激動のアフタヌーンティー
「くそっ…なんで…」
悔しさから、涙が零れそうになる。
「いや…喜べよ…」
ガサツな男が、繊細な少年の心の傷を抉る。
「僕の王都観光が…」
「…小冊子まで用意していたのか……普通にドン引きだぜ……」
遊びじゃないんだぞ?と、頭を小突かれてしまう。
普通に痛い。
おかしいな…オーラで強化して守っているのに。
「城でオーラは動かせんぞ」
「え!?」
「見たことはないが、そういう道具が設置してあるらしい。
ついでに言うと、近衛騎士だけは使える。
それも、そういう道具を所持しているからだとか」
ズルいっ!
って、当たり前か。
その手段があるのに、使わないのは馬鹿のすること。
僕も欲しいな。男爵領の治安維持に是非活用したい。
「言っておくが、その設備はべらぼうに高いぞ。聞いた話によると、この城の建造費と同等の値段らしい」
「…この世にはないものだと思うことにします」
「それが幸せな選択だ」
時として、無い物ねだりは人を駄目にする。
そして、この待ち時間の長さも……
ここが人目のある城の中だとわかっているのに、つい雑談に興じてしまうくらいに長い。
今は城の広い廊下にいる。
廊下の幅は3メートル以上。
そんな広い廊下には椅子が沢山並べられており、僕達と同じように順番待ちをしている人々が座っていた。
「次、オーティア卿」
両開きの大きな扉の前にいる騎士が大声で呼ぶ。
「よし。行ってくる」
「はい」
掛ける言葉はない。
カーバインにとっては、かれこれ十年以上続く恒例行事でしかないからね。
見送った通り、僕は入らない。
いや、入れない。
新年の挨拶は、例外を除いて各家一人ずつだから。
僕は暇を持て余し、うたた寝と格闘して過ごした。
「待たせたな」
待つこと五分少々。
話は短く、待ち時間だけ長い。
これは想像だけど、恐らく人物表を見直しているのではないかと思う。
僕達貴族は国王陛下にしか会わないけど、国王陛下は多くの貴族達と顔を合わす。
それを円滑に、更には濃密な会談とするために、話すことを予め決めており、その予習の時間が待ち時間の大半だと睨んでいる。
「いえ。この後は?」
「迎えが来ると聞いているが……お。アレじゃないか?」
「アレとは失礼な…侍女も立派な女性ですよ?」
カーバインのあんまりな物言いに訂正を入れると、程なくして声を掛けられる。
「オーティア卿御一行ですね。ミスティア殿下がお待ちです。ご同行を」
「相わかった」
「はい」
ミスティア殿下とは、二番目の王妃殿下のファーストネーム。
この人はもしかしたら、王妃殿下御付きの侍女さんなのかもしれないね。
そしてこの人含め王城で働く人の殆どが貴族家の縁者か紹介されてきた人のどちらか。
つまり、この侍女さんも貴族である可能性が高い。
もしくは、元貴族か。
ついて行くこと十分。僕らは漸く外に出た。
え?外?
「お目にかかれ光栄にございます、カーバイン・アイル・オーティアにございます」
外だと思ったそこは、中庭だった。
中庭のくせにあまりにも広いから、勘違いしてしまった。
そしてここはその中庭の中央にある東屋。
石膏のように白い岩で出来た柱が支えるのは小洒落た屋根。
その下には同じく白いテーブルと木の椅子が四脚ある。
そこに座るのはただ一人。
赤い髪を綺麗に結えたこの国の第二王妃殿下。
歳の頃はカーバインと同じくらいだろうか。
「ミスティア王妃殿下。お呼びと伺い参りました。遅くなったこと、平にご容赦を。カーバインが長子、ジークリンド・アイル・オーティアと申します。以後お見知り置きを頂けると光栄です」
この人はカーバインではなく、僕に会いたいと言っていた。
正確には、テーブルの上に置かれている茶葉を作った者と。
だから紹介はカーバインよりも長めに。
「まあ!素敵な紳士ですこと!さ、お座りになられて。オーティア卿も、是非」
「は。失礼します」
「恐縮です」
色んな意味で。
まさか、席を一緒にするなんてね……聞いてないけど、それはカーバインも同じ。
カーバインに出来て、一流の紳士たる僕に出来ないはずもない。
良かった…礼服のお金貯めてて。
こんな時の貴族年金なのだけど、僕は全ての財を茶葉に投資している。
利益が出たから還元されたに過ぎず、そうじゃないなら借金だったよ。
その場合は呼ばれてすらいなかっただろうけど。
「早速ですが、色々とお聞きしても?」
王族は基本名乗らない。
自国民…ましてや臣下であるはずの貴族なら知っていて当然なのだから。
ミスティアの視線は僕に向いている。
カーバインをチラリと窺うと、頷きが返ってきた。
「勿論です」
その言葉に、ミスティアの口は止まらなくなった。
流石に茶葉の作り方だけは聞いてこなかったが、どんな食べ物が合うのか、どんな効能があるのか、他にも紅茶の種類があるかだとか。
兎に角色々聞かれた。
勿論、僕はそれらに即答で答えた。
国王と同じく、僕も予習は欠かさないのでね。
「はあ…そうなのですね。ああ…早く色んな種類のお紅茶を飲んでみたいですわ…」
「夏迄には試作品が出来る予定ですので、そちらで良ければ是非贈らせて下さい」
「まあっ!流石ジークリンド様!王国一の紳士ですわ!」
王国一になっちゃったよ……
まだ社交界デビューすらしてないのに。
「あ。すみません。私ったらお話に夢中で。今、お茶を淹れますわ」
「あ、出来たらその役目、このジークリンドにお任せあれ」
「まあ!製作者自らのお紅茶が飲めますのね!」
カーバインがこの茶葉を渡した時、紅茶の淹れ方や砂糖を混ぜて飲むことなど、色々とレクチャーしているはず。
それでも、この飲み方は知らないだろうなと思いつき、王族の手を止めるという御法度を犯してまでしゃしゃり出てみた。
カーバインは鬼の形相で睨んできているが、知ったことじゃない。
お茶友達は心の友なのだから。
「…では、いただきます」
淹れたのはごく普通の淹れ方。
陶器の高そうなカップをマジマジと眺めると、ミスティアの手がそれに伸びようとしていた。
「あら、お母様。急用と仰られていたのに、やはりここでしたのね」
その声により、ミスティアの手が止まる。
「お客様に失礼ですことよ?ご挨拶なさい」
「はい、お母様」
声の主は、ミスティアと同じ赤色の髪を豪奢に靡かせた令嬢。
話から令嬢ではなく、王女であることが窺えた。
「ミスティア王妃殿下は第二子、セフィリア・ミスティア・アルバートにございます」
歳は同じくらいだろうか?僕と変わらぬ背丈はありそう。
その子は綺麗なカーテシーと共にそう名乗った。
綺麗というか、キレがあるというか。
そして、僕らも同様に挨拶を交わす。
「私のも、淹れてくださるかしら?」
「光栄にございます」
「セフィー、失礼ですよ」
どうも手を焼いている様子。
ま、子供は仕方ないですよ。子供はね。
セフィリアの分を追加して、漸く準備完了。
「では、改めまして…」
ミスティアが手を伸ばしかけた時、今度も止められる。
それは……
「お待ちください。最後の仕上げがあります」
「最後の?…お砂糖は入れましたし……他に?」
「ええ」
僕は満を持して、服の中からあるものを取り出した。
「お前はどこにそんな物を……あ、いや。失礼」
カーバインが呆れた様子で告げるも、ここは家じゃないからね?パパ。
「これは領内で取れた一番酸味の強い柑橘類にございます」
「はい」
ミスティアは真剣な面持ち。
説明し甲斐があるぜ!
「これを搾ります。ナイフをお借りしても?」
ここは王宮。刃物の持ち込みは御法度。
「それは出来かねますので、こちらで切らせてもらいます」
「じゃあお願いします。切り方は・・・」
立っている侍女の方に説明して、その通りに切ってもらった。
「お待たせしました。この果汁を少々。そして、こちらの果実をカップの中へ」
そう。レモンティーだ。
この果実はオレンジっぽいから少し違うけど。
でも、試飲した時はこれはこれで美味しかったから問題はない。
要はフルーツティーだね。
「さ。どうぞ」
「…はい」
「綺麗…」
ミスティアの手が震えている。
初めて飲むからか、もしくは未知に出会えた感動でか。
恐らく後者だろう。
僕が先に毒味したしね。
カーバインは何も躊躇なく口をつけていた。風情がない人だ……
セフィリアは見た目が気に入ったらしい。
「お、美味しいですわ。お砂糖が入って甘いはずなのにスッキリとした口当たりの後、口の中に広がる柑橘の後味。そして鼻腔を抜けて行く香りは、まるで新緑の森で深呼吸したかの様な爽やかさ。
流行る…絶対に、流行りますわ。これ」
力説が凄い……
僕にそこまでの情熱はないよ…完敗だ。
「これはフルーツティーにございます。もう一つ別の飲み方がありますが、また湯を沸かすなどお忙しい中でお時間を頂戴するのは心苦しいので、口頭での説明とさせていただいても?」
「残念ですが、それでお願いしますわ」
侍女の首を振る姿を見たミスティアは、本当に残念そうに頭を垂らしている。
もう一つの飲み方としてミルクティーを伝授し、用は済んだ。
これ以上を求められても、今は用意がない。
「では、我々はこれにて」
「想像以上に有意義なお茶会になりました。それもこれも、紅茶を広めてくれたオーティア卿、並びにご子息であるジークリンド様のお陰です。
またの機会を心待ちにしております」
臣下の礼をとり、中庭を後にする。
「お待ちください。お見送りしますわ」
「…セフィリア、お邪魔ですわ」
「いえ、お願いします」
ジークリンド様がそう仰るなら……
そう言ってミスティアは引き下がり、カーバインはまたも鬼の形相へ。
未成年の王族は城の外には出られない。
更に言うなら、城の中でも貴族が許可なく入れる場所にも入ることはできない。
勝手な接触を恐れているから。
まあ、僕は政に興味がないからどうでも良いけど。
中庭も終盤、城の入り口が見えて来たところで両者が口を開く。
「剣術に関してですか?」
先に声を出せたのは僕の方。
「…何故わかったの?」
足を止めたセフィリアが振り返り、こちらを睨む。
どうも僕に関して良い感情を抱いていない様子。
「王女殿下の指です」
成人貴族は白い手袋をしていることが多い。
特に女性は殆どがしていると言ってもよく、先程の王妃もしていた。
だが、彼女はしていない。
まだ子供だからか?それとも嫌だからか?
それはどっちでもいい。
問題は手だ。
「その指と手は、剣を持つ者のそれです。勿論、王族の方々に剣の嗜みがないとは申しませんし、侮ってもいません。その上で、その様な手になるまで剣を振る方は稀かと。
それも女性であれば、尚のこと」
どうやら、話があったようだ。
「それで、お話とは?」
まさか、立ち会えとは言わないよね?
子供同士とはいえ、僕の首が物理的に飛んじゃうから無理だよ?
僕が王妃を差し置いて許可を出したのは、その手に気付いたから。
その努力に気付けたから、敬意を表したまで。
「貴方…ジークリンドって言ったかしら」
「…そうですが?」
本当に行儀悪いのね……
呼び捨てには驚いたよ……
「御師様が…貴方のことばかり話すのっ!絶対私の方が強いんだからっ!」
「おしさま?…まさか、アルバート叔父様の事でしょうか?」
「そうよ!希代の剣士、剣聖アルバート様のことよ!」
叔父さん…アンタすげぇな……
まあ、剣聖はこの大陸に八人しか居らず、国の数はその十倍以上もある。
そこには小国を含むとはいえ、この国に住む剣聖は叔父さんただ一人。
王女のお師匠様が身内。
その事実に僕は驚き、カーバインは天を仰ぐのであった。




