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二人の王女

時系列は昔。視点は三人称です。






「王女殿下、です…」


侍女が部屋の主人へと伝える。

その日、王宮では歓喜の声が生まれるはずだった。


「…そうか。ウェルフィアには良くやったと伝えてくれ」


そこには若き日のアルバート七世の姿が。


この国では途中からではあるものの、代々国王になると名をアルバートと改める慣わしがある。


玉座に座る国王は、その茶色い髪を掴み項垂れた。


「父の崩御が早すぎたのだ…」


この世界の人族の平均寿命は凡そ八十年。

オーラに守られた身体は老いにも病にも強く、それが長寿を可能としていた。

しかしながら、人は唐突に死ぬ生き物。

如何に気をつけていてもそれは起こる。


前王アルバート六世は早世だった。しかしながら次代の担い手は育っていた。

それがアルバート七世、戴冠時齢20。


待望の次代の担い手には、未だ世継ぎがいなかった。


そして、待ちに待った初子。

男児への期待が高まる中、齎された報告は女児。


誰に責任があるわけでもないが、項垂れることしか出来ず、妃へ会わす顔もなく、労いの言葉も人伝に任せたのであった。




そんな王家ではあったが、待望の男児には翌々年に恵まれることとなる。

その時の盛り上がりは、現国王の即位時を遥かに上回るものだったとされる。


男児を授かった王宮の次なる施策はさらに子を作ること。

後継者争いが起きるほど男児は必要ないが、王家直轄地の運営や保険としてもう二人ほどは欲しいという理由があった。


それには若く健康な妃が必要だった。


そこで白羽の矢が立ったのは嘗て国王と恋仲にあったと言われているミスティア。

ミスティアは国内の貴族であり国王との仲も良好、その上上級貴族なので身分も申し分ない。


そして、王家はミスティアを迎えた。


ミスティアは王宮の目論見通りすぐに身籠り、無事第二王子を出産した。

かに見えたが、産まれたはずの王子の心臓は動いていなかった。


そこから王宮に勤める上級治癒師達の奮闘により、何とか一命は取り留めるも、その時に負った心臓への負荷は根深いものとなる。


しかし、待望の子供。

それは盛大に祝われ、後年発覚した王子の病に関してはしばらく様子を見ることになった。









「真、可愛い女の子です」


その日、王は執務室にてその報せを受けた。


「そうか。労いに行こう。起きているか?」

「はい。母子共に健康そのもの。三度目の出産とあり、ウェルフィア様にも余裕ができた様子です。

元気に起きておられます」


その言葉を聞き、王は破顔した。


同じ女子の誕生だが、こうも気持ちが違うとは。

長女への罪悪感が多少頭を過ぎるも、直ぐにその思考を振り払い第一王妃の元へ向かった。











「おねえたま。おねえたま」


まだまだ舌足らずの少女は、懸命に姉の後を追う。


「あら。ヴィクトリア?どうしたの?お母様は?」


彼女達が暮らす後宮内といえど、幼子が一人でいるのはおかしい。

そう考えて親の居場所を探すが……


「ちらない。かんれんぼしてるの。おねえたまも!ね!」

「ふふっ。仕方ないわね」


どうやら侍女と遊んでいるらしい。

遊んでいるのはこの少女だけで、侍女は仕事ではあるが。


それはさておき。

そこには間違いなく、家族の姿があった。







「お姉様…」


そこには成長した少女の姿があった。しかし、顔色は優れない。


「あら?どうしたのかしら?」


妹の些細な変化を敏感に感じ取った姉は優しく問いかけた。


「何故、作法を頑張らないといけないの?」


少女の歳の頃はまだ8歳。

遊びたい盛りではある。


「それはね。私達が嫁いだ先で粗相をしない為よ」

「…いいもん。私は結婚しないから」


姉は14歳。とてもしっかり者であり、家族想いでもある。

何よりも、同年代全ての女性の模範となるべく日夜努力を欠かさない王族の鏡として、後宮内では有名だった。


「そうね。私もずぅっとここでお母様や貴女と過ごしたいわ」

「じゃあ、そうしよ?私もお姉様と離れんなんて嫌!」

「ふふふっ」


姉は温和に微笑んだ。


「でもね、私達は女性なの。そして、王族でもある。

女性は男性と違い子をなせるの。

そして王族は国の為に尽くさなければならないの。

臣民達の頑張りのお陰で、こうして何の苦労もなく私達は暮らしているのですから。

だから、いつか誰かの子を産み、この血を繋げ、国へと殉じるの。

その為には婚姻は必須。

そして婚姻後に作法が出来ていないと、お父様やお母様が馬鹿にされてしまうわ。

私はそれは嫌。だから頑張っているの。

ヴィクトリアは良いの?お父様やお母様が他の誰かに馬鹿にされても」


その言葉を聞き、妹は俯いてしまう。


「いや…だけど!お姉様と離れるのはもっと嫌よっ!」

「ふふ。ありがとう。私も辛いわ」


姉は感情のままに生きられる妹が羨ましかった。

しかし、羨む気持ちよりも慈しむ気持ちの方が上回る。


「私はいつか出て行くわ。それまで、仲良くしてね?」

「…うん。お姉様が何処へ行こうとも、私はお姉様の味方だから…お姉様も…」

「ええ。私も貴女の味方よ」


そのいつかはいずれやってくる。

そしてその時を迎える。








「キャサリン。其方に縁談の話が来ている」


少女にとってはいつも通りの晩餐だった。

この一言が国王の口から聞かされるまでは。


「はい。お父様」

「相手はバレドー辺境伯家の嫡男、アルディオス・ガレナ・バレドー殿だ」


同国内の貴族家に降嫁。

この国で辺境伯といえば、自治権の認められた他国に近い存在。

アルバート王国が現在の形に治る直前まで抗っていた小国の一つが、今のバレドー辺境伯領である。

とは言え、それは昔の話。

どの辺境伯も謀反の疑いはなく、今回の縁談の意図は国内の結束をより一層強くする為の婚姻と言える。


しかし、その話に待ったを掛ける声が。


「お、お待ち下さい!」

「どうした?ヴィクトリア。お前の婚姻ではないぞ?」


焦るように声を上げたのは第二王女であるヴィクトリア。


「私達王族の女性には、いつか訪れます。それは分かっていますが、あんまりですっ!」

「…何が、だ?」


国王の表情に影が落ちる。


「あのアルディオス様ですよっ!?顔に大火傷を負われた、あの……お姉様の気持ちもお考え下さい!」


アルディオス・ガレナ・バレドーは醜貌の貴公子と揶揄されるほど、顔に大きな火傷の痕を持つ。

片目は焼け落ち、眼帯も手放せない。

そんな見た目の者に、敬愛する姉を嫁がせようとしている臣下とそれを許した父が許せなかったのだ。


「ヴィクトリア。口が過ぎるぞ」


そこで声を出したのは、母である王妃と同じ黒髪を持つ第一王子マクレード。


「父上が姉上のことを考えていないだと?寝る間を惜しみ悩まれて答えを出されたのだ!恥を知れ!」

「マクレード。よい。ヴィクトリアはまだ子供なのだ」


この時、第一王女キャサリンは19歳、第一王子は17歳であり、ヴィクトリアはまだ成人を迎えていない13歳だった。


「さあさあ、皆様。婚姻は慶事ですよ?この様な暗い話は似合いません。

本日の晩餐を頂きましょう。

ヴィクトリア。幸いにもここには王族しかいない。先程の発言は姉上を想ってのことだと目を瞑ろう。

父上も兄上も、それで良いですよね?」

「「構わん」」

「姉上、おめでとうございます」


手を叩き重い空気を払拭しつつ注目を集めたのはアーノルド第二王子。

未だ14歳とこちらも成人していないが、その頭脳が明晰であることは国内外の貴族にも有名であった。


そして、ここに来て初めての祝いの言葉。

それを贈られたキャサリン王女が応える。


「アーノルド。ありがとう。…いつも」

「いえ。弟として当然ですから」


いつも。いつもこの弟が助けてくれる。

婚姻が成立すればお礼を伝える機会もグッと減る。

故につい、いつもと言葉を続けてしまった。


姉の想いを受けたアーノルドは、いつもと変わらぬ飄々とした態度で食事を口に運んだ。








コンコンッ


「王子殿下がお越しです」


侍女が伝えた言葉を飲み込み、相手がどの王子か察する。


「どうぞ」


その言葉に侍女が頭を下げると、開かれた扉から予想通りの王子が部屋へと入ってくる。


「姉上。よかったですね」


開口一番、伝えられた言葉により、キャサリンは黒い髪を弄びながら頬を染めた。


「十年越しの恋が叶ったのは、この私と父上のお陰なのですよ?向こうでも感謝して過ごして下さいね」

「わ、わかってますよ!お相手のお名前を聞いた瞬間、貴方が暗躍してくれたことくらい。態々私を揶揄いに来たの!?」

「いえいえ。一つ聞きたくてですね」


王女の私室を訪ねたのは未成年の弟。

成年した時点で後宮を出るルールなので、第一王子であるマクレードはここには来れない。


「何ですか?アーノルド」

「ヴィクトリアへは黙って行くのですか?」


姉の慕情を知っているのはヴィクトリアを除いた王族。

それを皆が黙ったままにしているのは、キャサリンに伝える気がないから。


「はい。私達王族の女性は、国の為に婚姻を結びます。そうヴィクトリアを教育したのは私なのです。

その私が淡い恋心を実らせ、幸せな婚姻に辿り着いたことは、ヴィクトリアに期待の芽を植え付けてしまうことになるでしょう」

「つまり、ヴィクトリアに期待させない為?」

「ええ、そうです」


王族の幸せは婚姻に在らず。

その婚姻がどれだけ国に利をもたらすか。

それだけが幸せだと教えられて育つ。


キャサリンもそうだった。

だから、その想いには蓋をしていた。


しかし、臣下の出した候補者から王が選んだのは。

そういうことである。

王は、いつも我慢ばかりさせていたキャサリン王女を、いつも負い目ばかり感じていたキャサリン王女の幸せを、誰よりも願っていた。


ただそれだけ。

この婚姻は必然だったのだ。


勿論、そう上手くいくものではない。

これにはアーノルドの暗躍が一枚も二枚も噛んでいた。


婚約者を選定する貴族達を裏で誘導し、最初は顔の火傷から候補にすら上がっていなかった姉の想い人である辺境伯家嫡男を推させたのだ。


「あの話を聞かせられないのは残念だけど、確かにヴィクトリアの婚姻がどうなるかなんてわからないからね。

わかりました」

「あの話って……やめなさいよ?」

「誰にも言いませんよ。いう相手がいませんから」


その言葉に安心するも、やがて喋る相手が出来れば…と、安堵から苦い表情へと変わるのであった。




一方。




「王族の女性は…相手を選べない…」


絶望を露わにし、ヴィクトリアは一人暗闇に沈んでいた。

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