新たなる門出
「新入生代表挨拶、セフィリア・ミスティア・アルバート。前へ」
名前を呼ばれたのはセフィリア。
最後まで代表挨拶を辞退しようと足掻いていたが、私の説得により事なきを得た。
挨拶は私の渡したメモ通りに行われ、無事終わりを迎えた。
パチパチパチ…
拍手の間も、スピーチ間も。さらには降壇している間も、私を睨んでいた。
そのせいで周囲の視線が私へと集まる。
これは意趣返しなのだろう。
『成績が優秀なジークが挨拶をすべきよ!』
これに対し。
『私が挨拶をすれば、王女を差し置いてと私が非難され、更には王家の評判にまで傷がつくやもしれません』
と。
この視線の意味。それは、本当の代表はそこにいる。
その意思表示であり、意趣返しでもあり、嫌がらせでもある。
このくらいは甘んじて受け入れましょう、姫様。
学院には、成人を迎えた貴族が全員入れるが、入る前に検査はある。
検査といっても普通のテストだ。
赤点はなく、単に度合いを調べるためのもの。
それによりクラス分けと出席番号分けがされている。
「出席番号一番、ジークリンド」
「はい」
入学式も終わり、今は教室で自己紹介の時間。
学院の建物は白を基調とした厳かで質素なもの。
そしてこの教室も同様に白い。
前世の学校と何ら変わり映えのない光景だ。
机や椅子に金属はあまり使われていないが、そこは逆に貴族が使用するもの。
丁寧で美しい木工工芸品だ。
クッションすら付いている。
「初めての方もおられるかと思います。ジークリンドです。これから切磋琢磨し、みんなで交友関係を広め、学力を高めて行きましょう」
家名は名乗らない。
それが伝統なのだけれど。
結局ここは小さな社交場。
休み時間になると、『〜様』のように、身分を立ててくる者が多い。
というか、ほぼ全てが。
まあ、それは仕方のない事だと思う。
一歩学院を出れば待っているのは縦社会。
間違えて普段通りに話しかければ不敬と取られる可能性もあるし、貴族同士でも付き合いにヒビが入るかもしれないからね。
「次、出席番号二番、セフィリア」
教師は慣れたもので、王族であっても呼び捨てに戸惑いはない。
「次、出席番号三番、カトリーナ」
ここで学園からの数少ない知り合い、カトリーナ嬢が呼ばれた。
彼女とセフィリアの差は殆どないはず。
筆記試験の結果は圧倒的にカトリーナ嬢が上だが、実技である選択科目では、剣技を選択しているセフィリアに分がある。
仮に同率ならセフィリア。
多少劣っていてもセフィリア。
誰の目にも明らかではない限り、セフィリアが上。
そこは仕方のないことだろう。
むしろそれを抑えて一番を手にしてしまった私の居心地は、頗る悪いのだから。
平民であるカトリーナ嬢なら尚のこと。
相手が王族ではなく上級貴族であれば何の問題もなかったが……相手が悪かったな。
それ程に、王族とその他の身分はかけ離れている。
王族から見たら、上級貴族の子弟も平民も大差ないのだ。
当主クラスでないとそこに差を見つけられないくらいには、生まれが違うということ。
「これで全員です。私はこのAクラスを担任するパシェット。皆さん、一年間協力して頑張りましょう」
初めてのクラス会が終わり、次に待つのは寮での話し合いだ。
「Aクラス寮の寮長ヴィクトリアです。皆様、ようこそ王立学院へ。これから楽しく、仲良く過ごしましょう」
挨拶しているのは、知り合いだった。
知り合いというには烏滸がましく、知っていて当然の相手。
「見た顔がいますね。該当のお二人を残し、皆さんは夕食まで部屋へ戻っていてください」
彼女は私の二つ歳上。
名前をヴィクトリア・ウェルフィア・アルバートという。
父の面影を残す茶色の髪がよく似合う淑女。
そう。
この国の第二王女であり、セフィリアの異母姉妹にあたる人だ。
ヴィクトリア殿下の母君はウェルフィア・ルシータ・アルバート様で、ルシータ王国から嫁がれる際にそれをミドルネームへと変えたお方だ。
二人の内の一人はセフィリア。
もう一人は、私か別の人か。
さて、どちらだろうか。
ここで残って『いや、貴方じゃないわ』と言われる辱めを受けるか、残らず『無礼な人ね。私に恥をかかせるなんて』と顰蹙を買うか。
考えるまでもなく、答えは初めから決まっていた。
「セフィリア。大きくなりましたね。背丈は既に私よりも大きいわ」
ヴィクトリア殿下は160cmと女性の平均よりやや高め。
そんなヴィクトリア殿下よりもセフィリアは少し高くなっている。
本当に微差だけれど。
「お姉様。ご機嫌よう」
全くご機嫌ではなさそう。
不服を表情に出すなんて、また怒られるよ?
「ジークリンド殿も、ご健勝のようでなりよりですわ」
残って正解だった模様。
それ以外の選択肢はなかったけれど。
「勿体なきお言葉。ヴィクトリア殿下と同じ学舎で過ごせること、光栄の極みにございます」
「敬称は不要よ?」
「お許し下さいませ。矮小な存在である私にそのようなことが出来るはずもなく」
私の知っている王族は、陛下、第一第二妃殿下、第一第二王子殿下、第二第三王女殿下の七人。
この中でも第一王子殿下とは付き合いが少なく、恐らくだが第一王妃殿下とこの第二王女殿下に私はよく思われていない。
それは私と交友の深いセフィリアも同じ。
なので、隙は見せられない。
「結構。仲が良いのはよろしくてよ。ですがここは学舎。王室の者として恥ずかしくない行動を取るように。
ジークリンド殿は…まあ、男爵家嫡男風情らしく、大人しくしていることですわね」
「御意に」
「ふん」
何故、ここまで嫌われているかは想像に難くない。
それについては、第二王子殿下であらせられるアーノルド様との意見も合致している。
少し息苦しくなってしまうが、それも一年だけのこと。
他の生徒に比べれば楽な立場なのだから、甘んじて受け入れなければならない。
「ジーク!見た!?何なのよあの態度は…高々王女ってだけで!」
与えられた寮の自室。
クラス関係なくここでは一人部屋が与えられ、御付きの者も同性であれば一人入れることが出来る。
男爵家にその余裕はなく…あるけど、新しく雇っても私が落ち着けなければ意味もないからいない。
そして、寮は建物内で男女が分かれており、食堂以外で顔を合わせることもない。
なのに、ここにセフィリアがいる。
「ここは3階だよ?何を考えているのだか…」
「平気よ。三階って言っても、王宮の二階くらいのものだもの」
そういう意味だけじゃないけど、言っても無駄だろうね。
「ヴィクトリア様のことは今に始まったことじゃないだろう?気にするだけ損だ」
「わかってるわよ…でも、何で急に態度が変わったのかしら?
昔から私を見下している所はあったけど、嫌われてはなかったと思うわ」
セフィリアは気付いていない。
学院で暮らし始めたヴィクトリアとは、二年前から接点が減ったからここまで気にしていなかったせいでもあるけど。
しかし、ここから一年も側で暮らすことになるから、伝えておいた方がいいかもしれないね。
「見下していた理由は何だと思う?」
「それは…女だてらに私が剣に没頭してたから…」
それもあるだろうけど、本質は違う。
「第二妃殿下の子供だからだよ」
「そう…そんな気はしてたわ」
家族なのに。
その想いがあるから、その考えに気付いていても蓋をしていたのだろう。
だが、セフィリアももう子供ではない。
だから残酷だけど伝えた。
「嫌われている理由は?」
「…お父様に目をかけられている、から?」
「そうだね。セフィリアは他の御兄姉と比べて、特段可愛がられていると私も思うよ。
でも、それで半分」
いや、半分以下だろう。
王子なら兎も角、王女が国王に可愛がられても利点は少ない。
子供なら嫉妬心も芽生えるが、ヴィクトリア殿下がセフィリアを嫌いだしたのは成人を迎える少し前からだ。
答えの鍵は、ヴィクトリア様の予想する未来と第一王女殿下が握っている。




