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師匠の弟子は師匠

 





「流石ミスティア王妃殿下、お目が高い」


 午前中は娘の相手をして、午後は母の相手。

 城勤の人かな?


「まあ!ジーク様にそのように言われると、私も本気にしちゃいますわ」

「いえいえ。本当でございます。紅茶に合う果物を見つけたと聞きましたが、どれも大変美味しゅうございます」


 中庭のいつもの東屋。

 そこにある白いテーブルには、所狭しと長細いガラスの容器が並べられている。

 その容器の中では、色とりどりのフルーツが紅茶のプールを泳いでいた。


「特にこれ。これは酸味が丁度良く、今日の様に暖かい陽気に非常に合いますね」

「分かりますか?そうですわ。私もそう感じ、冷やしてみようと試みたのです」

「それは正解でしたね。恐らくこの果物は、もっと酸味が強かったはず。それを紅茶ごと冷やすことにより、丁度良い酸味へと変わったのでしょう」


 まるでレモンティーそのまま。

 この果物はレモンより糖分が多いのだろう。砂糖なしでも十分に甘い。


「ジーク。お母様に惚れてるのかしら?」


 この場にとても似合うが、とても似合わない人もいる。

 そう。王女セフィリアだ。


「分かりますか?ええ。王国広しと言えど、王妃様のその美に落ちない男はいません。

 全く、罪な方をお母様に持ちましたね」

「…さっきまでのジークの方が良い……」


 お子様にこの会話はまだ早かったみたいですね。


 セフィリアは渋い顔をしてソッポを向いてしまいました。


「神童ジーク様は、女性の扱いも上手なのですわ」

「いえいえ。父の教育の賜物です」


 ここでもカーバインの株を下げることに余念はない。


「セフィリアも随分と大人しくなった様子。流石ですわ」

「お母様っ!」


 そうだといいのだけれど。

 セフィリアは顔を赤くして怒っているが、これは照れたわけではなさそう。

 ただ、『なんでコイツの影響なのよっ!』と怒っているだけだろう。


 だが、確かに大人しくなった。


 これまでの茶会では兎に角『勝負しなさいっ!』と邪魔ばかりしていた。

 それが一緒に腰を落ち着かせてティータイムとは、最初の邂逅以来の出来事だ。


 これを『王都事変』と名付けよう。うん。それ程の珍事。


「ジーク様が他国の王子であれば、どれ程この子を勧めたことか」


 良かった。臣下に生まれたことを嬉しく思います。


「お母様。私は私より強い男じゃないと嫌よ」

「では、尚更ジーク様ね。あら。愛の告白だったかしら?」

「お母様っ!」


 扱いが上手いというか、煽り方に年季があるというか……

 火消しを任せないでくださいよ……


「ジーク様。どうです?うちの子を」

「お母様っ!」


 おいおい……冗談でも言っていいことと悪いことがあるのは王族なら知っていますよね…?


「弟子に。お願いできませんか?」

「…弟子?コイツの?」


 弟子…か。

 というか、王族の願いは断れない立場なんだって……酷いよ……


「セフィリアは黙りなさい」

「…私のことなのに」


 セフィリアはあからさまにしょげた。

 親の言動は心に来るよね。


「ジークリンド様。これは命令ではありません。一人の母として、また王族という特異な立場故のお願いです。

 ですので、お断りしても何の咎もありませんわ。

 ただ娘の事を思う、母の戯言として忘れます。

 いいですわね?皆さん」


 その言葉に、周囲にいる侍女達が頷く。


 そうか。母親の頼みか。


 断るのは簡単だ。

 まだ学生の身。まだ剣の道半ば。

 色々な断り文句が浮かんでくる。


「分かりました。ですが、本人の意思を最優先して下さい。

 話し合いに私は不要でしょう。

 今日のところはこれまでということに。

 時間は有限ですが、僕達にはまだあります。よく考えて結論を出して下さい」


 最後の言葉はセフィリアの目を見て。


 さて。これで帰ろう。

 結果はどうであれ、後悔はない。


「待ちなさい」


 帰ろうと立ち上がった僕へ、セフィリアが待ったをかける。


「…ぉ…な……ぃ…ょ」

「えっ?なんて?」


 いつもは声がデカいのに、どうしたことか?

 お腹でも痛いのかな?

 模擬戦では、怪我はしていないはずだけど……


「だからっ!さっきの奴!教えなさいよっ!」

「…それは……弟子になる、と?」

「だからそう言ってんじゃないっ!」


 限界に達したのか、右ストレートが飛んできた。

 普段の僕なら楽々と避けられる筈の拳。

 今日は何故か、それが右頬に突き刺さってしまう。


「ふげっ!?」


 ガシャーンッ


「ジーク様っ!?」

「ジーク殿っ!大丈夫ですかっ!?」


 皆が駆け寄り、椅子ごと倒され大の字に寝そべる僕を覗き込む。


「そのストレートで…世界を取ろう…」ガクッ


 視界が白濁となる。


「ジーク様!?大変っ!」

「今、上級治癒師を」

「ええ!可哀想に…変な譫言まで……」


 何か言っているが、もう…聞こえ…な……














「ここは……」


 見知らぬ天井。

 それも物凄く高い。実家の倍はあるぞ……


「気が付かれましたか?今、上級治癒師を呼んで参ります」


 ああ…僕は気を失ったんだね。

 それにしても、当たるまで気付かないなんて、凄いストレートだった。


「うむ。問題ないでしょう」


 それからやって来た治癒師の診察を受け、無事に帰れることに。


「ご迷惑をお掛けしました。ミスティア王妃殿下にはくれぐれも失礼なきようお伝えください」


 失敗したな…間違いなく国王へも報告されるだろうし、その国王は新年の挨拶の時にでも嬉々としてカーバインへこの事を伝えるだろう。

 二人のニヤつく顔が目に浮かんでくる……くそっ!


「では、失礼します」


 医務室というよりもここは来賓室なのだろう。

 この様な華美な装飾は治癒に必要ないだろうから。


 扉を開けて廊下へと出る。

 そこで重要なことに気が付いた。


「しまった…帰り道がわからない…」


 引き返すか?

 いや、恥の上塗りだぞ?

 どうしよ……


 扉の前で右往左往していると、重く暗い空気を連れて、誰かが近づいてきた。


 道を聞くために話しかけても良いけど……この空気は無視するのが良いよね……


「…大丈夫…?」


 びっくりした。

 まさかこの重い空気の方が僕の知り合いだったとは……


「ええ。問題ありません。ナイスパンチでした」

「…悪かったわね……」


 暗いのは怒られたからだろう。

 この世に王女として生を授かれば、頭の上がらない人なんて数えるくらいしか存在しない。

 その数少ない内の一人。

 実母からこっぴどく叱られたとあれば、この重たい空気にも納得がいく。


「気にしないで下さい。あ。やっぱり気にして下さい」

「どっちよっ!!」


 危ない。今度は避けれた。

 だって、殴ってもいいなんて言えない。

 僕にそんな趣味はないし、そもそも王であれ理由もなく人を殴って良いとは今世でも思わない。

 王女なら尚更。


「師匠を殴るのですか?」

「うっ…」


 この言葉は効果覿面な様子。

 恐らく剣聖辺りに大分絞られたからだろうな。

 あの人は手加減してくれるけど、それは生死に関わるレベルでの話で、痛みには無頓着だ。


 それにしても不思議だ。さっき僕を殴った人と同一人物とは思えない。

 こうして気まずそうに指先で髪を弄りながら視線を逸らす様は、本当に可愛い。

 いや、テレスの足元にも及ばないんだけどね。


「私は今日から休みなので、早速明日にでもここへ来ます。修練場で今日と同じ時間に。問題ないですか?」

「ないわ!」


 先程までのしおらしさは何処へやら。

 いつものセフィリアへと戻っていた。

 まあ、こっちの方がやりやすいから良いけれど。


「良い返事です。では、ご機嫌よう」


 今日から師匠ではあるけれど、やはり臣下でもある。

 言葉遣いはこのままがいいだろう。


 僕は颯爽と去ろうとして、重要なことを思い出した。


「あの」

「なによ」


 僕が立ち止まり振り返ると、何故か嬉しそうに返事を返してくるセフィリア。

 僕は出来るだけ師匠としての威厳を保ちながら伝える。


「帰り道がわかりません」


 僕は本当に師匠になれるのでしょうか?

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