王国の明けない夜
「何故、部外者がいるのだ!摘み出せ!」
恰幅のいい貴族が吠える。
それが俺を差すだろうことは、指先がこちらへ向いていることでわかった。
「私が許可したのだ。不服と申すか?」
「あ、アーノルド殿下…いえ…決してその様な…」
助けてくれたのはアーノルド殿下。
そう。俺は呼ばれたわけではない。自らの足でここへ来ることを選んだ。
ここは玉座の間。
普段は厳重に閉じられており、式典や祭典、緊急時にしか開かれることはない場所。
前世の体育館ほども広く、また不気味な寒さを感じる。
「良い。仲間割れをしている時間が無駄だ」
皆がいる所よりも一段も二段も高い位置にある玉座に座る国王が、焦燥した様子を隠すこともなく口を開いた。
「先程報せがあったように、バベル王国は宣戦布告なく攻め入ってきた。
早馬の報告により、バレドー辺境伯が援軍を求めていることがわかったのだ。
何故!ここでのんびりしているのかっ!
説明せよ!アーノルドっ!」
国王は激昂している。
その理由は戦争も勿論だけど、攻められた場所にある。
バレドー辺境伯家が第一王女の嫁ぎ先だからだ。
その怒りの矛先はアーノルド殿下へ。
恐らくだか、早速の進軍を止めたのだろう。
「はい。説明します」
アーノルド殿下に焦りは見られない。
焦っても良い結果を得られないと信じているからだろう。強いお方だ。
「バベル王国…敵国は、この機会を狙っています。
ここ王都へ人が…いえ、騎士団を含む強者が集まる時を」
「そんなことはわかっておるっ!だから、あの卑怯者たちは手薄になった辺境伯家を攻めたのだろうがっ!」
国王は更に怒りを見せ、遂には立ち上がってしまった。
恐らくここにその辺境伯がいる。
いるが、静観を決め込んだとみた。
自分の大切な領地だ。
すぐにでも助けに向かいたいが、それを言ったところで心象が悪くなることはあっても、良くなることはないから。
言わなくとも皆がわかっている。
だからこそ、黙っているんだ。
「それもありますが、一番は別のところにあります」
「なんだ!早く申せ!」
国王には王女に負い目があるとアーノルド殿下から聞いている。
この焦りはただ娘可愛さだけではないということ。
「王国を滅亡させる気です」
「…なんだ、と?」
ここにいる誰もが想像し得なかった言葉。
人は歴史から学べるが、それを超えることは常人には出来ない。
アーノルド殿下だけだ。
俺がそれに気付けたのは、前世で嫌なほど習ったから。
「ここへ全てを集めさせ、それを叩くつもりなのです」
戦争は長引くものだから、少しずつ領地を取り合う。
そう歴史から学んでいる王国民には思いもよらない世界。
王国もそうして広がってきたから。
だからここ王都を中心に王国は広がっている。
その歴史しかしらないから、皆が驚いている。
「早期決着が向こうの狙いです。長い戦争に耐えられるほど、バベル王国が兵糧を貯めていたという情報はありません」
どの国も間者を他国へと紛れ込ませている。
それが可能なのは戸籍がないからか。
どちらにしても中枢に潜らせなければ、バレるリスクは限りなく低い。
兵糧など大規模な倉庫や輸送が必要なものは、平民ですら異変を感じるらしい。
情報収集が目的の間者であれば、その異変に気付かないはずもなし。
「…だとして。どうすれば良いのだ!?ただここを守って、他を見捨てよと申すか!?」
「守り切れるなら、そうします。ですが、それも難しいと」
「なにぃ!?」
王族さえ健在であれば、国の復興は可能。
失ったものは中々取り戻せないけど、それは時間が解決してくれる。
未来に生きる人々が。
「いくら我が国が剣術大会へ国力を割いていたとしても、不自然なのです」
「なにがだ?」
「向こうが決起を起こした時期、進軍速度、そして早馬の報せ」
わからない…アーノルド殿下には一体何が見えて……
「その全ての不自然を自然にするには…ここからは予想です。
確信に近いですが」
「話せ…」
国王は力無く玉座へと腰を下ろした。
「まず、この機会を向こうが狙っていたのは間違いありません。
その上で、早馬の報せがまず不自然。
その者をここへ呼びます」
パンパンッ
殿下が手を鳴らすと、騎士に両脇を担がれて一人の男が現れた。
「その方、先程の報告を繰り返せ」
殿下が男へ命じる。
「は…辺境伯嫡男であらせられるアルディオス・ガレナ・バレドー様より、バベル王国が国境を越え伯爵領が攻め込まれた。援軍を頼む、と」
「うむ…間違いない。だが、これのどこが?」
俺にもわからない。
「まず、手紙が普通では?」
「書く間すら惜しんだのであろう」
「なぜでしょう?」
まさか……
「だからっ!攻め込まれ……そうか。確かにおかしい」
「そうです。敵が攻めてくれば国へ報告するのは当然の義務。ですが、文を認めることが出来ない状況とは?」
「確かに…不自然」
国王のトーンは下がる。
確かに軍の進軍速度は速いとはいえない。
大軍であればあるほど。
遠くからそれを発見し、それがぶつかるまでには幾分か猶予はある。
だから、早馬を出せる。
「もう一つは、援軍要請です」
アーノルド殿下は続ける。
「辺境伯とは、自治権を与えられた領主。それは隣接する他国が挙兵してきたとしても、迎え撃てるだけの強さを保つ為。
攻撃より守るは易し。
それらを加味した上で、まず最初に来るのは報告だけのはずです。
『敵が来た。数は〇〇。どこの国』などです。
ですが、最初の報せは援軍要請」
「確かに…それにアルディオスは屈強な武人。
易々と援軍を頼むだろうか……」
キャサリン様の夫であるアルディオス殿は、顔に大火傷を負っている。
それは過去に賊を討伐した時に負ったものだと聞いた。
何でも、その賊が襲っていた馬車には幼き日のキャサリン様が乗っていたのだとか……
そりゃ惚れるわな。
「それらの矛盾、不自然を自然に変えるには」
「なんだ?」
ここにいる皆が静かに殿下の言葉を待つ。
よもや無駄話と断じる者はいなかった。
「この男はバベル王国の間者。軍属であるかは定かではないです」
「ち、違います!私は!辺境伯軍の」
「では、この者達の中にいる辺境伯殿はどなただ?示してみよ」
アーノルド殿下は男に告げる。
間違えば……
「………」
「連れてゆけ」
「はっ」
殿下の命に従い、騎士たちは男を連れていった。
「何故、わかった?」
「初めからおかしかったのです。確かに奴は疲れていましたが、死にそうなほどではありませんでした。私は他に早馬の報せを見たことはありませんが、文献にはこうあります。
『早馬で報せを持つ者。その衣服は乱れ、煤汚れ、まともに立つこともかなわない』と」
俺は見ていなかったが、見ていてもその違和感に気付けなかっただろう。
さっきの男も演技をしていただろうし。
「これで不自然はなくなりました。答えを言っても?」
「構わん…が、許可を得るほどのものなのか…」
先程の不自然に答えを見つけたことで、殿下には何が起こっているのかわかったようだ。
許可。
確かに。これは覚悟しないとならない。
「辺境伯領は、残念ながら既に敵の手に落ちています」
「馬鹿なっ!あそこには息子がいるのですぞ!?あやつに限って…」
あの人が現バレドー辺境伯か。大きく強そうな人だ。
そんな人が取り乱してしまうなんて、余程留守を任せた息子を信じているんだな。
「辺境伯。済まない。余に責任はある。先ずは、アーノルドの話を聞こう」
「…は」
今度は王が諌める。
キャサリン様のことが気掛かりであるにも関わらず。
「辺境伯領が敵の手に落ちている理由はいくつかあります。
まず早馬。それがまだ来ていないというところです。
つまり、それを出せない状況か、もう存在しないか。
出せない状況とは?
ジークリンド、答えよ」
側で跪く私へ殿下は静かに問う。
「辺境伯領領都。そこが囲まれていると愚考します」
「ありえん!あそこの領都は要塞であるぞ!?一人二人なら兎も角、迂回して進軍するなど不可能だ!」
名前は知らない。
俺を蹴落としたい貴族の一人なのだろう、その男が食ってかかってきた。
「卿の言う通りです」
アーノルド殿下の言葉を聞き、その男は得意満面となる。
「敵は迂回して、ジークリンドの言った通りに領都を囲んだのです」
騒然とするも、すぐに静けさを取り戻す。
皆が続きを早く聞きたいからだ。
「何故、早馬が来ないのか。それは先程言った通り、出せない状況か、もう領都が落ちているか。
出せない状況は囲まれている為。
つまり、敵は国境を越えたのではなく、山の中を駆けずり回り、気付かれることなく裏を取ったのです。
後は本体が国境を突破してくるのを待つだけ。
辺境伯領領都は要塞。
守りに長けている故に、攻めに転じられなかった。
その隙に囲まれた、のです…」
「殿下っ!」
殿下がよろめくのを感じ取り、咄嗟に支える。
その殿下は苦しそうに胸を押さえている。
「大丈夫だ…ジークには悪いが、このまま続ける」
「…は」
止めたいが、止められない。
その覚悟を俺は持っていない。
「敵がそれを可能にしたのは、荷物を極力減らした、捨て身の策を用いた為。
それにより、開拓されていない切り立った山を越え、森を抜けて、国境を人知れず越えてきた。
その時の装備は捨てたのでしょう。
奴らが持つのは少ない食料と武器のみ。
それで十分だったのです。
敵となる辺境伯軍は打って出て来ないのですから」
山を越えるには専用の装備が必要。
それも国境にある山だ。簡単に越えられるものではないだろう。
それを越えるために、奴らは荷物を持たず、少ない荷物すら必要なくなれば捨てていったのだ。
大胆にして緻密な計画。
そうでなければ、簡単に攻め込めない。
だから百年以上もの間、アルバート王国は戦争を起こさないし、逆に吹っかけられることもなかった。
他の辺境伯領も似たり寄ったりだからな。
「奴らは、このまま民から食料を奪い取り、進軍してきます」
「何だと?」
やはり……
「敵に兵糧は多くありません。それに辺境伯領を奪ったところでその地理からも、いずれ王国に奪い返されるのが関の山。
であれば、奴らの目的はここ。
ここを落としに来ます。必ず」
人の行動には理由がある。それが国を動かすものになれば尚更。
「恐らく、次の報せは辺境伯領からではなく、そこと王都の間にある街から」
「迎え打つ…いや、まだ助けられる命があるのだ!行くぞ」
「待ってください」
国王の威勢を止めたのは……
「ジークリンド…貴様…」
「殿下に治癒師と、座る許可を」
殿下の身体は力無く俺にもたれ掛かっている。
それでもこの場を離れないのは、まだ伝えることがある為。
誰が止めようと、俺は殿下の意思を尊重する。
「アーノルド……誰ぞ、椅子をもて。治癒師もだ」
国王の言葉に騎士と侍女が動き出す。
聞いたことがある。
将棋の棋士達は、一度の対局で5キロ以上痩せると。
つまり、天才達が頭脳を使うと、それだけ体力を消耗してしまうということ。
殿下は……
命を削っているんだ。




