夏が過ぎると秋が来て、その終わりには冬が来る
「そうです。伸ばすことを意識してください」
僕の教えは優しいと思う。
それはこれまでの師匠達と比べての話し。
「伸ばすって…どうやるのよっ!」
「これを見てください。引っ張るとどうなりますか?」
「…伸びるに決まってるじゃない」
そうだよね。
でも、僕はそんなことすら教えてもらえなかった。
引っ張るのは粘土。引っ張れば伸びるに決まっている。
確かにそうだ。
「これはセフィリアのイメージです」
「そうよ!あん…師匠がそうしろって言ったんじゃない!」
言っていない。僕は伸ばせと言っただけだ。
「オーラを何で引っ張ろうとしていますか?」
「何って…そんなのわかんないわよっ!」
セフィリアの慟哭が修練場へ響き渡る。
「正解は、引っ張れません」
「何でよっ!?ジークは出来てるじゃないっ!」
「僕は引っ張っていませんよ?引っ張る方法は知りませんから。あるんでしょうかね?」
事実、僕はオーラを体外へ伸ばす時に引っ張ってなどいない。
「僕はこうして伸ばしています」
そう言うと、粘土を両手で挟み潰していく。
「ほら。伸びたでしょう?」
「…どういうこと?引っ張れないけど押し潰せるってこと?」
「違います。過程は無視してください。結果にだけ注視すれば、答えは見つかります」
オーラへ外圧を掛けられるなら、引っ張ることも出来るだろう。
引っ張れないなら、また外圧も掛けられないということ。
身体の外へ出すためにオーラ自身を変化させる。
僕のイメージは薄くさせるというもの。
「う…ーん…こうでもない……」
頑張っている。
結果は全く出ていないのに、がむしゃらに進めるのは凄いよね。
けれどこの時間はまだまだ続くだろう。
大人の思考回路と子供の柔軟性を持つ僕でさえ、かなりの期間が掛かったのだから。
だからこの時間、僕は僕で新たなことに挑戦する。
本来、休学に入った瞬間から始めようと思っていたのに、遅くなったくらいだ。
「ちょっとっ!何してんのよっ!?」
「ああ…気にしないで下さい。僕も修行をしているだけですから」
「だからって…なんなのよ…そのオーラは…」
セフィリアは本当に成長している。
未だに外へオーラを出せないのに、外に出した僕のオーラにはすぐに気がつくのだから。
近衛騎士は大体気付けるけど、普通の騎士だと殆どが気付けないのにね。凄いよ。本当に。
「これはオーラを具現化出来ないかの実験と挑戦です」
「…よくわからないわ」
「セフィリアは自分のことをして下さい」
僕は自分のことがしたいのですっ!
放っといてよハニー!
自分のオーラに集中する。
きっと出来るはずだ。
だって、オーラの根源が石みたいなものだし。
イメージは原子。原子が集まり、分子となり、さらに大きな塵となり、やがて質量を保った物質へと変化する。
原子レベルまで薄くしてからの挑戦。
でも、そこまでは広げない。
一部だけ。
帰ってこれなくなるから。
「紅葉の季節ですね」
王都から出る気もない僕には関係のないことだけど。
「枯れた葉っぱを見て、何が面白いのかさっぱりよ!」
ここには別の意味で関係のない人がいた。
季節は過ぎ、夏休みはとっくに終わって秋も中盤。
冬になる頃には、またテストがある。
その結果次第で僕の予定は大幅に変わるけど、恐らく大丈夫だろうとは思っている。
そして現在の僕の半日は、ここ王城にある近衛騎士修練場にて過ごすことが日課。
もう半日は王都を見て回ったり、冷やかしにギルドへ行ってみたり。
冒険者達とはあの飲み会から仲良くなった。
中には悪い人もいるけど、僕にどうこうする気はないし、僕をどうこうする気もなさそうだ。
僕を兄貴の息子として可愛がっていた人は現在治療中。
なんでも、身を挺して新人を助けたのだとか。
こんな人がいるなら冒険者も捨てたものではないと、僕の認識は少し変化していた。
「…やっぱり難しいわね」
「それはそうでしょうね。剣聖曰く、それを習得するには五年掛かるそうですから」
アルバートは確かにそう言っていた。
「師匠は?」
「僕ですか?僕は一年で身に付けました」
アルバートの話をしていたからどっちのことか一瞬戸惑ったけど、アルバートのことなら剣聖っていうもんね。
「…やっぱり才能あるんじゃないっ!」
「確かに才能は目に見えませんから断言は出来ません。
ですが、僕達はまだ子供。可能性という才能は大人達よりも遥かに多く持っています。
その違いでしょうね」
僕に才能があるかはわからない。
けど、習得に要する時間が短かったのは、単に僕がまだ子供だったから。
アルバートの話は、恐らく大人か十五歳くらいの人達を対象としていたはずだ。
その違いは大きい。
一度大人だったからこそ理解できる。
子供の飲み込みの早さ柔軟さを。
「さ。オーラが止まっていますよ?」
「わかったわよ…」
少し飽きが来ているのだろう。
十歳の女の子のすることじゃないし、彼女は身体を動かす方が得意だから。
「うーん。何か考えねば…」
僕は師匠だ。
この世界へ来て、自分の力で得た最初の肩書。
学生は……気にしないで欲しい。不可抗力だから。
だからこの憎たらしくも可愛い弟子に何か出来ることはないかと、この世界で知識だけは豊富な頭を悩ませるのであった。
「また満点…嘘でしょ?」
クラスメイトであるカトリーナが唖然としている。
いや、憮然もかな?
「二位ですか。凄いじゃないですか。以前より順位を上げましたね」
「何で敬語なのよ」
しまった。久しぶりに学園の生徒と話したから間違えてしまった。
まあ、いいか。どうせまた会わなくなる。
「では、カトリーナ。また次の期末テストで会いましょう」
「次は年度末テストよ。わかったわ。絶対抜いてやるから覚悟しておくことね!」
「楽しみにしておきます」
抜かれても構わない。
休めるならば、ね。
「また休学ですか…貴方は何の為にここへ?」
そうだよね。ごめんなさい、としか言えません。
久しぶりに会った担任は、相変わらずメガネの似合う温厚な女性のまま。
けれど、僕に対しての当たりが強くなっているのは気のせいじゃないだろう。
「すみません。諸事情がありまして…」
「はあ…王族の方々からも推薦がありましたから無碍にはしませんが、貴方の席を空ける分、誰かがそこに座れないことも忘れないで下さいね?」
「仰る通りで……」
何も間違ったことは言っていない。
僕はペコペコと営業マンの真似事をするしかなかった。
「聞いた!?」
その日、僕の職場である修練場へ着くと、セフィリアが嬉しそうに駆け寄ってきた。
ここまで機嫌が良いのは久しぶりだ。
「何をです?」
「お父様とお母様とお出かけするのよっ!」
「おお…それはそれは。良かったですね」
十歳の子供であれば、親とのお出掛けは嬉しいもの。
セフィリアにとっては何年振りかの父母との外出。
この喜びようは仕方のないものだ。
「ところで、どちらまで?」
これは僕がミスティアへ頼んだもの。
まさか国王まで着いてくるとは想定外だったけど。
「何言ってんのよ?行き先はジークの故郷よ?だからジークも一緒よ」
「え?なんで…」
おかしい……息抜きに何処かへお出掛けして下さいと頼んだだけなのに……
それも王都内だとばかり……
なぜ、何もない男爵領へ……
「何でって、ジークの発案なんでしょ?当たり前じゃない」
誘ったのは僕らしい。
なんて恐ろしい王妃だ……
だから王までついてくると……
「す、少し用事を思い出しました。修行を続けていて下さい」
「?わかったわ!」
僕はいつもの侍女の元へ行き、王妃へ取り次いでもらうことに。
ああ…木枯らしって、心まで冷たくするんだね……
そんな感想を漏らす初冬となった。




