見慣れた光景と見知らぬ光景
「ま、まあ…こんな事もあるさ…」
ミナレードの頬には手形が。
セフィリアへいきなり言い寄ったミナレードは、案の定殴られてしまった。
『姫様にございますね?お初にお目にかかります』
までは良かったんだよ?
その後、いきなり肩を掴んだのがいけなかった。
そもそも掴めてすらいなかったけど……
王女は成人まで一目に晒されない。
これは通例であり、例外も多々ある。
爵位の高い貴族家令嬢が友人として城へ通いお茶会などで付き合うとか、年頃の男以外なら割と寛容だったりもする。
僕は例外中の例外。
何せ、決まりを破り会いにきたのが本人なのだからね。
だからミナレードはセフィリアの顔を知らなかった。
それなのに婚約者候補と堂々と宣言出来るところがこの男の凄い所。
そしていざ見たら一目惚れ。
歳の差なんて歳を取れば関係ないなんて、年下の僕を捕まえてよく言えたものだ。
「また会おう」
と、フラフラな足取りで大広間を後にしていた。セフィリアのビンタが足にきているようだ。
そんなこんなで、侯爵領での一夜は終わりを迎えた。
「ねえ!もういいでしょ!?」
侯爵領を出立してからしばらくが経つ。
休憩の為立ち寄った風光明媚な川沿いで、セフィリアの駄々が始まった。
「ジークがいないとつまらないわ!」
「まあまあ、セフィリアはそんなにジークリンド様のことが好きなのね」
「ち、ちがうわよ!あ…一人でいるジークが可哀想だって思ったの!」
好きを否定した所で僕と目が合った。
良いんだよ。僕なんかに気を使わなくても。
「陛下…」
「うむ。そうだな。まあ、許す」
甘い…砂糖よりも娘に甘い……
多分、関わることが少なかったんだろうね。
我儘も人伝にしか聞けない。
そんな関係だったのだろう。
にしても、甘いとは思うけど。
「ジーク!有り難く思いなさいっ!私の馬車に招待してあげるんだから!」
「はっ。セフィリア殿下のご配慮、謹んで受け取らせて頂きます」
「……」
姫のお気に召す返答ではなかったようだ。
これだと周りの使用人と同じだからだろうね。
「何やら、聞きたいことがありそうだな」
王族の馬車は広く豪華だった。
そんな室内で僕の視線に気付いたのだろう国王が、仏頂面で話しかけてきた。
いや、怖いんですよ。貴方。
馬車は八人座りで口の形に席が付いている。
扉の位置にある席は着脱式となっていて、そこには無言の侍女が座っていた。
僕は進行方向を向いて扉の近くに座り、一つ真ん中の席を開けて反対側に国王が座る。
僕らの正面にそれぞれセフィリアとミスティアが進行方向とは逆向きに座っている。
「良かろう。聞いてみよ」
「…旅程を知らされていないのですが、この後は何処へ?」
「そんなことか。貴殿は黙って乗っていれば良いものを、そんなに怖いのか?」
知らないから聞いたのに、この返答。
気に入らないなら乗せなきゃ良かっただろうに……
「ジーク!私が教えてあげるわ!」
それだよ。
そのせいで国王の機嫌が悪くなっているんだよ。
「いえ、セフィリア殿下。陛下が仰られた通り、知らないというのも風情があるものです。
行き先を知らない旅。それもワクワクすると気付かされました」
ぐぬぬっ……
僕の意に介さない返答が嫌なんだろうけど、やめて欲しい。あからさまに嫌がるのは。
王族なら隠して欲しいよね。
僕が同じ馬車に乗ってしまうと、セフィリアの話し相手は自然と同年代の僕になる。そんなセフィリアが話しかけてくれなくなることくらい想像出来ていたでしょう?
それくらいは一々突っかからずに我慢して欲しいものだね。こちらの身が持たないよ……
「ジークリンド様。次の経由地は王弟殿下がお住まいの直轄地になりますわ」
「そうなのですね」
ここでまさかのミスティア登場。
貴女ならこの状況理解してますよねっ!?
ややこしくしないでください!
「そこで採れる果物が……」
「まさか…あのフルーツティーの?」
「ええ。そうなのです!」
成程。その話がしたくて機会を窺っていたのか。
そしてとても嬉しそうな顔。
貴女達がその顔を僕へ向ける度に、僕の一つ席を空けた隣の怖いおじさんの顔が更に怖くなるんですよ?
馬車の中ではミスティアと紅茶や茶菓子の話、セフィリアとは剣術やオーラについての話で盛り上がる。
そこから更に別の話でも。
「ジーク」
「は」
久しぶりに国王の声を聞いたな。
「余は、やはりお主のことが気に入らん」
「……左様ですか」
二人には聞こえない声量。
この人はどこまでも僕に試練を与えてくる。
王家直轄地では何事もなく、態々気にすることでもないけどお土産を購入したくらいで終わった。
そして遂に見覚えのある景色が、車窓に広がり始めた。
「ここは…男爵領領都近郊の森…」
間違いない。
修行の為、何度も通ったあの森だ。
「え?そうなのっ!?じゃあもう少しね!」
「はい。すぐにでも男爵領が見えてきます」
漸く辿り着いた。
想定していたものより、倍も時間は掛かったけど……
ここまで来るのに遠回りを選んだ国王に時間はない。
正確には、暇な時間が。
つまりこの旅も仕事の内。
所謂内遊というものなのだろう。
僕はそれに付き合わされた格好だ。
これにも何かしらの意図があるんだろうけど、考えたくもないからスルーする。
いくつもの経由地という名の遠回りの末、出立から10日後にして、漸く目的地へと辿り着けたのだ。
「見えました。あの城壁の向こうが男爵領です」
こんな寂れた田舎町には国王も来たことがないだろう。
なので、セフィリアへ説明する体で国王夫妻にも伝える。
「あの向こうに見えるのが茶畑になります。あの葉を加工して、紅茶は作られています」
「まあ!それを聞いただけで、あの緑が神々しく見えますわ」
問題はウチに着いた後。
間違いなく先触れも出しているだろうし、王都を出る前に手紙でもカーバインへ伝えているはずだ。
それでも…どうやってもてなすのか。
ウチには高級な家具も、高級な食材も、観光名所すらないのだから。
ミスティアは茶畑と工場見学でいいとして、問題は国王。
何が見たくて田舎の男爵領を選んだのだろうか?
僕を連れ回す理由だけでは少し弱い。
僕に他にも秘密があると思っている。といったところだろうか。
別に見られて拙いものはない。はず……
将棋も算盤も既に見つかってるし。
「あ。父上達…」
そこには見慣れた家族と、見慣れないものが並んでいた。
「何だ?あれは…」
この寒い中、外で一体何をしているんだ?
僕の疑問は誰にも拾われなかった。
「面をあげよ。出迎えご苦労。して…これは一体?」
屋敷の塀の中で、僕以外の家族と家人が跪いている。
国王も気になっていたんだね。
僕もだよ。気が合うね!それが気に入らなくても殺さないでね!
「は。これは我が家の精一杯のもてなしの証です」
「ふむ。して?」
カーバインよ…相変わらずの言葉足らず……懐かしさも通り越しちゃうよ……
そしてリベラ。そんな顔で僕を見つめないで。
こっちまでうるっときちゃうじゃないか。
テレスは…いないな。
万が一にも粗相があってはならないと、外出を禁じたな?
僕の天使を幽閉するとは……
「領民全員による、催しです」
「そうか。座れば良いか?」
「は!陛下をご案内しろ」
催し?それも…全員!?
何考えてるんだよ、カーバイン……
ほら、護衛の人達の顔付きが……
「毒味など必要ない」
「し、しかし…」
リベラとロキサーヌが王族のお茶を出そうとした所、お付きの侍女達が毒味と安全の為、それを取り上げた。
しかし、国王はそれは必要ない、と。
確かに、これまでに受けた歓待で毒味をしたところは見ていない。
これはその者を信じているというパフォーマンスなのだと思っていたが……
今回はそれらとは趣が違う。
来た事もない、交流もない男爵家の、それも外での飲食。そして、記憶にもない男爵夫人達の淹れたもの。
ここで毒味をしたところで、信頼されていないと取られることはないだろう。
そもそもの信頼関係がまだないのだから。
「こんな場だから嘘偽りなく、言葉を飾らずに伝えよう」
国王のよく通る声が響き渡り、皆が傾聴する。
「カーバイン卿だぞ?何かするにも余を害なすことなどあり得ん。もし害があれば、それは想定外での出来事。
卿ならばその可能性は十分にあるがな。はっはっはっ」
つまり……カーバインのことを理解していると。
情けない話だが、まさにその通り。
カーバインはよく言えば実直。悪く言えば…単純……
腹芸の一つも出来ない、素直で正直な男なんだ。
「さあ、余興を見せてくれ。おっと、我が妻には本場の紅茶をお願いしておかねばな」
もしかして。
国王はカーバインに会いたかったのかも?
いや、まさか……
あり…得るのか?
確かに王城には存在しないタイプの男だ。
僕とも全然違う。
むしろ、話すだけなら僕みたいなタイプは大勢いる。
まさか、ね?
カーバイン達が用意した催しとは、この地に伝わる踊りや歌。
そして酒宴。
外に出された真新しいテントでは、国王が楽しそうにカーバインと談笑している。
その横では、リベラとロキサーヌ相手の紅茶談義にミスティアが楽しそうにしている。
あの茶菓子は僕が教えたものだな。
名前はスコーン。
砂糖とバターさえ手に入れば、この世界でも簡単に作れる菓子の一つ。
「ジークは踊らないの?」
「僕は踊れませんよ。初めて見たので」
「はあ?自分の領地のダンスなのに?」
仕方ないだろう?
僕が家の外に出られるようになったのは最近なのだから。
それに、それからは忙しかったし。
「はい。領民達の憩いの時間を奪っては可哀想ではないですか。
子供とはいえ、貴族の僕が顔を見せれば少なからず皆は気を使います。それが嫌でしたので」
「そう。流石ジークね!偉いわ!」
すみません。嘘です。
だから、そんなキラキラとした視線を向けないで下さい……罪悪感に押しつぶされてしまいます……
「あれ?ジーク?だよな?」
「ホントだ!ジークくんだ!」
僕の名前を呼ぶ方を見ると懐かしい顔ぶれがあった。
といっても、まだ一年も経っていないのだけれども。
「ベーグルにレーズン。久しぶり」
懐かしき旧友を見つけ、思わず手を挙げて応えてしまった。
しまった!
貴族だっていってなかった!
そう。僕は誰にも素性を明かしていなかったのだ。
「ベーグル?レーズン?美味しそうな名前ね」
二人が踊りの輪を抜け、駆け寄ってくる。
こっちはこっちで拙い……
王女がいるんだ。近衛騎士が剣を抜いてもおかしくない。
あれ…?見てるだけ?
王女の危機になるやもしれないのに、この対応。
相手が子供だから…ではないよね。
悪さをする人は善人の顔をして近寄るから。
まさか、僕?
いつも修練場で見かけていたから?
「二人とも、そこで止まって」
「えっ。なんだよ?」
「どうしたの?ジークくん」
二人は常日頃から僕との距離が近い。
それは貴族と庶民の距離感の違い。
挨拶で平気で肩を叩くのが平民。
挨拶で一歩引き儀礼を取るのが貴族。
だから止めた。あまり近づかせては、この機会を与えてくれた騎士達に申し訳ないから。
「ごめんね。紹介…の前に、自己紹介が必要だね」
「はあ?何言ってんだ?」
ベーグルは何も気付いていないし何も疑っていない。
だけど少し成長したレーズンは空気の違いに違和感を覚えて黙っている。
「僕はジークなんだけど、本名をジークリンド・アイル・オーティアというんだ。
ここの領主の息子だね」
「はあ!?お前、領主の息子だったのかよ!?」
「お、お兄ちゃん…」
ベーグルのこの反応は素直に嬉しい。
立場ではなく、僕を一人の人間として見てくれているからだ。
だから、男爵の息子と知っても取り繕わない。
「そうなんだ。黙っててごめんね?」
「いや、まあ…友達だよな?」
「うん。何も変わらないよ」
立場で変わるくらいなら、初めから何もないよ。
「じゃあ、別にいいぜ。許してやる」
「お兄ちゃん!?」
「ありがとう。レーズンも気にしなくていいよ」
昔は兄の背中を追いかけるだけで精一杯だった子が、今や兄を諌めるまでに成長している。
そんな姿が見れただけでも、ここへ帰ってきた価値はある。
「ねぇ…」
感慨に耽っていた僕の袖を摘んできたのはセフィリア。
あ。そうだ。忘れてた。
「ごほんっ。では改めて紹介します」
「ああ、貴族は早いって聞くもんな。婚約者か!おめでとう!えらい別嬪を捕まえたな!」
「ち、違うわよっ!」
ベーグル…やめてくれ……
今、その話題は僕に効くんだ……
「紹介するね。このお方はセフィリア・ミスティア・アルバート様。この国の第三王女殿下であらせられます」
「え…?」
「おひめさま?」
二人の思考が現実に追いついていないようだ。
ええええっ!?
その日一番の大きな声は、宴会でも催しでもなく、ここで上がるのだった。




