黄昏の王国
「何よ。こんな所に呼び出して」
セフィリアとの思い出の場所。
それはいくつもある。
生まれ育った男爵領もそうだし、その旅路で訪れた場所もそうだ。
だけど、一番思い入れのある場所はたった一つだった。
「学院に通う前は毎日来ていたけど、それでもなんだか懐かしく感じないか?」
「…そうね。沢山戦ったわ」
そう修練場だ。
「セフィリア。剣を持て」
「なによ。いきなり」
いつもいきなりだった。
だけど、それはいつも君から。
今日は違う。
「ちょっと!?それ真剣じゃない!何で持ってるのよ!?」
「陛下に許可は取ってあるから心配するな」
いつもと違うのは、持つ武器もだ。
「セフィリアはこれを」
「これは…」
「いつも使っている木剣に近い感覚で振れるはずだ」
渡したのは近衛騎士の装備品でもある真剣。
ここの木剣は、それを見本にして作られている。
長さも重さも、重心さえ。
そうでなきゃ修練の意味が薄まるから。
「これが…真剣。同じ重さなのに、重く感じるわ」
「命を奪うものだからな。当然だ」
その剣には、責任の重さが伸し掛かっているから。
「きゃっ!?」
電光石火の一撃。
それをセフィリアは偶々剣で捌いた。
俺がそうしたから。
「どうした?始まりの合図がいるなんて、そんなに行儀良かったか?」
「くっ…ふざけっ!」
初めての真剣を持ち、セフィリアは硬くなっている。
これで普段通り。
「行くぞ!」
「殺してやるっ!」
そうだ。そうでなきゃ、セフィリアじゃない。
恐ろしい程の殺気なのに、今では心地よく感じてしまう。
殺されても良いとすら感じてしまうな……
本当に死ぬわけにはいかない。俺も気を引き締めないとな。
「はぁっ!」
セフィリアが確殺の一撃を放つ。
これは信頼の証。
「せやぁっ!」
それを紙一重で躱して、こちらも信頼の一撃を放つ。
お互いに当たれば死が待っているものを受け渡していく。
信頼関係なく、真剣での打ち合いなど出来ない。
それがなくてはただの殺し合いだ。
「くっ」
セフィリアの癖。
誰にも知られず、誰にも分からないほどの瑕。
それを唯一知る俺はその瑕に付け込み、セフィリアを押し倒して、傷一つないその首へと剣を添えた。
「負けたわ。知ってたけど…」
そう言いながらも少し悔しそうな顔。
今はそれが酷く愛おしい。
「愛している。生涯をかけ、セフィリアの全てを、俺に守らせてくれないか?」
言葉に詰まり格好はつかないが、所詮俺はそんなもの。
飾り気無しの俺の言葉だ。
セフィリアは目を見開き、黙ったまま。
「答えは…こうよっ!」
「うおっ!?」
馬乗りになっていた体勢を、無理矢理に反転させられた。
剣が首を僅かに傷つけ、髪の毛と同じ綺麗な赤色が、下になった俺の頬へ落ちてくる。
「傷モノにされたわ。責任を取りなさい」
「仰せのままに」
セフィリアはそのまま俺へ覆い被さり、初めての口付けを交わす。
今世でのファーストキスは、血の味がした。
まさに、俺とセフィリアそのものだった。
「まだ大会すら始まってもいないのに、もう勝った気だったの?…呆れたわ」
寮へと戻り、今は俺の部屋。
セフィリアへこうなった要因と経過と原因、その全てを話したところだ。
「安心しろ。負けたらセフィリアを攫って国を出るだけだからな」
「それもそうね」
国王との約束。
それは優勝したら娘をやる。というもの。
俺は待たなかった。
大切なことは待たない。
手遅れになりたくないから。
そしてセフィリアもこの態度だ。
彼女は何処までも強い。
負けていられない。
「とりあえず、全力を尽くす」
「じゃあ、問題ないわ。ジークが負けるとしたら、手を抜いた時だもの」
「そんな余裕はないと思うけどな」
相手は猛者ばかり。
冒険者だったり、騎士だったり、武芸者だったり。
どんな戦法で来るのか、またどれだけの技量なのか。
あたるまでそれはわからないだろう。
「だって、剣で勝てなくても、ジークにはオーラがあるじゃない」
「ああ、そうだな…」
俺の不自然な視線と言葉を聞いて、セフィリアは訝しそうに見つめてくる。
やめて…見透かさないで……
「忘れてたのね」
「仕方ないだろう?それこそ忘れないように年に数回しか使っていなかったんだから」
そう。俺にはオーラがあった。
剣術大会と銘打っているが、その実何でもありだ。
武器は勿論、技であれば何でもいい。
「まさか五十年ぶりにオーラの使い手が出場するなんて、みんな驚くわよ?」
「出来る限り、使わないつもりでやるけどな」
負けるわけにはいかないから、あくまでも出来る限り。
「そうね。そもそも、それがなくてもジークは師匠の次に剣で強いわ」
「またテキトーなことを…」
セフィリアは俺を過大評価しているきらいがある。
だから、話半分でいつも聞いている。
「とりあえずベジックを納得いく形で鍛えて、それが終われば俺の鍛錬に取り掛かろうと思う」
「ダメ」
いきなりダメ出しとか、流石ですね。
セフィリアがダメと言えばダメなのだ。
それはこの五年で理解している。
何を言ってもこちらの話を聞かないと。
「何故だ?」
こういう時、まずは話を聞くこと。
「彼には私が教えるから、ジークは自分のことを優先して」
「…はい」
セフィリアはズルい。
真っ直ぐ故、こういう気持ちが籠ったことをサラッと言えるのだ。
しかし、本当にこれで良かったのだろうか?
セフィリアは本当に俺と結婚したかったのか?
他の誰かよりはマシ。
それくらいの自信はあるけど、大事な剣を置いてまで、俺と結婚して、後悔はないのだろうか?
これまでだとそう考えていた。
しかし、今は違う。
俺が後悔させなければいい。
ただそれだけなのだ。
だけど、やはり気になるものは気になる。
「セフィリア。話は変わるけど、剣をやめなくてもいいんじゃないか?」
後悔させない自信はある。
でも、憂いは少ない方がいい。
「お父様と約束したアレ?」
「ああ。俺の為に全てを捨ててくれたのは素直に嬉しいけど、何も全部を捨てる必要はないだろう?
全ては聞いてやれないかもしれないが、大切なものは大切にして欲しいんだ」
セフィリアの努力を一番近くで見てきた。
苦痛も。苦難も。屈辱さえも。
それを全て乗り越えた先が今なのに、捨てるなんて勿体無い。
捨てさせたのが俺なのも。
許せないし、同じくらいに情けない。
つまり、俺が後悔したくないんだ。
「何を当たり前のことを。ジークが私を好きだって知る前は、誰かと婚姻を結んだらそこからは剣に生きるつもりだったわ」
「お、おう」
何だろう。
セフィリアより強くなれる気がしない。
「嫁に行けば流石のお父様でも簡単には口出し出来ないわ。
だから、ジークとの婚姻が成立したら、直ぐにでも剣を取るつもりよ」
「お、おう。それまで我慢できるなんて凄いね…ははっ…」
乾いた笑い声が零れた。
普段のセフィリアは、言い方は悪いが馬鹿だ。
だけど、こういう時の強かさは見習わなければいけない。
恐らくだが、国王へそれを伝えた時は本気だったのだろう。
セフィリアは嘘をつけないからな。
だけど、直ぐに切り替えられる。
その強さを持っているんだ。
「よし。そうと決まれば、明日からは大会へ向けて修行するぞー!」
剣術大会は半年後。
それまでは授業以外の時間をその為に使う。
殿下の治療を忘れたわけではなく、憂いなくそちらに取り掛かる為にも、これは必要なんだ。
「結婚式にはミシェル達も呼ぶわよ」
ズコーッ
話が飛びすぎなんだけど?
「…それはいいけど。なぜ?」
「貴方の恩人だから」
なに…?
「貴方が眠っていた間、彼女達は必死に守ってくれていたの。
お姉様からね」
「…なるほど」
俺が犯した過ち。
そこを突いて俺を退学へ追い込もうとしていたらしい。
それを聞きつけたミシェル達が、王族に逆らってまで反対してくれたのだとか。
その勢いに押され、ヴィクトリアは退学から停学へと舵を切ったそうな。
「必ず、呼ぼう。だけど、当面は二人だけの秘密だ」
「なんでよ?」
恩には報いねばならない。
彼ら彼女らが困った時には、いの一番に駆けつけると心に誓う。
「まだ優勝もしていないのに勝手なことをしたら?」
「取り消される……わかったわ」
良い返事だ。
それに、俺は慣れていないから恥ずかしいんだよ。
言わせんなっ!
「優勝したら良いのよね!?」
「…それも、まだだ」
「なんでよっ!?」
しーっ!声がデカい!
ここは女人禁制の男子寮だぞ!?
本当に退学になってしまう……
「陛下の許可を待とう。それくらいの親孝行はしような?」
「そうね。お父様…」
「愛娘の慶事だ。自分の口で発表ぐらいさせてやろうな」
普段良いことより悪いことを口にすることが多い。
それが為政者なのだろうが、良いことなら気持ちよく言えるのが人間だ。
最後の孝行とは言わないけど、それなら我慢する価値もあると言い聞かせた。
勿論、嘘だ。
単に恥ずかしいし、揶揄われるのは直前だけでいいからな。




