剣術大会?出ませんよ…ホント。
「昨日はこっちが頼んだ側なのに、医務室まで運んでもらって悪かったな」
翌朝寮の食堂へ向かうと、ベジックが元気に朝食を食べていた。
昨日は目が覚める前に医務室から退室したから少し気掛かりだったが、大盛りの器を見る限り問題はなさそうだ。
「クラスメイトだ。気にするな」
「ああ…それで…俺のことなのだが…」
俺。普段使っている一人称なのだろう。
心を開いた…というよりも、誠意だろうね。
「教えられることは少ないし、厳しいが?」
「良いのかっ!?」
頼み事。それをするに値する人物かどうかが昨日の戦いの理由だったのだろう。
真剣でも恐れず受け入れた度量と、赤子の手を捻るかの如く倒した腕。
それが評価に繋がり、こうしてお願いされている。
まあ、赤子の手を捻るなんてレベルではなく、結構危なかったのだけどね。
でも、それは秘密。
かっこ悪いから。
「私達三人は剣術の授業は免除される。その時間をクラスメイトの頼みに充てるくらいなら構わないさ」
「頼む!一人だと上手くいかないんだ!」
五歳、十歳、十五歳。
これは節目の歳。
貴族は五歳になると礼儀作法を教えられ始め、同時に男子は剣を、女子は社交の場のマナーを学ぶ。
十歳になると男子はオーラを学び、女子の半数もそれを習い、もう半数は裁縫などの花嫁修行を始める。
それが普通。
私のは、私の我儘を両親が聞いてくれたからに過ぎない。
本当に有難いことだ。
ベジックもオーラの基礎は教わっているみたいだけど、殆どが我流。
無駄が多く、それを教えようかと思っている。
「ジークの一番弟子は私よ!そこは譲らないわ!」
「あ、ああ。セフィリア様が一番弟子。異論ないです」
話が纏まったところで、セフィリアが言わなくていいところで張り合う。
ベジックは誰かの弟子にはならないさ。
それが出来るなら、剣もオーラもここまでの我流にはなっていないからね。
「あら…貴族の学院に似つかない騒がしさだと思えば、やはり貴方達でしたか」
煩くはしていない。
確かにセフィリアは目立つし声も少し大きいが、数を喋るタイプではないから。
つまり、これはイチャモン。
嫌がらせだね。
「これはこれは。朝からヴィクトリア様のお美しいお姿を拝見できるとは、努力してAクラスの寮に入った甲斐もあるというもの。
おはようございます」
我ながら長い挨拶だこと……
「…あまり煩いと罰を与えますからね?お忘れなきよう」
長い挨拶が効いたのだろう。
良かった。すぐに退散してくれた。
「お、おい。ジーク…」
安心してヴィクトリア殿下を見送っていると、背中をつつきながら、ベジックが焦りを滲ませる。
「ん?」
気になり、振り向いてみると、そこには般若がいた。
「…ジーク。お姉様みたいな人がタイプなのね」
セフィリア。
よくわからないけど、爆発しないでくれ……
「ただの挨拶だ。セフィリアは嫌だろう?ああいう挨拶は」
セフィリアにも本来であれば、顔を合わせる度に褒め言葉セットの挨拶が必要。
しかし、セフィリアは何故か嫌がった。
理由を聞いても教えてくれなかったが、気に入らない様子だった。
だから軽い挨拶しか交わさない。
「…私がじゃない。ジークが言うのが嫌」
「私も言いたくて言っているわけじゃ…」
好き好んでおべっか言っている様に思っていたのか?
だとしたら心外だ。
郷に入っては郷に従ったまで。
こっちはそんな慣例がなければ良かったのにと、心底思っているんだよ。
前世の私からしたらあり得ないのだ。
それを飲み込んでまでしているのは、家族…自分の為…そしてセフィリアと肩を並べる為にしている。
ジークリンドの見た目は少しやんちゃな王子様といった感じだから良いけれど、前世の見た目のままなら、誰の為でもなく、世の為人の為に無駄に褒め称えたキザな言動はしなかったけれど……
「似合わないとしても、許してくれ。なるべく傷は見せたくないんだ」
「…ジークの女好きっ!」
「あっ、おい…」
セフィリアは走り去ってしまった。
男好きよりは遥かにマシだろう?
そんな慰めにもならない言葉が浮かんできた。
「良いのか?」
「何がだ?」
ベジックが使えない気を回してくる。
言いたいことがあるならハッキリ言って欲しい。
セフィリアは言い過ぎだが……
「王女様の誤解を解かなくて、だ」
「誤解も何も…」
これは証明不可な、悪魔の証明。
心の内なんて、誰にも見せられないのだから。
「浮気を疑われているようだったぞ?好きなのは貴女だけだと、男らしく伝えて来るんだな」
「浮気?好き?何を勘違いしてるんだ?
セフィリアは軟派な行動が嫌いなだけだ」
「…そうなのか?」
ベジックは納得いってなさそうな顔で聞き返してきたが、自信を持って頷きを返した。
マナーとまでは言わないが、暗黙の了解みたいなもの。
何故そこまで意固地になるのかわからないが、セフィリアのことでわかることの方が少ないと思い直し、妙に納得するのであった。
その後、セフィリアは戻って来ず、私達は食事を終わらせて教室へと向かった。
「ええですので、このクラスから代表を二名出します。
成績順ですと、ジークリンドとセフィリアですが、兼ねてより王族の出場は認められていません。
ですので、もう一人はサーベジックに任せようと思います」
剣術大会は三年に一度王都で開催されている祭り。
学院からも全ての学年から一人が選出され出場する。
本大会の出場に年齢制限はなく、各領地から選ばれた者…地方大会などを行うもよし、なくともよし、方法は関係なく、各領主が推薦した者が集う。
大会は十日間続き、その間王都は人で溢れる。
ただでさえ人が多いのに、だ。
会場は王城内の修練場が開放される。
騎士の警備も厳重になり、さらに人が多くなる。
そこには貴族は勿論、初日と最終日には王族も顔を見せる。
つまり…目立つのだ。
だから……
「辞退させてください」
既に私を煙たがっている貴族は多い。
王族とのパイプが太く、城への出入りも今や顔パス。
それは誰も面白くはないだろう。
これには不可抗力も多分に含まれているので仕方ないが、これ以上の悪目立ちをしたくないのが本音。
敵は作らず、味方はいくらいても良い。
それが信条だったのに、気付けば敵も多く作ってしまった。
将棋やチェス、算盤に楽器。
懐かしさから作ってしまったそれらは、その信条に反したので封印した。
が、大丈夫だろうと軽い気持ちで王都へ売り込んだ紅茶が、想定以上の大物を釣ってしまい、そこから歯車が狂い出した。
「どうしても、ですか?」
「はい。どうしても、です」
だから、少しずつでも。
存在を薄く。
セフィリアが睨んでくるが、彼女の本音は自分が出たかったということに尽きる。
じゃあ、それに私が倣ったのなら、喜んでくれてもいいんだけどね。
お互いに我慢しよう。
そう次に話す機会にでも伝えるとしよう。
「卑怯者」
放課後、セフィリアの後を追いかけ、追いつくとそこで言い訳を連ねた。
その結果、そんな言葉を告げられるとは、夢にも思っていなかった。
「セフィリア…」
「近寄らないで!ジークが…ジークリンドがそんなに卑怯で臆病な人だったなんて知らなかったわ!」
どんな言葉を並べても、セフィリアは納得してくれなかった。
上辺だけの言葉じゃ彼女の心には響かない。
理解していたけれど、これ程難しいとは知らなかったな。
理解した気になっていたんだ。
彼女を理解気になっていたんだ。
五年間も濃密な時を二人で過ごし、話せばわかってくれると、勝手に思い込んでいた。
だけど…ごめん。
家族の安全には変えられない。
私が目立つと、その皺寄せは強い者ではなく弱い者へと向かう。
そして、罷り間違って家族が傷つくことになれば、後悔してもしきれなくなる。
弱く、卑怯な男でごめん。
強く、気高い君の、友人でいる資格は私にはないのかもしれない。
翌日、セフィリアは学院を休んだ。
私は胸が酷く傷んだ。
情けない自分に嫌気が差す。
しかし、何も変われなかった。
そう。
私は前世から何も変わっていなかったのだ。




