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王国の剣

 





「おい…教師に勝ってるぞ…」


 学院の講義は学園と違い、成績が良くてもあまり休めない。

 既に履修済みの講義はテストを受ければ同様にパス出来るのだが、今の剣技など、出席しなければならない講義も多々あるのだ。


「先生、大丈夫ですか?」


 初めての剣技の授業。

 勿論、怪我がない様に気をつけているから、ただ尻餅をついているだけ。

 私の差し出した右手を掴み、教師は立ち上がった。


「ありがとう。次!セフィリア…大丈夫か?」


 最後の言葉は私にだけ聞こえるものだった。


「大丈夫です。私と同じくらいには剣を振ります」


 王女が入学してくることは間々ある。

 しかし、剣技の講義を受ける王女は初めてらしい。

 身分が関係ないとはいえ、それは建前でしかない。

 もし、怪我をさせたら……

 そう考えての言葉。


「よ、よし。こい!」


 教師の腰は既に引けていた。


 この茶髪を短く揃えた壮年の教師の名前はシュナイダー。

 剣の技術は高いがオーラの使い方に難があるため、指導者向きではあるが実戦には適さない。


「す、すげぇ…セフィリア様まで勝ったぞ…」

「あの教師が弱いのだろう」


 生徒達は思い思いの感想を述べるも、シュナイダーに勝ったのは私とセフィリアのみ。

 暫くは生徒の呻き声ばかりが聞こえていた。


「お願いします」

「うむ。礼に則れるとは、中々。よろしく頼む」


 この生徒は他の生徒と違い、構えに隙がない。

 シュナイダーもそれを敏感に感じ取り、油断は見られない。


「ありがとうございました」

「あ、ああ」


 教師が負けることは稀なのだろう。

 その驚いた顔を見れば推察するは容易い。


 それも納得がいく。

 貴族の教育は剣よりも筆を重視するからだ。

 嫡男以外は剣を磨いてもいいが、剣だけでは中々這い上がれない。

 戦地に出れば死ぬ可能性も高く、それなら筆を持った方が出世の道は開ける。

 それが軍だとしても、やはり筆の方が出世には有利だ。


 何故なら、武功を立てる機会がないから。


 この国ではここ五十年、戦争がない。


 つまり剣の腕をどれだけ磨いても、近衛騎士になることが最大の出世となる。


 無論、夢は人それぞれで、私はどれも否定はしない。


「ジークリンドくんだよな?」


 先程教師から勝利を納めた青髪の少年がこちらへと近づき、声を掛けてきた。


「クラスメイトだ。呼び捨てで構わない」

「そうか。私はサーベジック・ミレ・ミシュラン。ミシュラン子爵家の次男だ」

「ジークリンド・アイル・オーティア。男爵家嫡男だ。ジークと呼んでくれ」


 子爵家か。男爵の一つ上の爵位。

 といっても、上級貴族からは二つともしがない下級貴族で一括りにされるが。


「家族はべジックと呼ぶ。こちらもそれで頼む」


 手を差し出してきたので、それに応える。


「それで?用があるんだろう?」


 べジックは友達を作りに学院へ来るタイプではない。

 学院へは殆どの学生が将来の為に他との繋がりを期待して入学してくる。

 人脈。

 それは時として、途轍もなく強い力を発揮する。


 だから、それについても何とも思わない。

 頑張ってくれとは思うが、こちらには構ってくれるな程度の気持ちだ。


 しかし、べジックは違う。

 ここまで誰かと連んでいるところを見ていないし、私とセフィリア以外で早朝に剣を振っていたのは彼だけだった。


 つまり、用があるのだ。

 野暮用が。


「戦ってほしい」

「いいだろう」


 初めから用事の内容はわかっていた。

 受けるにしても断るにしても、二つ返事になる。


「ほんとうか?」


 しかし、相手は違うみたいだ。

 驚き、目を見開いている。


「嘘をついてどうする……構わん。それでいいか?」


 視線の先にはべジックの持つ木剣。


「我儘ついでに、もう一つ聞いてほしい。真剣でやりたい」

「構わん」


 それも二つ返事。


「マジかよ…」


 俺達の会話を盗み聞きしていたクラスメイトが驚愕に声を震わせる。


 これは側にセフィリアがいる影響だ。

 みんな彼女とお近づきになりたくてこちらの様子ばかり窺っている。


 王女と繋がったところで、王女は近い将来王家を出て行く。

 だが、王女と繋がれば、その兄弟や、幸運が味方すれば親とも繋がれるかもしれない。

 そんな淡い期待を込め、セフィリアは盗み見や盗み聞きをされているのだ。


 有名税といえばそれまでだが、私ならその者達の排除に動いてしまいそうだ。

 これが生まれながらにして人の上に立つことが宿命付けられている者なのか。


「ベジックは大剣を使うのだろう?」

「そこまで分かるのか…流石だ」


 教師との模擬戦で、間合いの取り方と木剣の軽さに違和感を感じていた様子が見てとれたから推測できたこと。


「放課後、でいいか?」

「構わない」

「私も見に行くわ」


 知っていた。

 今にも私もやりたいと言わんばかりの視線を感じていたからね。

 そう言わないだけ我慢強くなっている。


「セフィリア様。何処へ行かれるのですか?」

「貴女は?」


 セフィリア争奪戦かな?

 彼女の名前は確か…ミシェル…そうだ、ミシェル・ラドン・グルーサス。

 グルーサス辺境伯家のご令嬢だ。


 自己紹介の時に、セフィリアのことを褒め称えていたから記憶に残っていた。


「ミシェルですわ…三度目ですよ、殿下」

「ごめんなさい。人の名前を覚えるのは苦手なの」

「構いませんわ。ところで、質問の答えをお聞きしても?」


 彼女もAクラス。

 そこに在籍しているからには、他よりも出来が良いということ。

 しかし、先程の結果は散々だった。

 なのにこうして苦手であろう剣術を選択するとは……どこまでもセフィリアに近づきたいのだろう。

 ある意味で健気。

 そこにどんな思惑があるのかは知らないけれどね。


「私もご一緒していいだろうか?」


 また新顔。

 彼はよく知っている。入学式の後、教室へ入る前に声を掛けてきたから。

 何故かセフィリアではなく、私に。


「セフィリア様。グラスナー・アド・フェルメントと申します。因みに私は二度目であります」


 セフィリアにクラスメイトの顔を覚える気はあるのだろうか……


 グラスナーはフェルメント侯爵家の嫡男。

 セフィリアの婚約者候補としてもっぱらの噂だとか。

 本人談なので、話半分以下で聞き流しているけど。


「じゃあ、私も」


 手を挙げたのは、ナナエル・ロジー・ハミルトン。

 ハミルトン辺境伯家令嬢。

 何故名前を覚えているかだけど、彼女が忘れられない見た目をしているから。


 白に近い青髪をした少女。美少女と言っても何ら過言ではないが、注目したのはそこではなく彼女の頭の上。

 普通何もないはずの頭の上だけど、彼女にはあった。


「ウサ耳ね。貴女は覚えているわ」

「ウサ耳ではなく、ナナエルです。セフィリア様」

「そう」


 そう。ウサ耳が付いているのだ。

 彼女は獣人と呼ばれる人種。

 ハミルトン辺境伯領では獣人が多く、領主である辺境伯もまた獣人らしい。


 そんなわけで大所帯になってしまった私達は放課後を待ち、再びここへ集まることとなった。









「お待たせ」


 放課後になり準備を整え運動場へ向かったところ、全員の姿がそこにはあった。

 他の四人はセフィリアを中心にして集まっており、少し離れたところにベジックは立っていた。


「いや、私も今来たところだ」

「そう。ところで、私を誘った理由を聞いても?」


 真剣を使った戦いが始まる前に、聞いておかなければならないことだった。

 お互いに命を奪う気はないし、そんなことになれば退学どころでは済まない。

 だが、真剣を用いた段階で命懸けであることには変わりないので、戦う理由くらい聞いておかなければもしもの時に後悔してしまう可能性があった。


 後悔なく始める為には大切な質問だった。


「今日の模擬戦を見て、一番強いと思ったから」

「何故、一番を?」


 愚問かもしれない。

 けれど、理由があるなら聞いてみたい。


「この国には国王陛下を守る剣がある。知っての通り近衛騎士団だ。

 しかし、国一番の称号は別にあることも知っているな?」

「ああ。当代は不在だが『王国の剣』という称号が存在しているが…まさか」

「ああ。私の目指すべき所は、国一番の強者に贈られる称号『王国の剣』だ」


 王国の剣。

 名は剣を冠するが、剣でなくとも構わない。

 兎に角、国民皆が認める王国一の実力を示すことが出来たなら、その称号は与えられる。


「…剣聖アルバートすら、届いていないと判断されているが?」

「そうだ。だが、関係ない。私は目指し続けるのみ」

「そうか…」


 剣聖アルバートは王国の剣ではない。

 王国に居を構え、その強さは皆が知るところでもあるが、やはり反対意見も多々ある。

 一閃確殺流で与えられる称号。その剣聖の上にはさらに二つの称号があるからだ。


「では、いいな?」

「ああ」


 ベジックの構える大剣は私の剣より20cm程も長い。太さも大きく、その重量感は見ているだけで伝わってくる。


「構え」


 私達の用意が整うと、セフィリアが間に立ち、号令をかける。


「始めっ!」


 澄んだ声が運動場へ鳴り響いた。

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