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駆け抜ける日々

 






「また…負けた…」


 結局、この五年で私がまともに登校したのは最初の一学期だけとなった。

 休みに影響しないのだから最後の年度末テストくらいは譲っても良かったのだけれど、手を抜くと怒るからそれはやめておいた。


「カトリーナ嬢。君もずっと二位だったんだ。誇っても良いんじゃないだろうか?」

「その喋り方にも慣れたわ…そうね。本来なら三年の予定だったけど、貴方のお陰で頑張れたわ。

 来年度もよろしくね」

「おっ。ということは、学院を受けたんだね。おめでとう。そして、これからもよろしく」


 カトリーナは平民だ。

 普通であれば三年で卒業なのだが、彼女は優秀だった為、学園へ残ることに。

 そして、学院にも。

 平民の為の学園と違い、学院は貴族の為という側面が強い。

 そこへ入るにはこれまでに残してきた結果と、難関と言われる一般入試を突破しなくてはならない。

 結果、彼女は国の宝と認められたのだ。


 結果としてあまり通わなかったけれど、クラスメイトとして誇らしい気持ちにさせてくれた。










「ジーク!そんなものなのっ!?」


 いつもの修練場では激しい剣戟が繰り広げられている。

 以前は誰も近寄らない私達の修行だったが、今は文字通り誰も近寄れない修行へと変わっていた。


「まさかっ!」


 セフィリアの癖。

 身体強化に頼り気味なその一撃を往なすと、遠心力により止められない行動の終わりへ、僕は木剣を差し込む。


「…負けたわ」


 この五年で、セフィリアは私には素直になってくれた。

 三年前までは負けを認められなかったことを思うと、随分と成長したものだ。

 認めると強くなれるから。

 そこに気付いたのだろう。


 そしてセフィリアは領域展開(テリトリー)も三年で修得し、今はこうして本気の斬り合いを結んでいる。


「セフィリア様、ジークリンド様。ダンスレッスンのお時間です」


 しゃがみ込むセフィリアへ手を差し伸べて引き起こすと、そう侍女が伝えてきた。


 三年ほど前から私には課題が与えられるようになっていた。

 与えたのは陛下と第二妃殿下。


 内容は、礼儀作法と王侯貴族文化を学ぶというもの。


 この言葉遣いもその指導による賜物。

 テレスにはかっこいいと褒められ、二人の母上からは可愛げがなくなってしまったと嘆かれ、父上からは『それで良いのか?』と意味深な言葉をいただいた。


 学園に通い出してからのこの五年で変わったことは沢山あるけれど、一番は心の中でも父と母と呼ぶことになったところだと思う。


 子供時代はやはり前世への思いが強く、以前の父母の姿が脳裏を過ぎり、そう思えなかった。


 でも、今は違う。

 前世の父母も変わらず大切だが、何よりも、今を大切に生きようと決めたのだ。


 今世では家族を第一に考え、必ず幸せにする。

 今世では長生きをして、必ず父上と母上を見送る。

 そして、私も誰かに見送られるのだ。


 それが今の、今世での目標。


 つまらない人間になったと罵られてもいい。

 大切な人達の幸せが、それで守られるのなら。










「本当に立派になられましたね…」


 卒業式。田舎の男爵領から父上と母上、それに妹まで駆けつけてくれた。

 代表挨拶が響いたのか、母上は涙を流して私を称えてくれた。


「いえ。それもこれも、父上と母上がいればこそ。私はこの後にも学業が待っている身。

 成人したとはいえ、まだまだ父上と母上の庇護下です。

 これからも宜しくお願いしますね」


 そう、私は成人を迎えた。

 この国の制度に従い、十五歳を迎えたその日に成人した。

 だが、成人式はこれから。

 貴族の成人式はこの卒業式よりも大々的に行われる。


「兄様。私はまだ後四年もここへ来れません…」

「テレス。君程の才色兼備は王国広しといえど出会ったことがない。

 だからそれを磨き、その時を待て。

 その時はきっと、素晴らしい日々が君を祝福してくれるはずだよ」


 テレスは可愛らしさをそのままに成長してくれた。

 四年後に王都の学院へ来る頃には噂になっているだろう。

 誰だ?あの美しい人は。

 完璧な淑女だ、と。


 有難いことに、この辺りの感覚は変わっていない。


「ジーク。卒業おめでとう」

「ありがとうございます」


 父上との会話は少ない。それでも通じ合えていると信じている。


「何かと不便じゃないか?王都に別邸を買っても良いんだぞ?」

「言いますね。ですが、不要です。学院にも寮は有りますし、殆どの生徒がそこから通うのに、私だけというのも」


 男爵領の景気は高まる一方。

 今では小さかったあの屋敷を増築し、中堅貴族家並みの館へと変貌を遂げている。


 金はあるが、使い道も沢山ある。

 無駄遣いは領民へ顔向けできない。

 まあ、別邸については無駄でもないけれど。


 だから父上も提案したのだと思う。


「ジーク」


 凛と澄んだ声が、卒業式を終え少しばかり賑やかな大広間へ響き渡る。

 声の主に周りが気付くと、全員が平伏の姿勢を取った。

 学園といえど、五年制を卒業する人の大半は貴族。

 この光景も想定内ではある。


「セフィリア殿下」


 赤髪の美少女は平伏す者達を顧みることなく、私の前までやって来た。


「頭を上げなさい」


 普通なら『頭をお上げになって下さい』だ。

 しかし、セフィリアは礼儀作法を無視するきらいがある。

 出来るのに、しないのだ。


「とりあえず、今日はおめでとう。学院では負けないわよ」

「殿下からライバルと認めて頂き、光栄にございます。学院ではお手柔らかにお願い申し上げます」


 ここは人の目が多過ぎる。

 それくらいは分かってくれているのだろう。

 他所行きの言葉遣いや作法であっても怒鳴られていないのだから。

 以前は何処でも怒っていたので、これも成長の証。


「王女様を初めて見たよ…凄い…あの人って、確か貴族だよね?」

「貴族っていっても男爵っていう貴族の中では下の方の貴族らしいぞ?それなのに王女様と知り合い?」

「なんだっていいよ!これってアレだよね!?ロマンスだよね!」


 在校生の子たちが騒がしくなる。

 私が声を出したから、同じ生徒の自分達も話しても良いと思ったのだろうけど……


「王女殿下の御前である!鎮まらんかっ!」


 ほら。怒られた。


「良いわ。邪魔して悪かったわね。またね」

「は」


 セフィリアもそうだが、子供達が騒いだくらいで私の知っている王族方が怒ることはない。

 それでも、後で外野から叱責を受けるのはその場にいる大人達。

 これで良いのだ。


 王女は懐の深さを見せることが出来て、大人達は教育の機会を得る。

 それだけでセフィリアの来訪は十分価値あるものになるのだ。














「…父上が緊張してどうするのですか」


 今日は三回ある誕生を祝う日。

 これまでの五歳と十歳の誕生祝いの儀は誕生日に教会などで家族が祝ってくれていた。

 しかし、今回は特別。

 十五歳の誕生祝いの儀は、成人の祝いも兼ねているのだから。


 成人を迎えた同い年の貴族の子弟達は王都へ集まる。

 それにはこれからの国を担う者達の顔合わせという意味合いが多分に含まれている。

 どちらにしても私達は学院で顔を合わすのだが、この王城へ入ること、その機会がない者も中にはいるので、ある意味記念にもなる。

 そして、王族や他の家の大人の貴族との顔合わせ。

 名前を売るという機会もそうはない。

 この機会に大きなものを賭けている家もあると聞くし、また次男三男といった個人もいるだろう。


「緊張していないお前がおかしいんだ」

「この五年間、ほぼ毎日のように通った場所ですから」

「お前、本当におかしいよな。色々と」


 父上が失礼なのは私が生まれた時から。

 今更どうこうは思わないけれど、父上も大概だと言わせてもらいたい。


「父上も、ですよ。陛下と酒を個人的に酌み交わしている男爵なんて、大陸広しといえど何処の国にもいないでしょうね」

「あれは…あれも、お前のせいだ」

「……苦しく有りません?」


 仮にそうだとしても、私が与えた影響は切っ掛けに過ぎない。

 そこから気に入られて、父上が王都にいる度に呼び出されているのは父上が築き上げた関係だ。


「二人とも、そんな邪魔になるところに立っていないで行きますよ」

「はい」「わかった」


 いつまでも終わらない罪のなすりつけ合いを終わらせたのは母上。

 ロキサーヌ義母上とテレスは王都の宿で留守番をしている。


「行くぞ。お前の愛しの王女殿下を待たせるわけにはいかんからな」

「まだ言っているのですか……私は父上の浮気相手がいないか戦々恐々としています」

「…お前もじゃないか」


 セフィリアとは良いライバル関係を築けている。

 お互いにそれを壊すような真似はしない。

 そこに尊敬はあれど、敬愛はないのだから。


 久しぶりの父上との戯れ合いも名残惜しいけれど、それはやることを終わらせてから楽しむとしよう。


 礼服に身を包んだ騎士達を横目に、男爵家三人は白亜の城へと吸い込まれていった。

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