七五三のようなもの
「天にまします我らが神よ。今、貴方の子がこの世界へ祝福の一歩を踏み締める時。その・・・・」
長い祝福の言葉が紡がれているけど、僕はそれどころじゃない。
だって、初めての外出が漸く叶ったのだから。
「・・・である。ここにジークリンド・アイル・オーティアが祝福の儀を迎えたことを宣言いたします」
ここは町にある唯一の教会。
祭壇に立つのはこの町の神父。
そして、その右手は跪く僕の頭の上にある。
長い祈祷?が漸く終わったようで、教会内に疎な拍手の音が響く。
現在ここにはカーバイン、リベラ、ロキサーヌ、ゲレーロの四人がいる。
家相であるタイラーは留守番。というか、カーバインの在宅時以外での外出は出来ない。
逆も然り。
そして、僕の五歳の誕生日を朝一番に祝ってくれた使用人のサーニャも留守番。
これは先日産まれた…と言ってももう2ヶ月以上前の話だけど、僕の腹違いの妹の世話の為に欠席となっている。
本人は酷く悔しそうだったけど、義理とはいえ親を差し置いて出席することは叶わなかった。
そこまで僕に愛着を持っていたことに驚きではあるけれど……
そんな素振りは微塵も感じなかったから勘違いだろう。うん。そうに違いない。
「ジーク、おめでとう。これでお前も立派な五歳児だな!」
「父様…言うことがないのなら無理しなくとも……」
祭壇の下にいるみんなの元へ向かうと、家を代表して先ずはカーバインが祝いの言葉をくれた。
単純に祝わない所がカーバインらしいといえばらしいけどね。
「ジークリンド、おめでとうございます。あ、あな、あなたが…うまれ…もう五歳だなんて……ああ…いつまでも小さいままで…」
「か、母様…母様を守れるよう、僕は大きくなりますよ」
「ジークちゃんっ!」
リベラは感極まり、大粒の涙を流しながらその豊満な胸で僕を包み込み窒息死へと誘う。
リベラは上級貴族家の出で金糸の様な髪、まさに深窓の令嬢という見た目だ。
前世の記憶があるからこの状況はドキドキしそうなものだけど、下のお世話をされた記憶がちゃんとあるので、僕に下心は一切ない。
それどころか……
し、死ぬぅ……
「ジークリンド様。五つの祝賀、おめでとうございます。テレスにこの様な立派な兄君は勿体なく思う毎日です。
健やかな日々が続くことを願っております」
「ロキサーヌ母様、ありがとうございます。僕には勿体無い可愛い妹を産んでくださり、ありがとうございます」
ロキサーヌとの距離は未だ開いたまま。
時間は沢山あるから、ゆっくりと家族になればいいよね。
因みに、可愛い妹の名前はテレス。初めて見た時はあまりの神々しさに腰を抜かしそうになったものだ。
テレスが嫁に行く日がいつか来ると思うと、今から胃に穴が空きそうではある。
話は逸れたけど、今日は五歳の祝賀。
この世界に誕生日を祝う慣わしはない。
年齢での祝いは、五歳、十歳、十五歳の三度の祝いがあるのみ。
特に成人の祝いは同い年が集まり、大々的に行われる。
平民であれば、村や町規模での合同イベント。
貴族であれば、王宮に集まり、ダンスパーティ……
ま、しがない田舎貴族の僕にはあまり関係ないかな。
貴族の集まりは社交の場。僕に社交を求める人なんていないだろう。
…いないよね?
「ジーク!そうだ!やるじゃねーか!」
師匠の動きについて行く。
それはただ走るだけじゃない。
平面ではなく立体的な動きだ。
「はっ!」
庭の木の幹を蹴り、塀の側面で足を溜める。
そこから倉庫の屋根まで飛び、屋根伝いに2階のバルコニーへと飛び移る。
まるで忍者。
そう。
御伽話のような。
僕が理想とするファンタジーがここにはあった。
「はあっはあっ」
「身体強化は問題ないみたいだな」
「はあ…そうですね。嘘みたいです」
僕の発言に不思議そうな表情を見せるけど、前世の感覚を覚えている僕にとっては、この動きはありえないんだもの。
曲芸どころではない。
棒のない棒高跳びくらいの跳躍が出来るし、動体視力は鳥の羽ばたきさえも捉える。
不思議を通り越して、妙な達成感すらある。
「オーラの基本はこれで終わりだ。次のステップは俺には教えられない」
「え…師匠にも使えないのですか?」
「いや?使えるが、教えるのが難しい。得意でもないしな」
五歳の祝賀を終えて三ヶ月後。
僕はオーラの基礎を習得した。
テレスはすくすくと育っている。
「父様」
食卓。賓客をもてなす為の場所でもあるから、無駄にテーブルが大きい。
貴族の中で貧乏な我が家には余計な物がないのだ。
その大きなテーブルも今では半分近くが埋まっている。
カーバイン、リベラ、リベラの対面側にロキサーヌ、リベラの隣に僕、ロキサーヌの隣で揺籠に揺られるテレスがいる。
「なんだ?」
「次の先生はどんなお方なのでしょう?」
猫耳獣人のゲレーロは良い師匠だった。
言葉ではなく身体で教えてくれるタイプで、授業が楽しくて仕方なかった。
まあ…口数が少なくて、偶に気を使うけれど。
「俺ももう五年以上会っていないが、ゲレーロと同じ元冒険者仲間だ」
「そうなのですね。そのお方の種族は人族ですか?」
この世界には数多くの種族がいる。
ゲレーロの種族である獣人族は獣の特徴を持った人達。
数は少ないけど珍しい程度の種族である耳長族。
耳長族と同じく数の少ないドワーフ族。
世界から嫌われている悪魔族。
などなど、色んな人達でこの世界は構成されている。
「うーん…多分…人族…かな?」
「…なんで、元パーティメンバーなのに知らないんですか……」
僕は呆れ顔で返した。
「そいつはいつもローブで顔を隠しているからな。歳を取った感じもなかったけど、かと言ってエルフとも違う様な感じだった」
「そうなのですね。わかりました。会えた時の楽しみにしておきます」
悪魔族ではないことを祈ろう。
別に差別主義とかではなく、家族に変な疑いをかけられたくないという意味合い。
僕は次の先生を心待ちにした。
その間はテレスと共に過ごそう。沢山構ってやるのだ。
「きゃっきゃっ!」
今日も今日とて書庫に籠っている。
いつもと違うのは、膝の上に天使を乗せているところ。
特に調べ物があるとかではなく、落ち着くからこの部屋にいるんだ。
「ふう…前世の記憶…」
最近の悩みは専らこの一つ。
覚えていることは多く、忘れたものも多い。
悩みは忘れているものについて。
「死因は恐らく心労からくる過労死。そこはどうでもいい。問題は死んだ後」
今世と現世では身体が違う。死因で悩んだところで、今世でもそれが当て嵌まるとは思えないから。
「薄っすらとだけど…大切な何かを忘れている気がする……」
死後の世界。
それは確かに存在した。
だけどその記憶は酷く朧げなもので、妄想や幻覚と言われたら言い返せない程度のもの。
「でも……」
大切な『何か』がそこであった。
それが何なのか……
「あうあー」
「ん?なんだい?テレサ」
前世で遣り残したことは少なく、今世では山の様にある。
その一つが今目の前で何かを訴えたのだから、僕の意識が現実に引き戻されるのも当然といえよう。
「あー…おしっこだね」
膝が温かい。
うん。
僕はこれに喜びを感じないから、その道には進まないようだ。
ゆっくりと、されど迅速に、そして丁寧に。
僕は天使の後片付けに追われるのであった。




