何かを背負うということ
「・・・良い顔が揃ったものだ。安心して次代を任せられる。諸君らの明るい未来に、乾杯」
陛下の挨拶が終わり、成人の儀が始まった。
といっても、特段何かあるわけでもない。
お決まりのダンスに、陛下含む王族方への挨拶くらいだ。
そしてこの度の成人の儀では、誰もが目立つわけにはいかない。
そんな会場では通例と真逆の緊張感が漂っている。
「ジーク!漸く見つけたわ!」
そう。主役は彼女と初めから決まっているのだから。
「王女殿下におかれ『もう、いいじゃない』……そう申されましても……」
もういい。
それは、学院へ通い始めると私達が友人であることがどうせバレてしまうから。
しかし、私にその決定権はない。
「陛下は?」
「お父様も別にいいって。隠している方がやましいと思われるわ」
「そう、脅したんだね?」
陛下の許可が降りたのなら、此方としても問題はない。
ただ、人目があるところではなるべくなら避けねば。
同じ学生だからという言い訳は、基本学院でしか通用しない言葉。
そこでどれだけ仲が良くなろうが、外に出れば仕える相手と臣下でしかない。
そことここをどう見るか……
私は外だと判断する。
けど、今日くらい良いのではないかとも思う。
一生に一度の晴れ舞台なのだから。
「…お願いしたのよ。間違いないわ!」
「まぁ、それでいいよ」
不承不承ながらも納得してあげよう。
セフィリアは簡単に譲ってくれないからね。
「ほら。ザワザワしだしたよ?」
「いつものことよ」
私にとっては、いつものことではないのだけれどね。
全部自分目線なのもいつものこと、だね。
「それにお父様への挨拶ですぐにそれどころじゃなくなるわ」
「それもそうだね。私の順番は始めの方だと聞いたから行ってくるよ」
貴族には序列がある。
一番大雑把なものが上級か下級か。
次が爵位。
侯爵(公爵)から始まり、騎士爵で終わる。
そして一番細かく誰も気にしていないが、事あるごとに重要になるのが爵位ごとの序列だ。
これは家の古さにある。
家が古いほど早く、新しいほど遅い。
家格が同じ男爵家であっても、何時でも争いなく並べるのはその為。
この成人の儀の陛下への挨拶は、家格が低く序列の遅い順番から。
つまり、ウチは割と早い時間に呼ばれるのだ。
「何言ってんのよ。ジーク達オーティア男爵家は特別なのよ」
「はい?」
「特別に、挨拶はなしって。聞いてない?」
初耳だ。
父上へチラリと視線を向ける。
何も考えていなさそうだ。つまり、知らないんだ。
「なるほど。陛下のお戯れですか」
「なにそれ?」
「父上を揶揄って遊んでいるのですよ。陛下はいつまで経っても呼ばれず、慌てふためく父上を見たいのです」
子供…と言わざるを得ない。
しかし、それも臣下の務め。
それで主君が喜んでくれるのであれば、安いものだ。
それに王城へ入るときに見せた父上の緊張。
恐らくありもしない話を聞かされて、騙されているのだろう。
例えば、サプライズでの代表スピーチがあるとか。
「しょーもな。放っておくの?」
「それで良いでしょう。主役は私達なのです。今日くらい親の面倒から離れてもバチは当たりません」
「そうね。でも、いい加減言葉遣いを戻さないと叫ぶわよ?」
こわっ……
前世で痴漢冤罪を掛けられるレベルで恐ろしいからやめてね?
「癖なんだよ。仕方ないだろう?」
「まあ、キャサリンは五月蝿いから仕方ないわね」
キャサリンとは、私達の礼儀作法の講師で、主に言葉遣いを担当していた者。
私は既に卒業を言い渡されているが、セフィリアは未だ怒らせていると聞いている。
「何処行くのよ?」
セフィリアが来たせいで、此方へと視線が集まり過ぎた。
挨拶も免除されていることだし、トラブル防止の為にも抜け出すとしよう。
「秘密。君はここへいた方が良い」
「私も行くわ!」
「それは流石に陛下がお許しにならないよ。気付いているだろう?」
野次馬の視線とは別に、刺すように此方を見張る視線に。
「…ずるいわ」
「君はいつもそれを言うね。でも君も皆んなから見たらずるい塊なのだから。すぐに戻るよ」
後ろ髪を引くセフィリアを会場に残し、私は通い慣れた廊下進んでいく。
私が退場したのには理由がある。
それは主役を独り占めしない為。
男爵家が名誉ある挨拶を免除された理由がまさにそれだ。
それを私にだけ分かるように伝える為に、陛下はセフィリアを使った。
そうすればウチの家族が陛下へ対しての心象を損なうことがないから。
というより、父上に嫌われたくないから。
そして、娘の晴れ姿を目に焼き付けたいから。
私に独り占めされず、誰もが羨望の眼差しを向ける所を拝みたいから。
これを考えたのは宰相閣下辺りだろう。
陛下は反対されたはずだ。
自分の為に臣下に我慢させるなんて、と。
同じ親なのに、と。
親愛に身分は関係ない、と。
それを飲む代わりに父上を困らす案を宰相閣下に練らせた。
「ま、こんなところだろうな」
父上もあれで、私の晴れの姿を楽しみにしていた。
それでも私はこれで良かったと思う。
個人よりも全体を見たときに、これが平穏で幸せな選択だ。
「主役がこんなところで何をしている?」
今にも沈んでしまいそうな太陽をバルコニーから眺めていると、そんな風に声をかけられた。
バッ
すぐに臣下の礼を取る。
「これはアーノルド殿下。お邪魔しております」
アーノルド殿下は第二王子。そして、セフィリアの全兄。
「だから、ジーク。何故ここにいる?」
「少々夜風に当たりに」
「嘘をつけ」
金髪の王子はセフィリアとよく似ている。
身長は私より少し高く、180程。
背は高く運動もかなりやるとか。
しかし、残念ながら生まれつきの持病で心臓が悪く、本気を出せず、手を抜いたその運動さえも皆が心配して止める。
「また陛下の戯れか…よし。私が一言」
「待ってください。知っていて、私が選んだのです」
セフィリアとの一番の違い。
アーノルド殿下は聡明であらせられる。
陛下と宰相閣下が二人がかりでも言いくるめられるとは、王城に伝わる逸話でもある。
私はよく城の者達から第二のアーノルド殿下と噂されるが、事実は違い足元にも及ばない。
そう呼ばれるたびに、気恥ずかしい想いをしてきたものだ。
「…そうか。なら、何も言わん」
「私は良いとして、殿下は良いのですか?」
「兄上がいれば充分だろう。私は所詮オマケに過ぎんからな」
この人も私と同じだ。
誰かを立てる為に、何かを成してきた。私との違いは、生まれた時からそれをしているところ。
それはもの凄い胆力を必要とする人生だ。
尊敬せずにはいられない。
「それに殿下はよせ。私とジークの仲だろう?」
「…将棋友達の件をまだ言いますか」
殿下と私の出会い。
それはミスティア王妃からの頼みが切欠だった。
『ジークリンド様。将棋とは、それほど簡単なゲームなのでしょうか?』
『それはないでしょう。無限に迫る手数とパターン。それらを網羅することは、人である限り不可能です』
『まあ!では、製作者であるジークリンド様なら、勝てますわね!』
正直、何の話なのか理解が追いつかなかった。
対戦相手は勿論当時のアーノルド殿下。
将棋を始めてはみたけど、すぐにまともに戦える相手がいなくなってしまい、ライバルを探していたのだとか。
『あの子には可哀想な思いをさせています。丈夫に産んであげられなかったことはその最たる所。
どうかお願いです。
あの子に敗北を教えてあげてくれませんか?』
頭脳ゲームはすべからず、ギリギリの勝敗にこそその醍醐味がある。
それを聞いたミスティア王妃は、対戦相手探しを始めたのだ。
そこに白羽の矢が立ったのは必然だったのかもしれない。
娘のことを含め色々と頼んでいて心苦しいけど、それでも頼むと涙ながらにお願いされれば、私もやるしかなかった。
「殿下はすぐに私より強くなられたではありませんか…友達は畏れ多いのです」
「馬鹿いうな。ジークの逸話の方が私のして来たことよりも遥かに上。
私がまともに渡り合えるのは、頭を使ったことくらいのものだ……」
「……殿下。私が見つけて見せます」
心臓さえ丈夫だったなら。
殿下は間違いなく私よりも遥かに強くなられていた。
「そうだな。友を信じて待つのも、それもまた人生」
「はい。私は不可能を可能にする異端児ですので」
「はっはっはっ!そうだな!誰が言ったか、まこと面白い渾名よ」
殿下の心臓を治す。
それは殿下に任された、私の使命。
医師からは三十まで生きるのは難しいと言われている。
私に医学の知識はない。
あるのは、前世の知識のみ。
それに縋るしかないのだ。
その知識とこの世界の秘薬達。
何かが混ざれば何かが出来る。
知識と秘薬とこの世界の医療を混ぜる。
それが心臓を治すモノへと辿り着くまで、混ぜ続ける。
「では、私は部屋へ戻る。ジークも戻りなさい。未来の花嫁が首を長くして待っているぞ?」
「…殿下まで。セフィリアとは何もないですから」
「まあそう言うな。少なくとも、私と陛下と母上はそれを願っている。じゃあな」
殿下はにこやかに去っていった。
気付けばすっかり日も沈み、夜風が冷たさを増していた。
「何が必要なのか…」
医学の知識、この世界の知識。
恐らくは両方なのだろう。
「私は殿下の命を背負った」
大人になるとは、何かを背負うことと同意。
それが責任という言葉で一纏めされることも多い。
けれど、私は初めから大人だった。
子供もいない前世の私。
しかし…記憶にはないどこかで……きっと。




