼らが敬礼している。愛されているな、セフィリアは」

「うん…感謝の気持ちしかないわ」


 衛兵達は壁に隠れて最敬礼している。

 俺達が振り返ると彼らが隠れているのが無駄になる為、応えられないのが残念だ。


 だけど、その想いはしっかりと受け取った。


 どう転ぼうとも、貴方達の王族は生き延びる。

 そう、彼らへ心の中で誓った。











「凄いわっ!それがオーラを飛ばすって言ってた技ね!」


 こんな時だけど、俺たちに悲壮感はない。

 誰もいない場所まで来ると、セフィリアにせがまれたこともあり、オーラのもう一つの技を披露した。


「アレで二割くらいだな」

「尚更凄いわ!ジークは無敵ね!」


 その結果にはしゃぐ俺だけのお姫様。


「二割と言っただろう?アレクラスを五発も打てば俺は剣も握れなくなる。

 無敵とは程遠いさ」

「大岩を砕いたのよ?あと四発って、何と戦う気なのよ?」

「いや…剣聖…とか?」


 アルバートなら初見で躱してみせるだろう。

 勿論、他にも策があるから簡単には負ける気はない。



 楽しい旅はすぐに時間が経つ。



 俺達の姿は男爵領近郊にあった。


「もう少しだ」

「ええ。まだテレスは居るかしら?」


 いない方が良い。

 逃げてくれていた方が安心だから。


「さあね?案外普通に過ごしているかもしれないぞ?」

「それは豪胆ね。流石ジークの家族。といったところだわ」



 冗談だった。



 冗談だったのに、それが現実だった。



「お兄様!帰られるなら文の一つでも送ってください!何のおもてなしも出来ないじゃないですか!

 これは王女殿下。変わったお召し物ですが、美しさにはさらに磨きが掛かっていますね!」


 テレスは元気だった。

 これが空元気じゃないところがすごい。

 流石、父の子だ。


「ジーク。あの人は旅立ちました」

「母上。ええ。聞いております」


 父は戦地へと向かった。丁度入れ違いだったみたいだ。




 そして、これまでの事とこれからのことを家族へと伝えたところ。


「まあ!式は…そうですわ!確か、リベラお母様から以前見せていただいた花嫁衣装がありましたわ!ね?お母様!」

「そうね!出してくるわ!」

「あの…ちょ…え?」


 珍しい。セフィリアが慌てている。

 慌てる人を見ると慌てないというのは本当らしい。

 俺に焦りはない。

 ただただ楽しいだけだ。




「汝、一生守ることを誓いますか?」


 進行役はロキサーヌ義母上。

 人前式に何度も参加したことがあるらしく、何となく覚えているとか。


「誓います」


 俺が答え。


「汝、一生支えると誓いますか?」

「誓います」


 純白…には程遠いが、白いドレスに身を包んだセフィリアが恭しく答えた。


「では、ここにいる者達へ誓いの証を見せよ」


 誓いの証、それはこの世界でもキスだ。


「世界で一番綺麗な花嫁を貰えるなんて、怖いくらいに幸せだよ」


 ケープを止めている花飾りを取りながら伝える。


「今日も綺麗だ」


 ケープを取ると、そこから現れたのは恥ずかしそうにしている花嫁。


 思えば、初めて会った時から可愛かった。

 何故この子に一目惚れをしなかったのか?今思うと不思議なものだ。


「愛している」

「愛しています」


 俺達は何度目かのキスを交わした。







 幸せの絶頂を迎えたその日は、改装を終えた男爵邸に泊まり、朝を迎える。


「んあ?」


 早朝に目覚めた俺が手を伸ばすと……


「おはよう」


 何故か起きていたセフィリアに手を握られた。


「あ、ああ、おはよう。寝てないのか?」


 今日出立するんだぞ?

 やめるか?


「寝たわよ?貴方がぐっすり寝すぎなのよ。待ち侘びたわ」

「それはすまん。実家だからか安心して寝過ぎたようだな…」


 如何。気を引き締めねば。


「私達、夫婦よね?」

「そうだな。もう夫婦だ」


 確認し合い、何故か笑い合う。

 流石に旅の途中だから夫婦の営みは無しだけど、そんなものがなくとも心は満たされている。


 そんな俺達の耳へと予期せぬ音が聞こえてきた。


 カンカンカンカンカンッ


「鐘の音…?」

「違う!敵襲だ!」


 祝福の鐘を昨日聞いたからか?セフィリアは事態を飲み込めていない。


「ここに魔獣はいない。バベルだ…」

「…っ。そう」


 一瞬驚きを見せるも、セフィリアの目は据わっている。


「逃げるぞ」

「テレス達は!?」

「置いていく!」


 セフィリアは気にするが、奴らの狙いは侵略だ。

 そして俺に託されたのはセフィリアを…妻を守ること。


 セフィリアの手を取ると、剣だけを拾ってベッドを飛び出した。


 階段を駆け降りると、そこには見慣れた家族の姿が。


「母上!昨夜話した通り、民に紛れて下さい!」

「わかったわ!こっちのことはいいから、貴方はセフィリア様を守りなさい!」

「はい!急ですが、ここまでです。さようなら」


 親子の永遠の別れにしては呆気ないが、それは昨日済ませておいた。

 悔いはあるが、左手に握っているモノと比べようもない。


「セフィリア。奴らは略奪者だ」


 戦中の敵軍は、村や街を荒らす。

 女がいれば犯し、金目のものは奪っていく。


「強行突破する。なに。外の森は俺の庭だ。絶対に逃げ切れる」


 この世に絶対などない。

 それでも、自分に言い聞かせるように、セフィリアへと伝えた。


「不安などないわ。貴方が一緒だもの」

「ふっ。俺もだ。さあ、ピクニックの続きといこう」


 馬まで駆け寄ると、馬に乗せていた荷を解く。


「馬は置いて行く。速さだけなら俺達の方が速いからな」

「そうね。流れ弾で無駄死にさせては可哀想だわ」


 何故、ここに敵軍がいるのか?

 その疑問が浮かんでは消えて行く。

 だが、今は成すべきことを成すだけ。


 それでいい。


 門まで急ぐと、見知った門番がいた。


「ジークリンド様?危険です!」

「知っている。だが、出なくてはならない」


 こちらに気付くと、大層慌てて止めてくれる。

 これまでに行った施策が身を結び、男爵領へ富をもたらした。

 そのお陰か、領民の忠誠心は高い。

 だから、リベラ達を民へと紛れ込ませられる。


「頼む。一瞬でいい」

「…わかりました」


 願い出ると、渋々と折れてくれる。


 頼む…少数であってくれ……


 まだ何の情報もない。

 見張りの見間違いならどれだけ嬉しいことか。


 ゆっくりと開く門を前にして、そんなあり得ないことを願う。


「…。セフィリア。剣を抜け」

「もう抜いているわ」


 隙間から見えたのは軍ではなかった。

 だが、小隊と言えるほど少なくもない。


「五百くらい、だな」


 やれるかやれないかではない。

 やるんだ!


「出てきたぞ!冒険者だ!」


 敵に気付かれたが、関係ない。


「悪いが…死んでもらう」


 まだ恨みはないが、生きていれば必ず俺が恨むことをするだろう?

 ならばいっそ、今死んでくれ。


「『気弾(オーラショット)』」


 門が完全に開いた瞬間。

 敵兵が密集している地点へ二割程のオーラを込めたオーラショットをお見舞いする。


 ドッーーーー・・・ンッ


 爆音の後、砂煙が辺りを覆う。

 テリトリーで確認している余裕はないが、恐らく三十人近くは殺したはず。


「行くぞ!」

「ええっ!」


 この隙に逃げる。

 それが生き残る唯一の手段。


 無事な手薄の方角ではなく、オーラショットを放った場所へ向けて駆け出す。

 これが最善。


「そっちに行ったぞ!」

「真ん中だ!逃すな!」


 敵が殺到してくるも、どいつもこいつも遅い。


 俺とセフィリアが駆け抜けた後、漸く砂煙が収まった。





「大丈夫か?」


 森の中で息を整えながら、互いの身を案じる。


「ええ。でも、やっぱりジークは凄いわ。強いし、速いもの。ついて行くだけでやっとよ」

「それが出来る王女様は、大陸広しといえセフィリアだけだよ」


 互いが互いを褒め合う。

 余裕は出来るものでじゃない。自ら作っていくものだ。

 窮地なればこそ。


「敵は?」

「オーラの練度が高い奴がいたらバレてしまうからな。テリトリーは使えない」


 わからない。

 俺達を探して、後を追い森の中へ入ってきているのか、断念したのか。

 後者なら有難いが。


「ゆっくり進もう。森は広いからな」

「ええ。ついて行くわ」


 俺が先導する形となり、森を進んでいく。


 男爵領の前にあるこの森が開拓されていない理由。


 それは、地盤のせい。

 この森は足元こそ土だが、やたら凸凹している。

 理由は岩。

 巨大な岩が並んだところ。

 その上に長い年月をかけて森が出来たのだろう。


 故に、砂漠のように先を見渡せない。

 故に、隠れるところは山のようにある。


 見つかりづらいが見つけづらい。

 何とも言えない場所なんだ。




 暫く進むと日が暮れ始めた。

 森を抜けるには慎重ゆえにまだまだ掛かるだろう。


「この辺りで休もうか」

「わかったわ。ピクニックね」


 セフィリアは楽しそうだ。

 こんな時だが、全てが初めてのこと。

 全てが新鮮なんだろう。


 そんな楽しそうな妻を微笑ましく眺めていると、影が差した。


「アルバートの貴族だな?」


 それは、死神の声だった。








 油断していた訳ではない。

 コイツが完全に気配を絶てる強者だったのだ。







 その声に振り向こうとするも、これが死に際なのだろう。ゆっくりと時間が流れて行き、中々振り向けない。








「さらばだ。銀髪の貴族よ」


 振り向いた先には剣を振り下ろす途中の男の姿があった。





 セフィリアだけでも逃さなければ。





 ゆっくり流れる時の中で、それとは真逆に覚悟はすぐに決まる。







 剣を身体で受け止め、死ぬ前にオーラショットを。







 痛みは怖くない。




 失う辛さと比べれば。








 ザシュッ


 鮮血が舞う。


「セフィリアっ!」


 斬られたのはセフィリア。

 傷は肩口から入り、腕が落ちそうなほどに深い。


「何故っ!?」


 なんで!?どうしてっ!?


「セフィリア!」


 セフィリアを抱き留め、顔を見ると目が合った。


 そして微笑むと、力無く目を閉じた。


 目を閉じた。


 目をとじた。


 めをとじた。


「女…速い…」


 何か聞こえた気がしたがどうでもいい。


 セフィリア。


 俺の、セフィリア。


 俺の……


 この光景には覚えがある。


 セフィリアの兄?


 いや、違う。


 同じ。


 同じ愛する者。


 その者を見送った記憶が………


「女とは違い、腑抜けた奴め。死ね」


 ある。

 ・

 ・

 ・

「うわぁぁぁぁっ!?!?!?!?」


 切っ掛けを思い出したが故に、全ての記憶が脳内へ押し寄せてきた。


「とち狂ったか……なんだ…?…このオーラは!?」


 身体が熱い…まるで燃えているみたいだ……

 頭が、痛い……


 愛しているよ…ラヴ。


 愛している…セフィリ……


「拙いっ!?」


 セフィリアを抱きしめたまま、全てを解き放ち、そこで何もかも失った。


 ただ残っていたのは、前世の記憶だけだった。

これにて、少年期を終わります。

エピローグを経て

次は混ざり合うもう一つのお話です。

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