私のオーラ力は530,000です
「…うん。大分わかってきた」
建物の陰、そこで独り言をポツリとこぼす。
書庫で氣の文献を発見してから二月が経っていた。
エトランゼの一年は地球と変わらず365日。
一日も体感では変わらなく感じる。
そして、一月の長さは三十日。
それが12ヶ月あり、年越しの前後合わせて五日で365日というわけだ。
閏年がないので、ズレていっているのか、はたまた必要がないのかは不明だけど。
「氣とは、謂わばもう一つのエネルギーということ。
前世には存在しなかったエネルギー…ううん。僕が知り得なかっただけかもだけど」
このオーラというエネルギーを使い、この世界は発展していっている。
その用途は地球でいう電気や化石燃料によく似ていて、僕の部屋もオーラが込められている石により灯りが灯されている。
「家の外に出る許可は得られたけど、まだ塀を越えた敷地外へ出る許可は貰えていない」
そう呟いて、高い壁を眺める。
「この先には、一体どんな世界が広がっているんだろう」
考えるだけでワクワクする。
それと同時に一抹の寂しさが去来する。
「…僕には何か大切なモノがあった気がしてならない。それがナニカ思い出せないけど…なんだか寂しい気持ちになるんだよね」
思い出せないもどかしさを呟き、氣の実験へと再び向かうのであった。
◇◆◇
「どうだ?」
応接室を兼ねた執務室にて、部屋の主人が報告者の言葉を待つ。
「やる気は感じられませんが、年齢からすると十分に礼儀作法も修められております。
それ以外は神童と呼ぶ他ないかと」
「そうか…」
自身の子の評価が極めて高い。
それを素直に喜びたいオーティア男爵だが、貴族というシガラミにより複雑な胸中となる。
「見つかるのも時間の問題だな」
「はい。ですが、間違ってもお隠しになられぬよう。謀叛を疑われるような発言もお控えください」
「わかっているっ!」
男爵は怒気を隠す事もせず、机を叩きながら声を荒げた。
執務机から落ちたティーカップが、毛足の長いカーペットに染みを作る。
「カーバイン様がここへ戻られ、亡きお父上も大変安心されていました。
今も空の上から見守られていることでしょう」
茶器と染みを片付けながら、男爵へと釘を刺すように過去を懐かしむ家相のタイラー。
その白髪が刻む歴史には、何があったのか。
「親父の話はやめろ。俺がオーティア男爵家を継いだのは、約束があったからに過ぎん」
「そちらの方も進めております。リベラ様の方はよろしくお願いいたします」
「当たり前だっ!」
堪忍袋の尾が切れたのか、男爵の目は血走っていた。
◇◆◇
「父様。お願いがあります」
あれからさらに3ヶ月が経ち、僕は行き詰まっていた。
人一人が出来ることは少なく、また知恵も少ない。
僕が神童などと持て囃されているのは前世の知識があるからに過ぎず、元の地頭は普通くらいだと自己評価を下している。
若いからなのか、記憶力が良いことは有り難いけど。
「…怖いな。しかし、約束だ。言ってみろ」
この3ヶ月、言われたことを言われた以上に頑張った自負がある。
大人でもハードワークだと感じるものを、たったの四歳児がしたんだ。評価されて然るべきだよね。
「氣の使い方を教えてください」
「…そう来たか」
そう呟くと、珍しく思案顔を見せ、食卓に静寂が訪れる。
本に書いてあることは一通り試し、家人達にも聞いたりしたけど終ぞ教えてくれることはなかった。
理由は単純。
四歳児には危険だからだろう。
「・・・・・」
沈黙が長い。
これは余計なことを考えていそうだね。
僕は前世でも親になったことがないからその気持ちはわからない。だから、ただ待つことしか出来なかった。
「…わかった」
「貴方っ!?」
「リベラ。俺とジークとの約束だからな、諦めてくれ」
まさか了承するとは思っていなかったのだろう。
リベラは驚愕の眼差しでカーバインを睨んでいた。
「じゃあ…父様!」
「ああ。先生を探してやる。頑張れよ」
「はいっ!」
これまではただの中世貴族の暮らしだったけれど……
遂に、僕の異世界生活が始まるんだ!
「手を出せ」
可愛らしい猫耳が似合わない偉丈夫。
その御仁は何を隠そう僕の初めての師匠だ。
氣の先生であり、カーバインの知人という情報しか持っていない。
ピコピコと動く猫耳は気になるけど、触ったら殴られたから二の轍は踏まない。
「こう…ですか?」
「それでいい」
言われた通り両の掌を地面に向け、師匠へ差し出した。
それを下から優しく支えられる。
肉球があれば良かったのに……獣人といえど千差万別。
師匠の獣人としての特徴は、その可愛らしい耳だけのようだ。
「氣の基本は体内で動かすこと。それ以外はもっと知識と体力をつけてからだ」
「はい」
「本来オーラとは、自分の体内だけで動かすものだが、最初は動かし方がわからん。
それは赤子が歩けないことと同様。
つまり、一度歩き方を覚えれば、忘れる事もまたないのだ」
「…はい?」
何の話だろう?
「これは『始まりの儀』と呼ばれるものだ。簡単に説明すると、俺のオーラで無理矢理お前のオーラを動かし、身体の中にオーラが通る道を作る」
「ほほう…」
そんなものが……
じゃあ本に記載しておいてくれ!とも思うけど、『始まりの儀』が当たり前に必要なら、書いてなくても不思議じゃないのか。
「行くぞ…」
ごくりっ…
師匠の身体から湯気のようなモノが昇り、力強さが増したように感じた。
息を呑み、その後の変化に身構える。
そして、それは唐突に訪れた。
「がっ!?」
痛いっ!えっ!?何!?どこ!?
「いがあぁぁっ!!」
痛いっ!右の掌から何かが入ってきた!
やめてっ!千切れちゃうっ!!
「や、やめ…」
あまりの痛みに我を忘れ、ただこの痛みから逃れられる方法を模索する。
懇願するように涙目の上目遣いで言葉を発するが、師匠の瞳は固く閉じられていた。
「うわぁぁぁっ!?」
襲いくる痛みは肘を越えて肩へ到達している。
身体の中にパイプを無理矢理通されているような、感じたことのない酷い痛みだ。
「あ、がっ…ぐ…」
あまりの痛みに、僕の意識は白く染まってしまった。
「よしよし。お母様はここにいますよー」
こ、こ、は?
あれ?
なに、が?
「おはよう、私の可愛いジークちゃん」
「か、母…様?なんで?」
「怖かったわね…でも、もう大丈夫ですよ。母様が守りますから。ね?」
ここは…僕の部屋?
枕があるのに何故かリベラに撫でられながら抱かれてるけど……それよりも。
「何が?」
そう告げる僕の顔を、心配そうでもあり可哀想な者を見る目で見つめてくるリベラ。
「怖くて忘れちゃったのね…可哀想に。この母が守りますから、ゆっくり休んで下さい」
怖い…そこはかとなく、恐怖を感じる言葉だ……
リベラの過保護は最早病的と言えるのでは?
「い、いえ。十分休んだようなので、起きます」
「え?あっ…」
「ぐあっ!?」
どうも膝枕をされていたようで、そこからの脱出を図るも、寝返りを打っただけで身体中に激痛が走った。
動けない…何故……
「ジークちゃんはあの野蛮な冒険者くずれの汚い手により、心と身体に癒えない傷を負ったのです。
ですが安心して下さい。
この母が追っ払いましたので。
さ。安心して寝て下さい。
母が必ず治しますわ」
く、口調まで安定していない……
怖い……
あれ?こんなんだったっけ?
確かにリベラは過保護…というより、僕に構われたいオーラを全開に出す人だったけれど……
こんな人じゃなかったはず。
「お恥ずかしながら、どうやら母様の仰る通り僕は動けないみたいです。
大人しくしますので、何があったのか教えて下さい」
薄らとだけど、思い出してきた。
でも、僕の知らない何かがリベラに起こったのだろう。
母というよりも保護者であり同居人という側面が拭えないけど、それでも大切な人だ。
だからそれも知りたい。
寝物語に話を聞くはずだったが、その内容は寝耳に水であり、痛みで寝ている訳にもいかなくなってしまった。
「母様、離してください」
「ダメよ。ジークちゃんは寝ていないと」
「父様…を、ぶん殴ります」
折角安心して暮らせていたのに、僕の平穏を脅かさないでくれないかな?
ね?カーバイン。




