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王国の至宝

 





 王国暦217年は、アルバート王国にとってとても目出度い年となる。


「目は陛下似ですわ」

「輪郭はミスティア似ではないか。愛らしい男児をありがとう」


 若き日のミスティア王妃は出産を終え、産まれたばかりの赤子と寝床を共にしている。

 その妃の手を握りつつ、産まれたばかりの第二王子へ視線が釘付けになっているのはこの国の国王その人である。


「陛下。この子の名をお聞かせ下さいまし」

「ああ。アルバート王国第二王子の名は、アーノルド。この子はアーノルド・ミスティア・アルバートだ」

「良き名をありがとうございます」


 無事な出産と、産まれたのが第二王子であること。そしてその名がアーノルドだということが布告され、それは瞬く間にアルバート王国全土へ知れ渡る。





「こ、これは…し、失礼を…」


 王族の教育は物心つく前から始まる。

 早ければ早いほど、安定した子供の人格形成に役立つ為である。


「間違いは誰にでも起こり得る。それよりも、ここはどういう意図があるのだ?」


 謝るのは大人、それを指摘した上で慰めたのは子供。


「ここは政権運営の肝となる部分です。意図は懐柔と反抗の芽を摘むこと」

「なるほど…利と不利を同時に示すことに意味があるのだな」

「流石です…前情報無くそこに気付かれたのは、殿下が初めてではないでしょうか」


 この時、アーノルドはまだ八つ。一般教養を既に修め、現在は高等教育の真っ只中。


 講師の男性は初めて会う噂の神童に慄いていた。


(てっきり、相手が王族だから大袈裟に吹聴されたものだとばかり…まさか、噂以上だとは……)


「…次に進めてくれ」

「はい。では、政から戦の基礎に」


 褒められることが嫌いなわけではない。それにより貴重な時間が奪われることを嫌っているのだ。


 止まることなく、アーノルドは進化し続ける。

 が、その時は急に訪れてしまった。









「それで?何だったのだ?」


 茶色の髪に白髪が混じり始めた男性が問う。


「はい。上級医師の診断は『先天性心疾患(胸の病)』とのことでした」

「それは…命に関わるのか?」


 王の問い掛けに答えたのは国王付きの侍従。

 聞き慣れない病名に国王は一番大切な部分を聞いた。


「…はい。成人まで生きられるか、生きたとしてそこから先のことは現在不明とのことでした」


 剣技の修練をしていたアーノルドが倒れ意識がないと報せを受けた時は生きた心地がしなかった。

 初めは事故を疑い、誰が何をしたのか近衛騎士を問い詰めた。


 しかし、それは違った。

 アーノルドはただ日課の素振りをしていただけだったのだ。

 それなのに、急に胸を押さえて倒れたと聞かされた。


 国王は国中にいる医師を呼びつけ、アーノルドの身体を徹底的に調べさせた。

 そして医師達が出した結論を今し方聞いたところ。


「治せぬのか?」


 侍従の暗い表情を見れば聞くまでもなかったが、それでも希望は捨てられない様子。


「…はい。碌に治療法もなく、対処療法しかありません」

「…わかった。決して口外せぬよう周知するのだ」

「はっ」


 侍従が退室するのを視線で追いかけ、やがて扉が閉まり部屋は一人きりとなる。


 ガンッ


 鈍い音が執務室から廊下へ漏れるものの、護衛達が部屋へ飛び込むことはなかった。

 彼等は近衛騎士。

 事情を把握しているのだ。








 アーノルドが初めて倒れてから3年の月日が流れていた。

 今は13歳。

 あと二年で成人を迎えるが、誕生日を迎える度に王と妃は近い将来訪れてしまうだろう最悪の未来を想像し、その内面へ影が落ちてしまう。


 それでも外面には笑顔を貼り付け、最愛の息子の誕生日を祝っている。


 そんな王族にも誕生日を祝う習慣はない。

 それでも二人は祝わずにはいられないでいる。

 祝えないことの辛さを…いや、祝える喜びを噛み締めていたいのかもしれない。


「其方ももう13か。早いものだな」

「あと二年で成人ですわ。今から礼服を選ぶのが楽しみで仕方ありません」


 王族専用のサロンでは、王と第二妃、それからアーノルドの姿があった。


「御二方とも、心配せずとも私が早々に死ぬことはありません。

 自分の身体のことは自分がよくわかっておりますので」


 二人の心配している姿を見ると、アーノルドは痛くもない胸が締め付けられる思いをしていた。


 これは病ではなく、申し訳なさから。

 だから少しでも自分が過ごしやすいようにと、二人には心配無用と伝えた。


「…済まんな。心労は大敵だというのに。愚鈍な父で申し訳ない」

「アーノルド…ごめんなさい…ダメなの……貴方を失う日がいつか来るなんて…私には耐えられません…」


 アーノルドに二人を責める気は一切ない。

 ただ、悲しんで欲しくないだけ。

 ただ、笑っていて欲しいだけなのだ。


「この話はやめましょう。父上、何か面白い話はありませんか?」

「む…そうだな。そういえば、一つある」


 アーノルドの唯一の苦手分野。

 それは人を笑わせること。

 その点に於いては、愚鈍と卑下した国王に分があるようだ。


「ジークリンド…確かに、面白そうな少年ですね」


 国王の世間話の中で出てきた名前。

 ジークリンドとアーノルドに接点はない。

 年も三つ離れているので、この後訪れる学院の在籍期間も被ることはないだろう。


 そんなジークリンドは現在10歳を迎えたばかり。

 そんな子供が大人達を驚かせることを幾つも行なっている。


「剣技もですか。それは末恐ろしい子ですね」

「そうなのだ。そうだ。剣技と言えば、一つアーノルドに相談があったな」

「何でしょう?」


 国王の相談は、愛娘を剣の道から遠ざけたいというものだった。

 理由はいくつかあるが、一番はセフィリアの性分。


「セフィリアは決して諦めないだろう。だが、我らは王族。国の為にもいつか結婚して家庭に入らなくてはならない。

 その時、剣を理由に良き縁談が消えてしまうということにならないといいが……」

「それは相手次第でしょうが、確かに選べなくはなりますね」


 相手が誰でも良いはずもなく、王女の結婚候補というものは実は少ないのが現状。

 子を儲ける為にも前後5歳くらいが適齢とされ、家格も臣下であれば上級貴族以上であり、他国であれば王族皇族などの国のトップでなくてはならない決まりもある。


 その数少ない中で、剣を振るうことを許容してくれる縁談相手が何人いるのか。

 親として王として、心配なのも当たり前というもの。


「正直、手段は限られてきます。最悪は王命ということにも」


 アーノルドの提案、その全てに国王は首を振った。


「そうですか…では、自発的に仕向けたいと?」

「…あまり、過激なものはやめて欲しい」

「では、無理ですね。あの子はちょっとやそっとのことでは諦めません。

 その中で私に出来ることは、セフィリアを罵倒することくらいですね」


 セフィリアの意思は固い。

 そのセフィリアへ王が命令してしまえば、国内に逃げ場がなくなってしまう。

 国を出て行ってしまう可能性に二人が気付かないはずもなく。


「頼めるか?」

「父上が剣を置くように仕向けてしまうと、あの子は最悪な選択をすることになります。

 仕方ありません」


 こうして、アーノルドは妹の将来の為に嫌われ役を買って出ることに。




『セフィリア、剣を持て』

『お兄様?…わかりました』


 アーノルドは運動を禁止されている。


 修練場で見つけたセフィリアへ木剣を構えるように促し、木剣をただ持っただけのアーノルドは悠然と近づいていく。


『え』


 セフィリアが気付いた時には、アーノルドの木剣はセフィリアの腹部へ突き刺さっていた。


 アーノルドによる意識の外側からの攻撃。

 アーノルドには、この一撃でしか今のセフィリアへ対抗する術がなかった。


 セフィリアは毎日剣を振っていたのだ。

 まともに戦えない身体ではなくとも、真正面から斬り合えば勝てない可能性すらあった。


 この後の言葉に説得力を持たせる為にも、圧勝でなくてはならない。

 これはアーノルドにとっても、一か八かの攻撃だったのだ。


『ぐぅ…』


 腹を抑え蹲る妹の前に立ち、仕上げの言葉を紡ぐ。


『不意打ちだと罵るか?剣聖なら…いや、ジークリンドという者なら受け止めただろう。

 セフィリア。お前に剣の才はない。私達は国に生かされている王族だ。

 民のためにも、剣を置くことだな』


 そう告げると、アーノルドは木剣を捨て、修練場を去っていく。


 特に激しい動きはしていない。

 故に心臓への負担もなかったはずだ。


(それなのに、また胸が酷く痛む)


 どうせもう直ぐ死ぬ身だと妹への嫌われ役を買って出たが、神童と呼ばれるアーノルドであっても、自身の精神をそう簡単には掌握出来ないでいた。





 後年、アーノルドは将棋を切欠に互いを認め合う関係を築けた莫逆の友ジークリンドと出逢う。


「ジークリンド。君がいるから、私は死を恐れなくなった。

 私の代わりに、国を……いや、妹を守って欲しい」


 痛む胸へ手を当てて、アーノルドは今日も安眠を得る。

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