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免許皆伝

 






 あの後、『尋常に勝負しなさい』というセフィリアを宥めるのは大変だった。


 怒っていた理由は二つあり、一つは偶にしか指導してもらえないアルバートが、その貴重な時間に僕の話ばかりするから。


 もう一つは、その忙しい理由の一つが僕への指導というものだから。


 うん。理不尽だ。


 しかし、世の中はその多くが理不尽で出来ているもの。

 この王女も理不尽の塊。

 生まれ、立場、美貌、強さ。

 これを羨んだり理不尽に感じる人も多いだろう。


 その理不尽を説得する為に、僕はありのままを話した。

『アルバート叔父様は、後一度だけと仰ってました。つまり、あと一度きりの稽古が終われば?』

『…弟子は、私だけ?』


 それはわからないが、そこは頷いておいた。


 さておき、僕達は無事に帰還した。


 そう。家族の待つ家へ。


「兄様。兄様はどうして剣を振っているの?」

「どうしても、やらなければならないことがあるんだよ」


 僕の天使であるテレスは五歳となり、言葉も流暢に話しだした。

 そのテレスは毎日何かに掻き立てられているかのように木剣を振るう兄を、不思議そうな目で見つめていた。


 ごめんね。これが終わればまた遊ぶ時間が取れるから。


 冬の寒さで悴んでいるのだろう。時折その小さな両手に息を吹きかけて暖をとっている。

 そうまでして一緒にいてくれるのは嬉しいけれど、心配の方が勝る。


 僕は寒さをあまり感じない。

 オーラによる身体強化は耐熱耐寒両方に左右するから。

 それでも少しは寒い。


 何せ……


「ほら。また雪が降ってきたから、屋敷へ戻りなさい。僕ももう暫くしたら帰るから」

「本当?」

「本当さ」


 帰るのは帰る。

 僕の住む家だからね。

 でも、ごめんね。

 テレスが起きてる時間には帰れない。


 倒れるまで。

 それまでは剣を振りたいから。


 その時になって、後悔しないように。


「わかった!じゃあ、先に帰るね!」

「うん。転ばないように気をつけるんだよ」

「はーい!」


 家の敷地内とはいえ、玄関まではそこそこの距離がある。

 地面にも霜が降り、滑りやすくなっている。


 そして僕はテレスを見送ると再び剣へと集中する。


 時間が経ち腕が上がらなくなると、今度はオーラの鍛錬が始まる。


 そして、気付けばベッドの中。

 起きたら同じ毎日を続けていく。


 朧げながらではあるけれど、重ねていくことの大切さを、前世ではこれでもかと学んでいた気がした。

 そんな冬はゆっくりと過ぎていく。













 ◇◆◇


 二月のとある日。

 前日からしんしんと降っていた雪は、今朝方には吹雪へと変わっていた。


 コンコンッ


 目も開けられないような天候だが、来客を報せる音が玄関ホールへ鳴り響いた。


 ガチャ……


「アルバート…よく来た」


 玄関で出迎えたのはこの屋敷の主人。

 普段なら考えられない行動だが、今日は約束の日。来客がこの相手であれば、猛吹雪であろうとも約束を違えないと確信していたからだ。


「義兄上、早速だが…奴は?」

「既にいつもの場所で待っている」

「そうか。では、行ってくる」


 バタンッ


「うぅ…さみぃ」


 扉の開閉という短い間。外の空気はそれだけの短時間でも、カーバイン男爵の身を震わせるには十分だった。


「頑張れ。ジーク」


 剣聖の向かった先ではジークリンドが極寒の中待っている。


「すまんな。俺が不甲斐ないばかりに…」


 男爵は直ぐにでも息子に剣を渡したかった。

 神童などと持て囃される息子が物を強請るなど、本以外では初めてのこと。


 本を欲しがる気持ちは理解出来なかったが、剣を欲しがる気持ちは重々に理解しているつもりだった。


 男爵自身も幼少期には剣へ憧れていた。

 いつか自分の力で立身出世するのだと、夢を語っていたほどに。

 そして男爵家嫡男の立場を捨ててまで、その(ゆめ)を実際に追った。


 追いかけて、追いかけても、辿り着けなかった夢。

 それを自分の息子も追ってくれた。

 理由は違うかもしれないし、目的も違うかもしれない。

 それでも剣が欲しいと言った息子の言葉が嬉しかったのだ。


 そこまで想っていても、男爵は勝てなかった。


『成人していない子に、命を奪い奪われるかもしれない剣を持たせるなんて、親のすることではないです』


 そう、一人の妻から言われては。


『流石に今回は諦めてください。リベラ様の言う通り、ジークリンド様には早過ぎると思います』


 さらに、相談したはずのもう一人の妻から追い打ちをかけられては。


 そんな状況では息子に剣を渡せない。

 自分の息子だが、二人の妻の息子でもあるのだから。


 出したくもない答えを出した男爵は、息子を諦めさせる為に壁を用意した。

 それも見たこともない程の巨大な壁を。


 ダメだとはどうしても言えなかった。

 妻に止められても、自分の手で息子のその夢を取り上げられなかったのだ。


 過去の自分と初めて息子が重なった嬉しさと、それを取り上げることしか出来ない不甲斐ない父親。

 それを誤魔化す為に壁を用意し、それを過去の自分への言い訳にした。


 そして、現在。

 その息子は、その巨大な壁と、相対している。


 とても優秀な息子だ。

 剣の腕前は知らないが、その努力は知っている。


「アルバート。ジーク(そいつ)はタダでは転ばんぞ?」


 剣聖に一本入れる。

 それも九つの子供が。

 一見不可能なことだが、不可思議な息子のすることでもある。


 カーバインは奇跡を願った。










 ◇◆◇


「待たせたか?」


 朝からの吹雪は弱まるどころか全てを飲み込む勢いにも感じられる。


 アルバートから今し方声をかけられたが、遥か前からその来訪には気付いていた。


 不思議と焦りはない。

 むしろ、この心地良い吹雪を体感しているのに、邪魔をされた気分だ。


「いいえ。まだ待てます」


 オーラを伸ばしていく。

 それは延長ではない。

 薄く、限りなく薄く。

 引き伸ばしている。


 僕は勘違いをしていた。


 オーラを外に出す稽古。

 そこにつまづいたのは、単に身体から出そうとしていたから。


 自転車に初めて乗れた時と同じ感覚がある。

 知ってしまえば何と簡単なことか。


 伸ばせば良かったんだ。オーラの体外脱出ではなく、ありのままを引き伸ばせば、身体を越えて勝手に外に顔を出すんだ。

 理解すれば当たり前のことだった。


「そうか。どうやら、完全にモノにしたようだな」

「残念ながら、まだです。この先は必ずあります。見えていますから。

 ですが、この身体が邪魔をして進めません」


 薄く。限りなく薄く。

 そこに存在しているのか、あやふやになる程に。


「吹雪が止む。始めようか」

「終わりなき戦いにならぬよう、僕も改めて気を引き締めましょう」

「…む」


 剣聖から一本を取る機会は今しかない。

 僕に明確な敗北基準はなく、条件の確認を今し方終えたところ。


 僕が諦めなければ、全てが終わらない。

 唯一止める方法は、一本を僕が取るか、取らせるか。


 そして、剣の道を極めんとする人物の答えも決まっている。


「「譲り()せん」」


 開幕の言葉と同時に、互いの木剣が交差する。

 お互いが虚像(オーラ)

 どちらも一歩も動いてはいなかった。


「そこまで…か」


 剣聖は呟きを残して視界から消えた。


 僕は木剣を振りかぶり、虚空へと振り下ろした。


 キィィィン


 とても木剣同士がぶつかり合い奏でる音ではないが、事実ぶつかっていた。


 吹雪の影響で視界はなくとも、オーラで視えていた。

 そして、僕のオーラが教えてくれる。

 剣聖がどこへ向かい、次に何をしようとしているのかを。


 キィィィン


 薄く。もっと、もっとだ。


 キィィィン


 雪が溶ける。

 互いのオーラと反応して、融解しているのだ。


 故に、剣聖を待っていた僕の周りには、雪が積もっていなかった。


 キィィィン


 紙よりも薄く。

 水のように自然に。

 伸ばす。


 キィィィン


 原子よりも、素粒子よりも薄く。


 キィィィン


 自然へと溶け込むように。


 キィィィン


 ダメだ。その先へはいけない。

 行かせてもらえない。


 逝ってしまうから。


 キィィィン


 何度目だろう。剣が交わるのは。


 チッキィィィン


 不協和音が混じる。

 そして剣聖は高速で動くことをやめ、姿を視界の中へ現した。


「一本はくれてやれなかったが、勝敗はついたな」

「僕の勝ち、だと?」

「これを見ても俺の勝ちだと言えるほど、俺はまだ壊れていない」


 僕の手には変わらぬ姿の木剣があり、剣聖の手には半分の姿を残した木剣があった。


「壊れるのはお前の方だ。引き返してこい」


 次の瞬間、剣聖の足元の雪が()ぜ、その姿は消える。

 それと時を同じくして、僕の意識も消失した。














 ◇◆◇


「開けてくれ」


 怒鳴るでもなく、大きくもない。だがよく通る声が、二人の帰還を報せた。

 玄関へ行き開いていない扉に気付くと、背中に冷たいものが流れた。


 ガチャ


 飛びつくように玄関扉を開けると、ジークを抱えるアルバートの姿があった。

 やはり両手が塞がっていたのだ。悪い予感ばかり的中してしまう。


「じ、ジークっ!」

「問題ない。怪我もないはずだ。ただ、眠っている」


 いや、お前が気絶させたんだろっ!

 喉まで出掛かるが、何とか飲み込んだ。

 俺も領主の端くれ。感情くらいコントロールしなくては。


「それ程……気絶させないと拙いと思わせるほど、剣聖を追い込んだんだな。

 頑張ったな。ジーク」


 抱き抱える息子の顔を覗きながら伝えた。

 まじまじ見ると普通の子供だ。

 俺に似て美男子だがな。


「ジークっ!」


 次いで飛び出してきたのはリベラ。


「返してっ!」

「お、おい…」


 俺からジークを奪うと、子猫を守る母猫のように周囲を威嚇する。

 その気迫には、俺もアルバートも無意識の内に後ずさってしまう。


「やっぱりっ!剣なんか教えるからっ!ジーク…怖かったわね…寒かったわね…こんなに冷えて。直ぐに母が安全で暖かいベッドへ連れて行きますからね」


 ジークは華奢なリベラが抱えられるくらい、小さいのか。

 その事実を目の当たりにして、そんな息子の頑張りと強い想いを代弁せずにはいられなかった。


「待て。身体が冷え切っているから、先に風呂だろ」

「そ、それもそうね。私としたことが…」


 リベラは今気が動転している。

 いや、していなくても考えや思いは変わらないだろう。


「待て。ジークは何のために、そんなつらい思いをしてきたと思っている」

「あ、貴方が!周りの大人達が、この子を安全な道へ導かなかったからよ!

 それは…残念だけど、私も。

 だから…これからはもっと…」

「違うな。()()はジークが選んだ道だ」


 子供の失敗は親がフォローしてやればいい。

 子供の過ちは親が正してやればいい。

 責任は自分で取らなくてはならないことを教えてやればいい。

 そうすれば、無闇矢鱈には行動しない。

 後先を考えてくれるようになる。


 だけど。

 コイツには、何も教えてやれなかった。


「ジークの想いを子供扱いするな。ジークリンドの覚悟は本物だった。

 見てきただろう?

 六歳の頃、手の豆が潰れても剣を振り続けていたところを。

 七歳の頃、風邪をひいても稽古を休まなかったところを。

 八歳の頃、紅茶生産(仕事)と夢を両立して睡眠を惜しんでいたところを。

 九歳の頃(そしていま)夢そのもの(剣聖)に挑んでも諦めなかったところを。

 忘れるな。

 ジークは慈悲深くそれでいて思慮深くもあるリベラの息子であることを。

 リベラはジークを、ジークの想いを馬鹿にするのか?」


 俺達(おや)はただ心配なだけなんだ。

 ただ上手な言葉や伝え方がわからず、時として理不尽に思える伝え方になってしまうだけで。


「リベラ。一緒に大人にならないか?剣聖までとはいかなくとも、ジークが憧れるような、誇れるような」

「う、うぅ…」


 リベラも心の奥底ではわかっているんだ。

 だけど、俺と同じでまだ子供の心が残っているから、不器用なだけで。

 心配していることを息子がちゃんと理解しているのか、不安なだけで。


「カーバイン様。お湯は適温に御座います」


 ここで家相のタイラーが伝えてきた。

 流石ウチを熟知している男だ。

 完璧なタイミング。


「リベラ。偶には三人で。どうだ?」

「…私。この子の母になれないのでしょうか?」

「大丈夫だ。こんな俺でも男爵になれた。それは決して俺一人の力ではない。

 リベラも同じだ。

 一緒に親になっていこう。

 ああ、そうだ。親子といえば風呂だな!

 赤子以来だから俺の方が緊張しそうだ。

 さ、行こう」


 半ば誤魔化しながらにはなったが、これでいい。

 失敗したなら、また話せばいい。

 俺もジークリンドもリベラもロキサーヌもテレスも。みんな家族なんだからな。









 家族水入らずの風呂から出ると、そこには置き手紙があった。


『義兄上。ジークリンドには免許皆伝だと伝えておいてくれ。ジークに合った()もその内送るとも』

 と。


 コイツ…負けたのかよ……

 マジか……

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